コドク
ええい!!このところの魂のしつこさといったらどうだ!!
もう寿命だっていってんのにさ、しぶとく体に張り付いててさ!!
刈っても刈ってもなかなかしっぽが刈りきれなくて僕の自慢の鎌の切れ味が悪くなっててね?!
もう、こうなったら魂が悪あがきできないような一撃必殺の毒でも飲ませてやればいいんじゃないのかって思ったんだ。
で、色々と模索してたときに、とある人から蟲毒の作り方を聞いた。
毒虫をたくさん集めてね、一つの瓶に入れる、そうするとお互いを喰らい合って、最後に残った虫に毒が凝縮されるってやつ。あんまり詳しいことはわかんないけど。
これはいいことを聞いたっていうんで、一つの部屋に孤独な魂を詰め込んだ。
そしたらさ、孤独だったやつらがどんどん凝縮していって、最後に残ったやつが究極の孤独な魂になるんじゃないのかって思ったのさ。
…なかなかうまくいかないもんだね。
孤独に浸ってる魂ってのは、どこまで行っても孤独だったんだよ。
空間をあけてしまったのがいけなかったのかもしれない。
おかしいくらいにさ、均等に距離を開けて、魂同士が離れたまま、ずーっと膠着状態が続いてね。
魂ってさ、腹も減らないし眠くもならないじゃないか。
何もすることのないままずーっと同じ距離間でそこにいるだけの魂。
いいかげんつまんなくなっちゃってさあ、孤独な魂を追加したのさ。
今度は、空間の無いように、みっちりと詰めてみた。
そしたら一つの魂が一言ぼやいたんだ。
「はーあ。」
孤独を集めた集団に動きが出始める。
「はー。」
「ああー。」
いくつかの魂が、ぼやき始めたのさ。
誰かがぼやいたことで、自分もぼやいていいと思ったようだ。
ざわつき始める、部屋の中。
「ああー、いやだ。」
「ここから出たい。」
「こんな所にいたくない。」
魂は思い思いに不服をつぶやくようになった。
しかし、単体でつぶやくだけで、決してほかの魂と語り合おうとはしない。
なるほど、孤独を愛するがゆえに、ほかの魂とは接点を持たないながらも、ほかの孤独な魂とともに不服を口にすることはできるのか。誰かが口を開いたら、それに乗っかることができるんだな。
それはつまり、孤独ではないな。ああ、僕は勘違いをしていた。孤独を集めて、それが凝縮したら、究極の孤独が生まれると思っていたけれど。凝縮されたら、それは孤独ではなくなってしまうじゃないか。
孤独同士が結託したら、それは孤独ではなく、同志、同士になってしまうじゃないか。
「なんで俺だけが。」
ひとつの魂がぼやくと、一気に魂たちが騒ぎ始めた。
「俺だって。」
「お前だけじゃないんだ。」
「俺の方が孤独だ。」
孤独な魂の集団の中で、誰が一番孤独なのかを競い始めた。
部屋の中が騒がしくて仕方がない。
孤独な魂?うそをつけ。
こんなにも部屋の中が騒がしいじゃないか。
あまりにもうるさいので、口を開いている魂をすべて抜くことにした。
抜いた魂はすぐさま生まれるように手配する。
ちょっとしたきっかけがあれば口を開いて孤独から抜け出してしまうような魂は、望んでいないんだ。
ずいぶん、部屋の中の魂が減ってしまった。
残った魂たちは何やら模索しているようだ。
何を考えているのか、心を読んでみよう。
――口を開いていた奴らは消えてしまった
――口を開いたらここから出られるのでは?
――誰かに、相談してみようか。
――誰か、話しかけてくれたら、応えるんだけどな。
みんな同じようなこと考えてるな。
…よし、罠を張ろう。
「ねえ、ここから出るには、誰かと話をする必要があるみたいだ、僕と誰か話してくれないかい。」
「僕もそう思っていたんだ。」
「僕でよければ。」
「仕方がない、話してやるよ。」
引っかかった魂をすぐさま生まれるように手配する。
ちょっとしたきっかけを与えたら口を開いて孤独から抜け出してしまうような魂は、望んでいないんだ。
残る魂は五つ。
残った魂たちは、何やら模索しているようだ。
何を考えているのか、心を読んでみよう。
――せっかくのチャンスだったのに、話せなかった。
――話せばよかった。
――もう一度声がしたら次は必ず。
よし、罠を張ろう。
「誰かと話をしたら出られるのは決定してるね、僕と話してくれない?」
五つの魂に、一人づつ話しかけてみる。
「ああ、いいとも。」
「はい。」
「おねがい、します。」
引っかかった魂を、すぐさま生まれるように手配する。
状況を作れば口を開いて孤独から抜け出してしまうような魂は、望んでないんだ。
残る魂は二つか。
こいつらはいったい何を考えているんだ。
――人とかかわるのはどうしてもいやだ。
――・・・。
よし、罠を張るか。
キュン、キューン、くん、くーん…。
にゃあ、にゃあ、にゃー!
子犬と子猫を出してみる。
―――かわいいな。
―――言葉は通じなくても、心は通じるはず。
―――手を、伸ばしてみたい。
―――いいよね。
――人と違って、動物は僕を否定したりしないから。
「はは、よしよし…。」
―――・・・。
引っかかった魂をすぐさま生まれるように手配する。
生き物に愛着を持って孤独から抜け出してしまうような魂は、望んでいないんだ。
たった一つ、孤独な魂が残った。
この魂こそが、蟲毒ならぬコドク。
究極の孤独を持つ魂が、ここに。
「さあ、君は孤独界のトップ、頂点となった。何をする?人々に孤独を撒き散らす?それとも時のない空間に一人存在してみる?」
究極の孤独は何を見せてくれるというのか。究極のコドクは、魂をひっ捕らえる時の究極の毒と成り得るのか。
「…。」
…何も言わないな。無口な奴だ。よし、心を読もう。
―――。
「君、何も考えてないの。」
―――。
究極の孤独は、何も考えず、微動だにせず、ただ一人部屋の中にうずくまっている。
何なんだこいつは。
…何も言わないな。無口な奴だ。これこそが、孤独の王者たる、コドクに成り得る魂だというのか。この、毒の威力を確かめておかねばなるまい。
よし、心に入り込もう。
究極の孤独の心に無理やり入ってみた。
…扉があるぞ。
開いてみる。
また扉だ。
…扉があるぞ。
開いてみる。
また扉だ。
…扉があるぞ。
開いてみる。
また扉だ。
…扉があるぞ。
開いてみる。
また扉だ。
…扉があるぞ。
開いてみる。
また扉だ。
何度扉を開けたことか。
数えるのもおっくうになってきたころ、扉の奥に人影を見つけた。
「やあやあ、貴方やっと見つけましたよ。孤独の頂点に立つ…。」
ざくっ!!!!!!!!!!
おうふ。
いきなりなたで切りかかってくるとは。
「貴方ね、私は人ではないから、こんなもんで襲い掛かったところですり抜けるんです、ええ。」
「人では…ない?」
「貴方はね、孤独の頂点に立った記念すべき代表者なんです。胸を張ってください。なお、貴方は人ではなく心ですのでね、思ったことはすべてダダ漏れです、隠し事はできません、素直になっています。」
コレほどまでに孤独に浸りきっている魂の本心が今ここに丸裸に!!
「人はひどい、だから関わりあいたくない。けれど、目の前のあんたは人ではないというから。かかわって、やる。」
「ええ、それで。」
「一人で生きていけるならそれでよかった、しかしそれはできないから生きているのが苦痛で仕方がなかった。」
「ええ、それで。」
「人生を終えて、もう生まれるのがいやで仕方がなくて、ボーっとしていたらあんたに捕まった。」
「ええ、それで。」
「たくさんの魂と共に部屋に入って、その密集に気分が悪くなって言葉を失ってしまった。」
「ええ、それで。」
「今、ここで自分の気持ちを吐露することができるのを幸せに感じている。」
「ええ、それで。」
「もっと俺の話を聞いてほしいのだが。」
「貴方、孤独が好きなんでしょう、なのに、聞いてほしいと願うんですか?」
「今まで、俺の話に耳を傾けてくれる人はいなかったから。」
「聞いてほしい思いが貴方の中にあるということですか?」
「そう、俺は誰かに気持ちを受け取ってほしかった。受け取って、受け止めてほしかった。いつも俺は、誰かに、誰かが、誰かをっ…!!!」
なんだこいつは。急に堰を切ったように独白し始めたぞ。完全に悲劇のヒロインだ。自分の周りの人間が以下に自分に対して無礼で自分に対して気遣いがなくて自分がどれほど辛い目に合ってきたかを自慢している。
「じゃあ、貴方は至れり尽くせりの人生であれば生まれてもいいってことですね。」
「話さなくても自分の気持ちが尊重され、何もしなくても自分が気持ちよく過ごせるのであれば。」
「じゃあ、あなたは何をするんです?」
「何もしません、ただ喜びを与えてもらうことに喜びを感じるだけの人生を望みます。」
何だ…この魂は、孤独なんじゃない、ただの自分から動かない魂だったんだ。ただの堕落しきったつまんない魂じゃないか。
僕はそっと、熱弁をふるうつまんない魂の心から抜け出した。
「…。」
物言わぬ魂は、動きもせずじっと佇んでいる。
この魂はとんだ大ハズレだ。生まれ変わる資格がない。食ったら消化不良を起こしそうだ。
地獄に持っていくか?でも感情も生まないだろうなあ…。
さて、どうしたものか。
「あれ、ねえねえ、その魂、どうしたんです。」
なじみの天使がちょうどやってきた。相変わらずニコニコしてえげつない事やってそうな顔だ。
「ああ、相当傷ついた魂らしくてね、食うのもめんど…気の毒だなあと思ってね。」
「じゃあ、私がいただいていきますよ。神の器を探しててですねえ、ちょうどよかった!」
「神の器?」
「そう、最近魂がなかなか生まれようとしないじゃないですか、だから新しい世界を創ろうとしてるんですけどそこに滞在する神がいなくてですね…。」
「なんでまた。希望者殺到しそうなもんなのに。」
「いや、まだ生命が誕生してないんですよ。だからつまんなくてだれも立候補しないんです。」
「それはちょうどいい、この魂は孤独のトップに立った魂なんだ。人間嫌いみたいだから、人のいないところでのびのびと孤独に過ごすにぴったりだ。」
「長い間孤独に過ごすうちに心も癒えて神の器になることを期待しましょう。ちょっと会議にかけてみます、ありがとう!」
天使はハズレの魂を大事そうに抱えてどこかへと飛んでいってしまった。
蟲毒からヒントを得て、しぶとい魂の一撃必殺アイテムを作ろうとしたら世界の神を創ってしまうことになりそうとか。
とんでもないな、毒が神にって。
いやまあ、結局毒じゃなかったけどさ。…いや、毒よりもひどいかもしれない。
新しくできる世界の行く末が心配でならないな。
まあ、混沌の世界が生まれたらそれはそれで魂刈り放題になりそうだからよしとするか…。
コドク作りで少し疲れてしまったよ。…しばらく鎌を磨いて過ごすか。切れ味も悪くなったことだし。
僕は砥石を出して、地道に自分の鎌を研ぎ始めた。