その2
リアルが帰還したのは、大使が王に怒鳴り込んでから2日後のことであった。
建前上すでに帰還していた扱いなので諸々の処理は密かに行われる。そして彼女は王の下へ赴いた。
「よう戻った。無事で何よりだ」
王の言葉に、リアルは跪いて頭を垂れたまま応える。
「は、しかしながらお役目を果たせず、面はゆくあります」
いつもとは違う、まるで武人のような口調のリアル。その格好もドレスなどではなく軍の礼服だ。娘でも王女でもなく軍人としてこの場にあると主張しているかのようだ。
こんなんなったんお前のせいやぞ、そう言いたげなレイングの視線がざくざく突き刺さるのを無視して、王は言う。
「いや、お前が矢面に立ってくれたおかげで、諜報や潜入工作が支障なく行われた。役目は果たされたと余が認める」
「お気遣い、ありがたく」
「最初からの予定が少々早まったに過ぎん。気に病むというのであれば、これからの働きで挽回するが良い」
「はっ、微力を尽くします」
「……で、堅苦しい話はここまでとして」
王は肩の力を抜く。
「なんぞ面白い土産話はないか? 気になる男がいたとか」
肩の力抜きすぎではないだろうか。問われたリアルはふ、と僅かに口元を緩めて応えた。
「気になる男ならおります。……首を獲っておきたかった的な意味で」
そんなこったろうと思ったよ。内心がっかりするレイングをよそに、親子の会話は続く。
「ふむ、件の王子か。それほどのものかよ」
「毒劇物、でありましょう。あるいは詐欺師か。真面目に付き合えば馬鹿を見るタイプと見ました」
「敵には回したくないが、さりとて味方に引き込みたいとも思えんな。首を獲りたくなるのも分かるわ」
「然り。さすがに首を落とせばどうすることも出来ますまい」
だから何で首を獲るの獲らないので話が盛り上がるのか。レイングはため息をはいて――
「えーかげんになさいませ蛮族親子ども」
王と姫の脳天にチョップを叩き込んだ。
着々と戦争の準備は整えられていく。リマー王国はクレンから大使を含めた要人を早々に引き上げさせ、第三国を経由し宣戦布告の用意がある旨を伝えた。
元々最初から戦争するつもりでクレン王国と関係を持っていたリマーは、政府人員人員を最低限しか送り込んでおらず、民間の渡航、交易も密かに制限していた。故に撤収作業は異様なまでに早い。
対するクレン王国はと言うと、全く予想していなかったように各種行動を手こずっている。民間はともかく公人も右往左往しもたついている有様だ。同じように戦争を前提としていたはずなのに、まるで寝耳に水であったかのようである。
そんな状況の中、リアルは次の役目が決まるまでの待機という名目の休暇を満喫していた。
「ふ、久々にいただく故郷の味は格別ですわね」
「コンビニ紅茶と駄菓子で悦に入るとか、相変わらずお前は安上がりね。いや取り寄せる手間を考えたらむしろ贅沢なのかしら」
高そうなティーカップ(中身は午後茶)を傾け、時折菓子 (おやつカルパス)をつまむリアルに呆れたような言葉を放つのは、彼女によく似た容姿を持つ、妙齢の美女。
【ルイセ・ド・リマー】。リマー王国第一王女にしてリアルの姉である。
「このチープさがやみつきになるのです」
「満足しているのであればそれでいいけど。勘を取り戻すとか言って犯罪組織に殴り込みかけるよりはよほどマシだわ」
肩をすくめるルイセ。幼少から時折国王や兄弟に連れられお忍びで城下に繰り出していたリアルは、妙に庶民的なものを好む。ルイセにしても安っぽいコンビニスイーツなどは嫌いではないが、取り寄せするほどではない。直接買いに行くくらいだ。
似たり寄ったりである自分のことは棚に上げるルイセを指摘するでもなく、リアルは応えた。
「あ、それなら帰る途中で黒曜遊撃艦隊と共に海賊を少々」
「迂回して隠密航行中になにしてんのお前」
行く先を誤魔化すために別方向に向けて超光速航行に入り、遠回りしてから目立たぬようリマー星系に帰還していたはずなのに、何戦闘やらかしているのかこの妹は。呆れるルイセだがリアルはすました顔のまま。
「それは迂回したのは非正規航路ですもの。海賊の一つや二つ出てきてもおかしくはありませんでしょう?」
「わざとそういう航路選びやがったわねあの筋肉ダルマ。今度あったらしばく」
周囲の人間がこれだから、この妹は益々武闘派になっていくのだとルイセは信じて疑わない。
確かにまあ、リアルは明らかに先祖からの血が濃い。海賊から成り上がり紆余曲折の果て名家の令嬢に惚れ込まれ娶り、リマー王国を立ち上げた初代からの血が。
血気にはやっているというのではない。戦闘の適性が桁違いに高いのだ。しかもたちが悪いことに指揮官としてではなく前線の兵士としての能力だ。リマー王家の人間は大なり小なりそのような傾向があるが、リアルは図抜けている。
かてて加えて王を筆頭とする周囲の阿呆どもが半ば面白がって各種戦闘技能を叩き込み、リアルがそれをスポンジのように吸収して成長してしまったあげくがこのざまだ。正直言って実情が知れ渡ったら嫁のもらい手がないだろう確実に。多分本人は気にしないだろうけれども。
とりあえず王を筆頭とした馬鹿どもは締め上げると、人のことは言えない過激な思考は隅に置いておくとして、ルイセは酢イカを囓りつつ言う。
「それで、お前はこれからどうなるの」
「恐らくは戦意高揚のため、表舞台にでることとなりましょう。フランローゼと共に」
「……お前の中隊を表沙汰にする、ということね」
近衛師団第13独立中隊は、構成員を公表していない。本来護衛されるべき王族が直接指揮を執っているという特異性や、犯罪組織や海賊の相手など表沙汰にしにくい任務を主にしていたなどの理由があり、そのような処置がとられていたのだが、クレン王国との戦争がほぼ確定したのを機に、改めて編成し直したという名目で正式に公表するようだ。
1年間婚約者として奉仕した自分を蔑ろにし捨てたクエン王国に対し、自ら先陣に立って報復する。そのような筋書きだ。露出は少ないが見た目はいいので国民に相応の人気があったリアルが起てば、確かに戦意は高揚するだろう。ほとんど詐欺に近いような気もするけど。
「いや明らかに詐欺よね。お前表向きには『病弱な姫君』なんだから」
「敵を騙すにはまず味方から、と申します。美しくか弱き姫が、己の弱さをものともせず起った。そりゃあ受けは良いでしょう」
「自分で美しくか弱いとか言うか」
任務や訓練などでちょくちょく王宮を離れていたリアルは、表向きには病弱で、王宮に引きこもり気味と言うことになっていた。一応影武者は用意されていたわけだが、逆に言えばそんな物を使わねばならないほど頻繁に王宮を離れていたと言うことである。病弱どころかむしろ元気すぎた。
「一応お飾りの客寄せパンダということになるのだから、やりすぎないようにしなさい。軍にも面子という物があるのよ」
「……降りかかる火の粉は払わねばなりませんわね?」
「お前自分囮にして敵おびき寄せるつもりねそうなのね!?」
ダメだこの妹自重しねえ。大人しくお飾りになるどころかはっちゃけるつもり満々だ。しかも戦場ではストッパーがないと来ている。どうにかして大人しくさせることが出来ないかと思案するルイセであったが、具体的な手段が暴力しか思い浮かばないのですぐさま諦めた。
「……精々怪我しないようになさい」
「心得て」
よしとりあえず王と周囲の馬鹿どもは顔の形が変わるまで殴ろう。ルイセは堅く心に誓う。
なんだかんだ言ってるが、結局のところ彼女も王家の血を引く武闘派であった。
王宮の小会議室が一つ。そこに国王以下国家の重鎮が集った。
「陛下、そのお顔は?」
「ルイセからいきなりいいのをもらった。年頃の娘は難しい物よ」
左の頬を晴れ上がらせた王がうむむと唸っている。自業自得じゃいと、レイングは知らん顔だ。
問うた人物は、「はあ左様で」とあっさり疑問を引っ込めた。日常茶飯事とまでは行かなくとも、珍しいことではないようだ。
「まあ陛下がルイセ姫に蛇蝎のごとく忌み嫌われようと知ったことではありませんので構いませんが」
「待って、そこ重要だから待って」
側近からだけではなく国の重鎮からもぞんざいに扱われてるのかこの王様。
ぞんざいに扱ってる方、恰幅のいい男性は首相である。彼は半眼で王を見つつ続けた。
「ええ歳こいたおっさんがいつまでも子供みたいにやらかせば、普通年頃の娘には嫌われますぞ。リアル姫が例外なのです」
「う、なんか言葉に重みが……」
「そうでなくともおっさんは嫌われやすいというのに。うちの娘なんか……」
「はいそこ同病哀れまない」
勝手に落ち込んでいきそうになる首相を留めたのは、人当たりの良さそうな男、外務大臣である。そのほかにも防衛大臣、大蔵大臣、三軍元帥などが雁首そろえていた。
「国王陛下のやらかしなんぞどうでもよろしい。とっとと会議始めてちゃっちゃと終わらせましょう。皆忙しいのですから」
「「「「「左様左様」」」」」
「お前ら王に対する敬意とかそのあたりね。もうね。なんてかね」
「ではまず現状確認を。手元に配った資料をご確認いただきたい」
「無視かい。いいけどさいいけどさ」
ブチブチ言いながら、王も資料に目を通す。まず発言するのは外務大臣である。
「当国の外交人員、およびその関係者はほぼ撤収を完了しました。10日前後であれば上出来でしょう。民間ではまだごたついているところがありますが……まともなところは国外の人間を採用するなどして対処しています。それ以外は監視に留め放置で構わぬかと」
「未だあの国に未練があると言うことは……後ろ暗い連中かね」
「ええ、切られた尻尾と共に右往左往しているようで。今手を出してもたいした『収入』にはなりますまい」
その台詞に、大蔵大臣がため息をはく。
「まったく、ただでさえ戦争は金食い虫だというのに。クレン相手ではさほど毟り取れないときている。今回は赤字覚悟で挑むしかありませんな」
実のところ、クレン王国の懐事情はリマー首脳部の知るところであった。欺瞞工作とは言え政略結婚で関係を結びつけようとしていたのだ。他国よりも深いところまで間諜を送り込めるのも当然である。
賠償金など望むべくもなく、下手に征服してしまえば借金を抱え込む羽目になると言うことは、この時点ですでに明白であった。しかしそれでもなおクレンとの戦争に踏み込まなければならない理由がリマー王国にはある。
「ま、あの国自体には何の期待もしておらん。こちらによこしていた人員を丸々見捨てる気であったようだしな」
シリアスモードに入った王の言葉に、外務大臣が頷く。
「でなければあの混乱具合にはならんでしょう。あるいはこちらに対する妨害工作も兼ねているのでは」
「そんなところさ。傲慢で自信過剰なくせに、妙なところでこすっからい。あるいは誰かの入れ知恵かも知れん」
「国の中枢にまで、トカゲの本体の手が伸びている、と?」
防衛大臣が眉を寄せて発言する。王は凶暴に口元を歪ませた。
「むしろクレン王国自体がすでに連中の隠れ蓑と化しているのだろう。あのトカゲども……【裏社会カルテル・コネクション】のな」
目下リマー王国が敵視している存在。その名を告げる王の言葉には、憤怒とも憎悪ともつかない熱さが込められていた。
この王国おもろいおっさんしかいねえ