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その1



 ラグローから報告を聞いたヤーティェは、額を押さえて天を仰いだ。


「……引くわ~」


 その様子にラグローはくすりと笑う。


「さすがはリアル姫、といったところですかな?」

「それもないではないけど、問題は『うちの軍』だよ」


 ぎし、とソファーに体重を預け、ヤーティェは言う。


「ばっらばらじゃないか。こんな纏まりがなくてよくぞ軍を名乗れたものだよ。想像以上のポンコツ具合だ」


 彼の言葉にラグローは肩をすくめた。


「まあこんなことになるのではないかと予想していましたが。軍内の組織構成より貴族の派閥が重視されてる時点で推して知るべし、かと」


 見栄と見てくればかりで、実際に動かせばこんなものだろうとラグローは推測していた。何しろクレン軍は本格的な実戦から数世代にわたって遠のいている上に内部の勢力関係が複雑怪奇かつ無茶苦茶だ。民間の交易業者の方がまともに実戦経験を重ねているのではないだろうか。

 それはさておいて。


「こんな状況、カモがネギ背負って鍋まで用意しているようなもんだよ。どれだけの国家、勢力が目をつけたことか。……面倒なことになりそうだ」


  マリーツィア共和国のように介入しようとするものが増えるだろう。クレン軍が弱兵どころか軍隊としてまともに機能していないと曝してしまったのだから。

 一応箝口令など強いてはいるが、スパイが王子の身近にまで入り込んでる時点で情報はダダ漏れと見ていい。多くの国家、組織が実情を知ってしまった。どれだけのものが美味い汁を吸おうと集ってくるか。状況が混迷を極めるだろう事は、想像に難くない。


「だがまあ、都合が良くなったとも言える。混乱に拍車がかかれば、僕たちのことを深く探る余裕もなくなるだろうよ」

「裏で動くのもやりやすくはなりましょう。元々たいした期待はしていなかったのです、精々我らが逃げ出す役に立てばそれでよろしい」


 己の国家に対して何一つ信用していない二人。軍や政府が右往左往している中、彼らだけは内心で嘲笑いつつ虎視眈々と機会を窺っている。

 全てが手のひらの上……とまでは行かないが、流れは彼らの有利に働いていた。そしてその流れは、クレン王国にとってドツボにはまる方向に進んでいく。











 リマー王国。クレン王国と同規模の星系国家である。その王宮は主星の軌道上、オービタルリングの上にあった。

 非常に珍しいことである。この時代、居住可能惑星に住むのは一種のステータスと思われている節があった。(実際にはそうでもないのだが)王国を名乗り王族としてふんぞり返っている者であれば、大概は地表に居を構えるものだ。

 リマーの王族は変わっている。それはリマー王国を知るものたちにとっては常識であった。

 で、その宇宙要塞がごとき王宮、謁見の間にて、クレン王国の大使が国王に詰め寄っていた。


「一体いかなる了見か! そもそも他国に嫁ぐ姫にDAを含めた戦力を持ち込ませるなど、どう見ても内部からの蜂起を狙っておられた! これは宣戦布告と受け止めますぞ!」


 禿頭を真っ赤に染め、食ってかかる大使。対峙するのは玉座にて悠然と構える男。

 【トゥール・ド・リマー】。リマー王国現国王。その立場にふさわしい威厳と威圧感を持った彼は、軽く笑みすら浮かべる余裕を見せて口を開く。


「我が娘に戦力を持たせた理由、か……」


 ふ、と小さな呼気を漏らしてから、彼は言う。


()()()()()に決まっておるではないか」


 一瞬にして威厳が吹っ飛んだ。

 思わず「は?」と間抜けな声を出した大使の様子を知ってか知らずか、トゥール王は続ける。


「この昨今、嫁と義家族との問題は多い。嫁ぎ先で我が娘が嫁いびりなどされる可能性もあろう。太古の武家ではそのようなときのため、娘に懐刀を持たせて嫁に送り出したという。それに倣い最低限の護衛と得物を持たせたまでのこと。事実此度の原因はヤーティェ王子が婚約破棄などと宣ったからではないか。下手を打てば我が娘、首と胴体が生き別れになっていたところよ。然るに我が先見の明を褒め称えることはあっても非難されるいわれはないわ」


 何言ってんのこの人。ホント何言ってんの。本音なのかギャグなのか定かではないが、どちらにしてもまともじゃなさそうだ。

 大使も同じように感じたのか、若干腰が引け気味となり勢いが萎える。それでもなお意地か責務か分からないが抗議を続けようとする。


「そ、そのような言い訳が通じると思われてか! 戦艦一隻とDA一個中隊があれば首都を陥落させることも可能でありましょう! それほどの戦力がただの嫁入り道具と!? 当国を馬鹿にするのも大概にしていただきたい!」


 そんな言葉も柳に風で。


「ほう? まさかとは思うが、貴国の軍隊はたった戦艦一隻とDA一個中隊()()に蹂躙されるほどの弱兵であったか? しかもあやつらは()()()()ぞ? 小娘の集団に後れを取るというのではあるまいな」


 近衛師団第13独立中隊は、表向き全員リアルの侍従とされている。(一部は本当に侍従だが )その上全員が女性であった。まあ女性だけの部隊を敵陣の中に放り込むような真似をするのはいかがなものかと思うが、関係者には「なんかあってもあいつら()()()()()()()()()()()()()帰ってくる」と変な信頼をされている、スペースアマゾネス集団だ。

 その実情を知るよしもない大使は「なにを……」と言葉に詰まるが、王はさらに追い打ちをかける。


「そういえば先日、貴国は()()()()()()()()()()()()()上に取り逃がした、のであったな。そのような醜態を考えれば……なるほど、分からんでもない」


 その言葉に大使は再び激昂した。


「白々しいことを! どう見てもリマーの艦隊でありましょう! 言い逃れできると思われてか!」


 その言葉に、トゥールはにやりとしながら応える。


「ならば問おう。その艦隊は()()()()()()()()()()()()()()?」


 大使は思い出す。聞いた話では一戦交えた艦隊は船籍を消していたと言うことだが、それはただの誤魔化しだと確信すらしていた。


「船籍などいくらでも隠蔽できましょうが! あの状況でリアル姫とその出迎え以外の何が――」

「我が娘であれば、()()()()()()()()()

「……は?」


 再びの唖然とした顔。一連の騒動はつい先日のことだ。クレン王国からこの国まで何の障害もなくまっすぐ向かえば確かに余裕で到着している時間がたっているが、クレン星系内で逃げ回り一戦交えた状態であれば、まだたどり着いていないはずだ。つまり王は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っている。

 何を馬鹿な、そう大使が声を発する前に、謁見の間へ姿を現す者がいた。


「お呼びでございましょうか、父上」

「おお、帰ってきたばかりですまぬな」


 現れたのは黒髪の女性。それは確かにリアル王女に見える。


「そ、んな……」

「お久しぶりでございますわね大使殿。こちらを出国したとき以来でしょうか」


 スカートをつまんで一礼。目を見開いて呆然とする大使に、王は無慈悲な言葉を投げつけた。


「見ての通りよ。貴国は娘に恥をかかせたばかりかいわれのない罪まで押しつけようとしていた、と言うわけだ。宣戦布告に等しい行為とはどちらのことであろうな?」


 くく、と小さく笑うトゥール王。


「いずれにせよ、ここまで来たら最早対話では収まるまい。……追って正式な決を書面にしよう。大使殿は退去の準備を進めるがよい。我が名にかけて邪魔はさせぬ。ゆるりとな」


 開戦以外の道はないとあからさまに匂わせて、大使に言う。大使は絶望とも憤怒とも言いがたい表情となり、最終的には「後悔なさいますな!」と吐き捨ててその場を辞した。

 大使を見送った後、王は鼻を鳴らしてからこう言う。


「大義であった。下がってよい」


 言われた方、リアル……()姿()()()()()は、跪き「御意」と短く答えてから退室する。

 彼女はリアルの『影武者』である。これまでも()()()()()()()()()()()()()()()に代役をこなしていた。彼女が役目を果たしていると言うことは、リアル自身は不在と言うことだ。まあぶっちゃけまだ帰還していない。

 この程度の情報攪乱は基本。今回のことはリマー王国側からしても少々予想外であったが、すぐさま対処できるくらいの準備は常々整えている。王はどこかつまらなそうな様子で言葉を漏らした。


「もう少し食い下がってくれるかと思っていたのだがな。……やれ張り合いのない」


 それに答えるのは傍らに立つ人物。


「それはまあ、頭おかしい人間と長々付き合ってはいられないでしょうから」

「あれ? 余、今遠回しに馬鹿にされてる感じ?」


 一瞬にしてトゥール王から威圧感も凄味も剥ぎ取ったのは、初老の男性。

 王の侍従長【レイング・コンプ】。彼は王の言葉に対し、済ました顔でこう宣う。


「いえ、ダイレクトに馬鹿にしております」

「酷くない!?」

「陛下の場合遠回しに言っては通じませんでしょう」

「お前、仮にも主君に対してお前」

「なんですかもっとはっきり真正面から罵られたいのですか?」

「すみません土下座して謝りますから勘弁してください」


 ホントに土下座してるよこの王様。力関係が如実に分かる光景であった。

 レイングはトゥール王の乳兄弟であり、王に容赦なく物言える数少ない人間の一人だ。その容赦ないツッコミぶりから内部では「リマー王家のストッパー」「本物の王」「トゥール王の外付け脳味噌」などと称されている。

 ま、それはさておき。王はどっこいしょと腰を上げ玉座に座り直す。


「冗談はこれくらいにしておいて……あの様子では向こうの諜報、ろくに働いてはおらんな」

「そのようで。こちらの工作員は仕事が楽だと歓迎しているようですが」

「油断をさせぬよう言い含めておけよ? ()()()()()()()()()()のだから」


 重々承知とレイングは頷く。クレン王国との戦争は決定事項だが、目的はクレン王国そのものではない。『その影に潜むもの』こそがリマー王国の狙いである。


「それで、尻尾はつかめたか?」

「切り離されたものであれば山ほど。中々はしっこいトカゲのようで」

「我が国より好き勝手やれるクレンでそれか。よほど用心深いと見える。……やはり()()()()()()()()()()しかあるまい」

「派手な騒動になるのは目に見えておりますが、やり過ぎぬようほどほどになさいませ」

「それはクレン次第よ。他にも手を出したい連中はごまんといる。マリーツィアのようにな」

「あの国は色々と面倒です。関わり合いにならぬ方がよろしいかと」

「正直余もそう思う。が、向こうから絡んでくればそうとも言ってはおられんだろうさ。……焼き野原にできれば一番楽なのだがなあ」

「おやめくださいねそのアルティメット蛮族発想。そんな有様ですからリアル姫があのように育つのですよ」


 渋面となったレイングに対して、王は再びキャラを崩して唇を尖らせる。


「だって才能すごかったじゃん。すごい才能だったら育てたくなるじゃん。育てちゃったらああなっただけじゃん」

「ええ歳こいたおっさんがなにキモいことを言っておられるのか」

「ホント容赦ないなお前!?」

「ツッコミどころしかない王宮で年がら年中ツッコミ入れていたらこうもなりましょう。全ては王の自業自得ですぞ」

「あれ? なんかしゃらっと余に責任押しつけようとしてない?」


 脱線したボケとツッコミはしばらく続く。これがリマー王宮で常日頃繰り広げられる光景であった。

 リマーの王族は変わっている。確かに間違ってはいないが、あえてこう言わせてもらおう。

 ちがうそうじゃない。











リマー王国は今日も平常運転です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 待っとりましたっ! いや~エエ人物ですなぁ国王サマ
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