その3
駆ける。駆ける。
爆煙と暴風が荒れ狂う中を、回避のために駆ける。
最早まともな視界も得られない。しかし幸いなことに、ブリッツシュラークの高性能センサー群は周囲の状況を的確に捉え、乗り手であるリアルに伝えていた。
彼女からすればサーカスの曲芸とさほど変わらない。鍛え上げた己の技量、信頼する部下が手がけ専用のチューニングを施した機体。それがあれば成せると、心底信じている。
狂気の沙汰を行ってまで要塞を撃破することになぜ拘るのか。それはリアルが、己の役目を『そういった物』と位置づけているからである。いかなる敵が立ち塞がっても、必ず一撃を入れる切っ先。己の存在がそういった物であると内外に示し、そうすることでリマー王国という国家がどういった存在か知らしめる。それが役目だと信じていた。
戦うしか能のない自分が、どのように使えるか。彼女は彼女なりに考えた末の結論と行動である。
まあもっとも――
「命の綱渡り。この瞬間こそ生きていると感じますわね!」
己の趣味であるという部分が多くを占めるという事実も否定できないが。
稲妻のような速度と機動で戦場を駆け巡る紅のブリッツシュラーク。それを追尾してデータリンクを確保しているルルディは、目が回るような心持ちであった。
(ちょっとはこっちのことも気に、できませんよねー!)
通常の電磁波は状況が状況だけに届かず、レーザー通信や広域の量子通信などが頼りだ。リアルの機動を予測し追尾して通信状態を確保するのは、最早手作業や自動追尾では間に合わない。ナノマシンを介した思考制御、しかもパイロットと同じく高速演算を駆使しなければならない領域であった。目を血走らせながら、彼女は無言で作業に没頭する。
(それももうちょっと! あとは姫様が何とかするでしょ!)
なんだかんだ言って彼女もリアルの能力『だけ』は信用している。ハチャメチャで破天荒だが、その技量は一級品。だからこそ無茶をやってのけているのだ。いや、彼女だからこそ生き残れた場面も多い。とはいえたいがいは自分からそんな場面に飛び込んでいくのだが。
どうせ今回もやってのける。諦めにも似た確信が、ルルディにはあった。
そして。
「ダウンロード完了。ローズマム、良い仕事でしたわ」
データのダウンロードが完了し、システムは再起動を要求する。しかしそのためには、僅か数秒とはいえ機体のシステムを落とす必要がある。
リアルは躊躇わなかった。
「フランローゼ1よりレディメイド小隊。システムを再起動しますわ。フォローをお願い」
「御意」
無茶苦茶なことを言うリアルの言葉に、レディメイド1は間髪入れず迷いなく応える。レンは無表情でそれに続き、ヴィイは「えぇ~」と小声で呟きつつもやはり続く。
3機のヴァルキュリアⅡを引き連れ急上昇。高度10000メートルほどまで達してから、そこでシステムの再起動をかける。
機体が一時的にシャットダウン。当然ながら機体は最低限の機能を残して停止。自由落下が始まる。わざわざ上昇したのは、機能停止によって機体の機動が止まるのを防ぐためだ。高度10000メートルならば地面に落下するまで1分もない。再起動には十分間に合うが、一歩間違えればぶっ壊れるほど派手に地面と抱擁することとなる。とんでもない度胸がなければできない話だ。
重力に捕らわれ頭から真っ逆さまに落ちる中、リアルはただ機体の再起動を待つ。並の神経であれば進行状況を示すゲージが上がる数秒間が長く感じられ、焦りを覚えるであろう。しかし極太のワイヤーがごとき図太い神経をしたリアルは、完全な無防備にもかかわらず平然とした物だ。楽しげに笑みを浮かべる余裕すらある。
やがてゲージが100%にいたり、システムが目を覚ます。全ての機器、インジケーターが次々と点灯。モニターが映し出され、機体の両眼、カメラアイに力強く光が灯った。
「さあて、ここが大一番。存分に華吹いて魅せましょうか!」
にぃ、と獰猛な笑みが浮かぶ。そのままリアルはスロットルを全開。機体は加速し自由落下の速度を遙かに超え雲を引く。
「また姫様無茶するうううううう!!」
ヴィイの悲鳴を残し、ヴァルキュリアⅡ3機も加速して追従。限界まで降下して機体を引き上げ、地表すれすれに時折火花を散らしながら、瓦礫と化した街中を疾駆。そうしつつリアルは追加されたプログラムを確認していた。
「【インパクト・ヴァンガード】。最先鋒にてぶん殴れと。ふふ、分かってるネーミングセンスですわね。さすが我が共犯者」
データ上での作動は確認した。あとはぶっつけ本番だ。ここまで来ると度胸が良いどころではない。やはり頭がおかしい。
とか言ってる間にパンデモニウムの懐へ至る。リアルのブリッツシュラークは大剣を構えたまま減速せずに突っ込んだ。
プログラムはトリガーと連動。切っ先が複合型バリアフィールドに接触したのと同時にトリガー。
大剣の刃が超振動波を放つ。同時に機体前面の空間振動波発生器が稼働し、大剣に向けて振動波を放って同調する。
空間振動波を一点集中し重複させる。これにより超振動ブレードの威力を増幅するというもの。理論は確かにあったが基本刀身の位置を固定する必要があり、機体ごと突っ込むような刺突にしか使えないだろう予測されていたし、さらに空間振動波は反動――推進力を生み出すので、背面のスラスターを全開にし無理矢理押さえつける必要があった。実戦で使われたのはこれが初めてだろう。
後に対艦、対要塞戦術として確立するインパクト・ヴァンガード。それが初めて使用された経緯はこのような物であった。
その効果は覿面であった。バリアとの衝突の瞬間、最早可聴領域を超え衝撃波となった轟音が響く。そして、バリアは打ち消された。
一瞬の停滞の後、紅き機体は最大加速でパンデモニウムに突っ込み、その構造体――大型歪空間発生器に大剣を深々と突き立てる。
間髪入れずに刀身が展開。ビームが放たれる。それはパンデモニウムを深々と貫き、軽くない損害を与えた。そのままリアルはカノーネシューヴェルトを振り抜いて歪空間発生器を破壊。そのまま周囲を手当たり次第に破壊して回る。
一度バリアが破られ、さらに十重二十重と備えられた歪空間発生器の一角が破壊されたことにより、防御が手薄になった。それを見逃す者など、この場にはいない。
「姫様に続く。各機存分に暴れてやれ」
「「「「「了解っ!」」」」」
リアルに追従したレディメイド小隊を先鋒に、フランローゼ隊が次々とパンデモニウムに取り付く。
「見事なものだ。……エストック1より各機。我らも続くぞ、後れを取るな!」
さらにエストック隊が続き、パンデモニウムの損害は拡大していった。そこに加えて。
「良い感じで化けの皮が剥がれてきたじゃないか。僚機に通達。でかいのをぶちかますぞ、砲撃範囲から退去してくれ。アイ、データの送信を頼む」
「了解。砲撃範囲と効果が推測されるエリアを指定。送信します」
ガルーダMarkⅢから通信が飛び、指定されたエリアから僚機が退避する。それを確認し、マクシミリアンは構えた砲をぶっ放した。
莫大な熱量が、パンデモニウムの構造体を焼き溶かし大きく損傷を与える。損害を受けた一角は、もうバリアを展開することはできない。その場以外の空間制御機構で欠落をフォローするにも限界があった。
一度崩れた牙城はもう立て直せない。そして、空間制御機構以外の装備を持たないパンデモニウムには、反撃の手段など残されていなかった。
レッドアラートが周囲を赤く染め、警報ががなり立てる中、大統領はふん、と鼻を鳴らした。
「ここまでか。存外早かったな」
彼にとってこの結果は想定通りである。ただ思っていたより少々早く事が進行しただけだ。彼だけでなく周囲の人間も同様で、危機的状況の中、淡々と言った感じで損害状況を報告している。全ては覚悟の上であった。
程なく、この機動要塞は墜ちる。アラートだけではなく破壊に伴う音や振動も響いてきていることから、ダメージの深度も相当の所まで来ているのだろう。しかし誰一人とて逃げ出すような真似をせず、大統領もそのような指示を出さなかった。
代わりに。
「では手はず通りに祝杯を上げるとするか。皆、用意を」
彼の言葉に、スタッフたちはにやりとした笑みを浮かべ、それぞれ引き出しや傍らに置いたクーラーボックスから何かを取り出す。
それは安物のビールから高級そうなボトルまで、様々な酒類であった。大統領自身もコンビニで買えそうな安いウィスキーのボトルとグラスを取りだし、無造作に注ぐ。そうしてからコンソールを操作。するとカバーの掛かった赤いボタンがせり上がってくる。
ボタンのプラスチックカバーを跳ね上げた。このボタンを押せば、パンデモニウムの動力は暴走し、自壊を始める。つまり、自爆ボタンであった。
大統領は頷いてから立ち上がり、杯を掲げてこう宣う。
「我らが無様な敗北と、地獄への凱旋を祝して。……乾杯」
焼けるような酒を一気に干し、同じように皆が杯を空けたのを見届けた大統領は、満足そうに笑みを浮かべ、自爆ボタンにグラスをたたきつけた。
わりとあっけない最後




