その5
リアルは慌ても騒ぎもしない。
「フランローゼ1エンゲージ。亜光速戦闘、参りますわよ」
現れた敵の機体が亜光速機動を行うと瞬時に見て取ったリアルは、剣を正面に構えた状態で亜光速戦闘に突入する。
ブリッツシュラークは高性能機だが、あくまで通常のDAの範囲内だ。亜光速の思考演算には機体の挙動、四肢の動きはついてこられない。機動は瞬時に反応する空間振動推進のスラスターだよりとなる。
見れば敵機は亜光速のゆっくりと時間が流れる(ように感じる)最中、普通に四肢を振り回し無茶苦茶な機動を行っているようだ。なぜだと疑問に思うことはない。できるのであれば『そういう物』なのだろう。
あの巨体でありながら機動性は上。恐らくは防御力も火力も同様であろう。一対一で真正面からの戦いは、不利と言わざるを得ない。
だがリアルはそれを選択した。ここで逃げ出す女ではない。
そして勝算がゼロだとも思わない。
前に出る。そしてバリアを全開。歪空間バリアシールドを発する機体各所に備えられたスリット状の歪空間発生器は、構造的には空間振動推進器と同じ物だ。発生させるのが持続的な空間の歪みか、反動を伴うパルス状の衝撃波かの違いで、機能切り替えによってどちらも発する事が出来る。つまりサブスラスターとしての機能も持っている(細かく言えば冷却器としての機能も兼ね備えている)わけだがそれは置いといて。
ともかく空間を歪めることによって発生するバリアシールドは、特に光学兵器やエネルギー兵器に対して高い防御力を発揮する。亜光速戦闘では弾速を維持できる光学兵器が主軸となるのがセオリー。接近戦に持ち込むノットノウやリアルのような人間がおかしいのだ。
まともな人間であれば、射撃で仕掛けてくるはず。だがまともな機体ではなく(中身も)反応と機動性は上。セオリー通りの戦術は使ってこないだろう。何が飛び出してくるか分からない。
それでもリアルは臆せず前に出る。
果たして敵機は両手の指先から閃光を放つ。レーザー発信器PLDだ。レーザー砲としての機能の他に、歪空間によるフィールド内に高密度のレーザーホログラムを発生させ刀身を形成する、所謂レーザー剣としての機能も持たせた武装である。同系列の実体武器や他のエネルギー系武器よりも攻撃力は低く、バリアフィールドに対しても効果が薄いが、他の武装に比べ軽量かつコンパクトに纏められるという利点があった。
アキレウスほどの巨体であれば指先に内蔵することも容易であった。レーザー兵器で牽制し肉薄するつもりなのだろう。亜光速域でも機体の稼働がスムーズゆえに、格闘戦で仕留める腹だ。
確かに四肢の稼働はアキレウスに劣るどころか、感覚的には亀のように遅い反応しか得られない。格闘戦に持ち込まれたら一方的に蹂躙されかねない。
まともな乗り手であればの話だが。
放たれたレーザーが、バリアに阻まれて散る。しかしそれはブリッツシュラークの頭部あたりに集中しており、一瞬ではあるが視界を遮った。
勝機。カーネはそう見て取る。間合いを詰め、両腕で掴みかかりゼロ距離からレーザーを浴びせてやろうと――
したところで。
(っ!?)
がぁんと、大剣に弾かれた。
(なに、が!?)
そんな馬鹿なと驚愕するカーネ。この状態で通常のDAが格闘戦などできるはずはないのだ。事実紅いブリッツシュラークは、大剣を構えた状態からほとんど体勢は変わっていない。ただその『方向』があらぬ方を向いているように見えた。
スラスターによる姿勢制御。四肢を動かさないどころか、ほぼロックした状態で行われたそれ。体勢を変えぬまま機体に回転を与えた機動により、結果大剣でアキレウスの腕を弾いた形となったのだ。
亜光速機動中に急激な姿勢制御を行えば、慣性制御の容量を超えたGがパイロットを襲う。最初からそれを想定しているアキレウスはともかく、通常のDAでやったら軽く20Gは超えるはずだ。しかし、リアルは躊躇わずそれをやった。
獣の笑みを浮かべ、彼女はさらに思考制御で機体を操る。
ぐるぐると、複雑な回転を行う紅き機体。その脚部が、回し蹴りのような形でカーネのアキレウスに叩き込まれた。
(ぐっ!?)
たいした衝撃でもなくダメージもほとんどない。だが虚を突かれ不意を打たれる形になったカーネは屈辱を感じていた。
(この女あああああ! 下劣な真似をおおおお!)
どの辺が下劣なのかは分からないが非常識ではある。必勝を確信していながらそれを覆された怒りは、カーネからなけなしの冷静さを奪うには十分であった。
彼はその場に留まり機体に内装された火器を放とうとする。動くべきであった。折角の機動力を無視して足を止めるなど、愚策であった。
あるいは機体の防御力を過信していたのかも知れない。装甲が厚い上にバリアの出力も戦艦並だ。多少の攻撃ではびくともしないと。
だが彼は忘れていた。目の前の女は普通に戦艦の装甲ぶち抜きに来る女だということを。
胴体に備えられたビームキャノンを放とうとするカーネ。それと同時に複雑な回転をしていたブリッツシュラークが正面を向いた。
そのまま真っ向から突っ込んで来た。
(馬鹿か!?)
驚きと嘲りを同時に覚えるが、構わずトリガー。鳩尾の部分に備えられたビームキャノンが放たれる。
光の奔流は紅き機体に迫り――
大剣の刀身にて散らされた。
(……は?)
カノーネシューヴェルト、いやそれを含む超振動剣の刀身は、歪空間発生器と同様の物である。発生する空間振動波が周囲に拡散するため推進力は発生しないが、刀身の周囲にはバリアと同様の歪空間が発生するのだ。
つまりバリアを纏っているのと同じこと。カーネはそれを失念していたようだ。
そしてそれは十分な隙となる。
最高速で突っ込んで来るブリッツシュラーク。その切っ先をカーネは避け損ねた。胸部、コクピットブロックのすぐ隣に大剣が突き刺さる。
が、浅い。装甲を抜いたところで留まり、機能的なダメージはほぼ与えていなかった。
(もらったあああああ!!)
怪我の功名とばかりに、足の止まったブリッツシュラークへ掴みかかろうとするカーネ。
しかし彼は気づいていなかった。大剣の刀身がすでに展開していたことを。
荷電粒子の奔流が迸り、ビームがアキレウスの胸部を貫く。そこからリアルは下方に向かってフルスラスト。閃光の刃が、巨体を裂いた。
「が、あっ!?」
機体が致命傷を負い、高速思考演算が解除されたカーネが苦悶の声を上げる。特殊な神経接合の副作用で、機体のダメージが苦痛の感覚としてフィードバックされたらしい。
同じく高速思考演算を解除し通常戦闘モードへ移行したリアルは、亜光速戦闘時と遜色ない速度で機体を駆り、下方からアキレウスの背面へと打ち上げる。
背中のビークスラスター群が斬り飛ばされ、カーネの機体は機動力を失う。亜光速戦闘から流れるような撃破。端から見ている分には瞬殺であった。
「ぐ、ぎ……ア……」
カーネはまだ生きていた。コクピットブロックは損害を免れ、身体に負傷はない。しかし機体は大破し、自身はフィードバックによる幻痛から復帰できていない。最早死に体だ。
そしてそこから追い打ちがかかる。
がん、とアキレウス(の残骸)に衝撃が奔る。モニターやセンサーが完全に死んでいてカーネには分からないが、ブリッツシュラークの脚部クローが機体を捕らえた音だ。
「では、少々ダンスに付き合っていただきますわね」
大破し機体の半分が切り刻まれても、アキレウスは相当の重量がある。しかしまるでそんなことを感じさせず、ブリッツシュラークはアキレウスをホールドしたまま防衛艦隊へと突っ込んだ。
当然迎撃がある。雨あられと撃ち込まれる砲撃や何やらを、大破したアキレウスを盾にして、ものともせずに加速する。
「あ”ん”がん”がん”がん”が!!」
カーネとしてはたまったものではない。コクピットブロック周辺がやたらと頑丈に作られているのがまた拙かった。簡単に死ぬこともできずに、激しくシェイクされまくる。もちろんリアルはそんなこと一切気に留めず、一気に防衛艦隊を抜いた。
「一番乗りといきますわよ」
そのまま大気圏に突入。その後にシャラたちの【ヴァルキュリアⅡが続き、防衛艦隊を蹴散らしながらダーメファルカンが続く。
さらには。
「出遅れたか。パーティー会場に遅刻するわけにはいかんな」
ノットノウと彼の率いる小隊、そして蒼の軍勢の強襲揚陸艦が。
「ハッハァ! こいつは派手で良い!」
マクシミリアンのガルーダMarkⅢが単機で。
それぞれ性能で上回っているはずのアキレウスを蹴散らし、リアルに続く。
「先鋒の背後を突かせるな! 後続がくるまでに可能な限り蹴散らして、我々も降りるぞ!」
艦隊司令の檄が飛び、突入艦隊はさらに猛攻を加えた。
王手がかかる。だがそれは終わりを意味しない。
立ち塞がるのは王将そのもの。それはリアルたちを今や遅しと待ち受けていた。
やっぱりダメだったカーネさん




