その3
オプファーを旗艦とした3隻の巡洋艦艦隊は迎撃態勢に移る。武装を展開し、艦の側面に設けられた簡易カタパルトから艦載機が発つ。
オプファーに搭載されている艦載機――DAは3機。一個小隊だ。まずは標準装備のヴィクトールが2機。そして次ぐのは。
「【スヴァントヴィート】、出るぞ」
ヴィクトールより一回り大きく、控えめではあるが装飾の施された機体が打ち出される。カーネの専用機スヴァントヴィートだ。
軍の正式採用機ではなく、試作機という名目でカーネが発注した一品物。ほとんど彼の私物である。
と言うか彼の指揮する艦隊自体が私物化されていると言っていい。彼だけではなく、爵位を持っている軍人『もどき』はほとんどがそのような傾向にある。軍がそれを容認している以上、一般の兵からは何も言うことが出来ない。言ったところでどこかに飛ばされるか、悪ければ『事故死』するだけなのだから。
おかげで軍の予算もすごいことになっているが、それはおいておこう。ともかくスヴァントヴィートの制作には予算が湯水のようにつぎ込まれ、その結果量産機を上回る性能を持つ。そして。
「ふむ、『インストールした操縦プログラム』の調子も良い」
カーネは己の体にインプラントしたナノマシン制御システムに、エースパイロットのデータを元にしたプログラムを入れていた。これにより彼はエースと遜色ない操縦技能を得ている。
さすがに小規模とはいえ艦隊司令をしながらパイロットの技能を磨けるほどカーネは才にあふれた人間ではなかった。と言うより艦隊司令が自らDAに乗って出陣するなど頭おかしい事この上ないのだが、クレン軍では平気でこのようなことがまかり通っている。
軍人となった貴族たちが見栄のためにやっていることだが、それでもカーネはマシな方だった。金にあかせた技術頼りとは言え、自らの技能を高めようとする意識があるのだから。
レーダー、そして艦や僚機とのデータリンクによる共有情報に目を通す。目標から放たれたDAは10機。デコイなどの欺瞞でなければほぼ最大数だ。真正面から相手をすればまず蹴散らかされる戦力差である。カーネは迷わず指示を飛ばした。
「全艦砲雷撃戦に移れ。各機は散開、砲撃を抜けてくる敵機を迎撃。まともに相手をするな。こちらの艦に取り付かせないようにするだけで良い」
戦力差を無視して交戦に入るほどあほではなかったようだ。指示を出しながら自らも回避を中心とした機動を取り、機体に装備したレールキャノンを構えさせる。
接敵まで数十秒。その間に可能な限りの敵機情報を頭に叩き込んでおこうとして、気づく。
「所属不明機表示のままか。そういえば船舶登録も不明のままだったな」
そのような反応が生じるよう細工しているのだろうが、今更それをごまかしてどうしようというのか。いまいち目的が分からないが、戦闘には関係がない。カーネはそのことを頭の中から追い払った。
「まあいい、セオリー通りなら数の優位で圧倒しようとしてくるはず。できるだけこちらに引きつけて……」
そう言っている間にアラート音が鳴る。艦砲射撃。レールキャノンと荷電粒子砲の砲撃が降り注ぎ、カーネは回避に専念する。
「あの距離から砲撃だと? こちらよりも射程が長いのか」
だとすれば戦艦並みの射程だ。あるいはそう思わせるために射程外から無理矢理砲撃を……とか思っていたところで、さらなる射撃の連打。艦砲射撃ではなくDAのものだ。それが示す事実にカーネは驚愕の声を上げる。
「DAが砲撃射線上を突っ切って突撃してくるだと!? 正気か!?」
つまりいつ背中から味方の砲撃が当たるか分からない状況で突っ込んでくると言うことだ。普通はやらないというか、正気を疑われて当然の行動である。
【砲火連動突撃】。リマー軍のエース級が当たり前のように使ってくる戦術だが、カーネはそれを知らなかったし、そんな非常識な戦術など想像もしていなかった。
しかし狂ってようがなんだろうが艦砲射撃に加え中隊規模のDAが同軸の射線で突撃しつつ攻撃を放ってくる、その火力は侮れない。引きつけておくどころか容易に足を止めることすら危険だった。
「くっ、やり過ごすしかないか。……全艦迎撃! 対空砲火で弾幕を張れ! 各機は突っ込んでくる敵部隊を背面から狙うぞ!」
対応を変えるしかないと、カーネは歯噛み新たな指示を下す。相手がDAとの交戦を考慮に入れず艦隊に攻撃を仕掛けるならば、相対速度は秒速数十㎞と言ったところだ。真正面から迎撃するのであれば、思考演算を加速し亜光速域対応状態にするしかない。が、それをすれば体に負担がかかるし、戦力差を覆すことができるわけでもない。結局のところやり過ごして、艦隊の迎撃砲火と挟み打ちにするのがベターだと判断したのだ。
砲火がとどまらぬ中、目にもとまらぬ速度で敵部隊が駆けゆく。それに向かって反転し、背後から狙い撃とうと――
アラート音。
「……は?」
カーネはクレン軍の中において、わりかし有能で常識人な方である。だからこそ、相対速度が秒速数十㎞という状況で、接近戦を挑み鉄塊で直接ぶん殴ってくるキチ●イの存在なんて想像もしていなかった。
慣性制御機構の許容量を超えた衝撃が、カーネの意識を刈り取った。
激しく回転しながら吹っ飛んでいく敵機の姿を目にして、リアルは「あらまあ」とのんきな声を漏らした。(もちろんぶん殴ったのは彼女本人である)
「ちょっと良い動きをしていたからエースかと思いきや……当てが外れましたわね」
見栄張りの貴族士官がエースのデータでもインストールしてたのかしらと、かなり正確な予想を立てたリアル。まあそれはいいかと即座に思考を切り替えた。
「ちょうど良いから、『弾避け』に使わせてもらいますわ」
がきり、とトゥルブレンツの足首から先がクロー状に変形する。DAの原型である兵器【アサルトユニット】の時代から存在する、敵艦や施設に取り付くための機構。未だ幾種類かのDAには、それが備えられていた。
吹っ飛んでいった敵機に追いつき、クローで両肩を掴む。そしてそのまま再加速。数百トンのお荷物が増えたわけだが、まるで堪えた様子もなく紅い機体は宙を駆ける。
「姫様、速度を合わせます。……それは?」
機体を寄せてきたシャラが問うてくる。リアルはさくりと応えた。
「落とし物はちゃんと持ち主に返さないといけないでしょう?」
当たり前のように言う。対してシャラも当たり前のように頷く。
「なるほど。……先行いたします。我らの打撃で防御が緩んだところを、姫様が」
「よくってよ。焔の薔薇が棘、どれほどのものか見せて差し上げましょう」
4機のDAが一気に加速。敵味方の弾雨が飛び交う中、旗艦であろう重巡洋艦の姿がみるみる大きくなる。
「中佐殿が!? 残りの2機も撃破だと!?」
あっという間に蹴散らされた艦載機。その上カーネの機体が捕らえられた様子である。確かに戦力差はあったが、ここまで一方的だとは思わなかった。そのように考える副官も見通しが甘い。
ぎ、と歯を噛みしめ、指示を下す。
「バリアの出力を最大に! 総員耐衝撃!」
回避は間に合わないし、カーネをどうにかして救い出さなければならない。機会を窺うためにも今は反撃を控え、甘んじて相手の攻撃を受けるしかなかった。
間髪入れず衝撃が連続で響く。強襲型が炸裂系の弾頭を撃ち込んでバリアに負荷をかけ、次いで攻撃型が高威力の武装を叩き込む、DA戦闘のセオリーが一つ。どうやら旗艦に攻撃を集中しているようだ。
そう見ていたらひときわ大きい衝撃。リアルの機体がアンカーランスで艦をぶん殴ったのだ。同時に解放されたスヴァントヴィートが旗艦にたたきつけられる。その事実はまだ艦内では確認できていない。
シートから放り出されそうになるところをこらえ、副官は声を張り上げた。
「くっ! 損害は!?」
「左舷第4ブロック外殻装甲に損傷! 2次装甲にまでダメージが入っています! 該当箇所の歪空間フィールドジェネレーター破損! バリアの形成および【空間圧縮航法】に支障発生! 超光速航行は不可能です!」
「一当てでこれほどか……っ!」
「! 中佐の機体が損傷部分にたたきつけられたようです! バイタルデータから意識を失っている模様!」
カーネを救出するべきか。副官は一瞬迷う。もちろん上司の命は優先しなければならないが、再攻撃を受ければその余裕があるかどうか。下手をすればこの艦が沈む可能性すらある。
一瞬の思考の後、彼は判断を下した。
「中佐殿の救助を。機体は破棄して構わん、責任は小官が取る。僚艦に援護させろ。同じところに当てられたら沈むぞ」
できうる限り少人数、短時間でカーネを救い出し、撤退する。工兵にとっては命がけの仕事になろう。だが見捨てるという選択はとれない。僚艦を盾にしてでも……と、そのように考えていたらば。
「しょ、少佐殿。敵部隊が……」
「どうした、報告は正確に」
「は、はっ! 敵部隊が離脱していく模様です! 敵艦共々こちらから離れていく軌道に乗ったようで……」
「……は?」
我知らず間抜けな声を出す副官。全く訳が分からなかった。
あと2、3度攻撃が繰り返されれば自分たちの艦隊は壊滅的な被害を受けていただろう。それが分からないはずはない。確かにこちらは追跡するのが困難にはなった。しかし戦闘能力が失われたわけではないし、僚艦などは無傷なのだ。追跡しようと思えば出来る。
相手の意図が読めない。このような中途半端な損害を与えただけで離脱する。戦術的にはあまり意味はないし、なにより自分たちの所在をあらわにしてまでやることではない。ぐるぐると考えが巡る中、副官は思わずぽつりと呟いた。
「……まさか通りすがりのついでに一撃食らわせただけ……とでも言うのか?」
実はそれが正解に近いのだが、神ならぬ身にそれが分かろうはずもない。しばし唖然としていた副官以下のブリッジ要員たちであったが、やがてのろのろと動き出す。ともかくカーネを救出し、撤退しなければならない。旗艦は損傷を受け、指揮官は意識を失っている。この状況で敵を追う事は出来なかった。
気力をそがれたというか心理的に多大な疲労感を覚えている彼ら。酷い貧乏くじを引いてしまったようなものだが……。
この因縁が結構後まで響くことになり、自分たちも巻き込まれることになろうとは、この時点では夢にも思っていなかった。
所在を明らかにし、交戦まで行ったダーメファルカン。その後は姿を隠すことなくまっすぐ星系外縁部を目指している。
もちろんクレン王国軍は黙ってみているはずもない。まるで餌に群がる鳩のように、ダーメファルカンの後を追って殺到する。
しかし統率も何もあったものではない。それぞれが己の手柄とするべく好き勝手に動いていた。中には諍いを始めている連中もいる。軍としてまともに機能しているとは言いがたい状況であった。
そんな連中でも数だけは揃っている。わさわさと集れば連携などなくてもそれなりに追い込む形になっていくものだ。
「他の艦隊に後れを取るな! 我らが一番槍ぞ!」
先鋒となった艦隊の司令官が配下に発破をかける。正確にはカーネの艦隊が一戦やらかした後なので一番槍ではないのだが、そんなことを気にする人間は誰もいない。
ともかく目標が星系を脱するぎりぎりで交戦することが出来そうだ。相手はまだ艦載機を出していない。離脱するのに集中しているのだろうと判断。射程距離に入る前に威嚇射撃を行って、動揺を誘うか――
などと算段している間に、それは起こった。
「時間ですわね」
リアルの左手首に巻き付けられた軍用クロノグラフが、かちりと時を刻む。
突然レーダーに感。
「星系外よりドライブアウトの反応! ……こ、これは、大規模艦隊級の反応です!」
「なんだと!?」
先鋒艦隊が慌ただしく反応した。その彼方、星の瞬く虚空に、空間の歪みが発生する。そこから姿を現すのは、巨大な影。
「お迎えに上がりましたぞ、姫様」
全長2㎞ほどの大型艦を中核にした十数隻の艦隊。黒塗りで統一されたその艦隊の旗艦、【シュタインヘーガー】のブリッジで、一人の偉丈夫が野太く笑う。
秒速うん㎞で接近戦? ドラグナーで似たようなことやってたからいけるいける。