その1
瞬く間に3ヶ月が過ぎた。
その間、状況は目まぐるしく動き、多くの勢力は奔走している。
クレン王国以外は。
「はっ、やっと動いたか。待ちくたびれたわ」
玉座で鷹揚に構えたシーティェが笑む。リマー軍が再侵攻を行うという知らせは、彼の動揺など与えなかった。
改めて傭兵などを雇い、戦力を充実させ、この時を待っていた……と本人は思っている。例えば王子を失った報復に送り込んだ戦力が苦戦を言い訳に戻ってこなかったり、民間人の多くが国を脱していたり、王宮の人員が地味に減っていると言うことには全く気づいていない。
そも自分が喧嘩をふっかけたと言うことを忘れ、待ちの構えに入っているところがもうダメである。とりあえず戦力の数は揃っているが、それだけで勝てるとでも思っているのだろうか。思っているんだろうな。
まあリマーが敗戦を装ったことがよほどの自信につながったのだろう。慢心しまくりであった。
にやりといやらしい笑いを浮かべたシーティェは、玉座に腰掛けたまま命を下す。
「よかろう。全軍を持ってリマーを迎え撃つ。出陣せよ」
えらそうに腕を振るう。その頭の中では、他国に出航させた戦力や資源惑星に送り込まれた艦隊のことなど、すっかり抜け落ちていた。
さて、その忘れられた人たちだが。
「動きませんなあ」
「だなあ」
資源惑星荷送り込まれた艦隊。そこはお茶でもすすり出しかねない雰囲気の緩さであった。
謎の艦隊と相対して早数ヶ月。膠着状態という名のにらみ合いと、時折思い出したかのように散発的な戦闘――というよりつつき合いが延々と続いている。普通では考えられない話だが、クレン首脳部はその存在を忘れつつあった。最初は早く攻略しろとせっついていたのだが、アルコーリクの策略があったり王子が戦死(笑)したおかげでてんやわんやとなり、後回しにされ続けた結果忘れ去られるという顛末だ。
まあ最初からやる気のあまりなかった艦隊の人員は、長期出張のような物だと割り切って従事している。幸いにして補給関係はまともに機能しているようで、物資の面では不自由していない。まあ多分補給関係が中抜きを行うためだろうが、艦隊の方もそれを見越して多めに要求しているので問題はなかった。
そもパトロール艦隊が中核になって編成された艦隊である。長期の作戦行動には慣れていた。長距離砲撃で艦隊の消耗を抑えできるだけまともに戦わないという策をとり、彼らは今日もだらだらと任務を引き延ばしている。
「増援もよこさず撤退もせず、か。何度か入れ替わっているようだが、向こうも忘れ去られているのか?」
「実効支配の実績が欲しいだけかも知れませんな。だとすれば我々は無理にでも動かなければなりませんが」
「しかし艦隊の規模が全く変わらないというのが不気味だ。たかが500の戦力でとどまる理由が分からん」
占拠であっても侵攻であっても、ただ惑星周辺に居座っているだけと言うことはあり得ない。何かそれ以上のアクションがあるはずだった。クレン艦隊の司令官が積極的に動かない理由の一つである。
「……こちらを引きつけるのが目的? いや、何かを待っているのか」
「普通に考えれば、こちらの増援でしょうが。果たしてまともな考えでしょうか」
推測は色々とできる。だが確たるものはない。思考は堂々巡り、時だけが無為に過ぎていく。
クレン艦隊はまだ察していない。居座っている艦隊――マリーツィアの手のものたち。彼らが待っている『時』は、もうすぐそこまで近づいていた。
リマー軍が行動を開始したと聞いて色めきだった勢力は多い。が、直接的な行動に出るところはさほど多くはなかった。
何しろアルコーリクの策略で、あちらこちらがてんやわんやの真っ最中だ。渦中であるリマーも方々に戦力を貸し出しているというのに、大胆なことである。なぜこのタイミングと訝しがった者も多いだろう。大概は己の問題を片付けることを優先し、クレンとの戦争は静観する方策であった。
そして、肝心のアルコーリクであるが。
「細工は流々、と言ったところか。皆綺麗に踊ってくれるものだ」
「結局は人間も動物と言うことさ。例外はあるにせよ、有象無象はレミングとたいして変わらん」
アルコーリク首都、大統領官邸。その一角に無数のモニターを備えた部屋がある。
忙しなく白衣を着た研究者らしき者たちが行き交う中、奥まった席に座る壮年の男が言う。
「あるいは心の奥底で乱世を待ち続けていた、のかね」
「そういったものもおるだろうさ。でなければこうも容易く諍いなど起こらんだろうよ」
男に応えるのは傍らに立つ白衣の老人。大分高齢のようだが、背筋は伸びて老いを感じさせない。
老人はくつくつと嗤いつつ言った。
「この『実験』も大方データが出そろった。後はどこまで効果が続くか、どこまでが実験の効果か、検証したいところではあるが」
「それまでこの国は保たないだろうなあ」
男も嗤う。己が今の地位に上り詰めたのも、実験の成果だと理解している。そして実験が終われば己も用済みだと。
だが後悔はない。
「博士、あんたには感謝している。箸にも棒にもかからない、世の中に対する恨みだけを抱えたガキがここまで上り詰めた。あんたにとっては実験動物も同様だったんだろうが」
「そうさの。中々よい拾いものをしたわ。……望めばもう少し長生きできるぞ?」
「この辺が潮時さ。俺が望んだとおり、存分に世界は引っかき回される。後はどれだけ巻き添えにできるか、ってところだな」
最早先はない。そのような覚悟が込められた言葉。あるいは諦観なのかも知れなかったが。
老人は軽く鼻を鳴らしただけだった。
「好きにすればよい。後は任せる」
「あんたはまだ研究を続けるのかい?」
男の問いに、老人は応える。
「無論よ。我が命果てるまで探求は終わらぬ。いや、継ぐ者がおればまだ先にも行けよう」
それが研究者の業よ、そう嘯く老人。世界を混乱に泣き込んだことに対し、何ら良心の呵責も覚えていないようだった。
「人は愚かよ。このようなつまらぬ策略に填まり、容易く諍いを起こす。だがそれに抗うのもまた人。そんな人の意思を完全にコントロールできるのか否か、儂はそれが見たい」
ある種の人の可能性。それを検証したい。老人の思いはそれだけだった。それだけで他者を、世界を手玉に取る。倫理観という物が欠片もない人物。
クラカーシ・ダアマ。マッドサイエンティストである彼は、世界に深々と傷跡を残して、再び闇に潜ろうとしていた。
そして。
「それじゃあ、俺は派手に幕を下ろしにいくとするか」
男――アルコーリク連邦大統領は、そう嘯いて不適に笑む。
リマーとクレンの再戦。それとほぼ時を同じくして、アルコーリクは周辺国家のへの攻勢を一気に強め、瞬く間に勢力範囲を広げる。
それが意図して作られた砂上の楼閣だと言うことに、気づく者はあまりにも少なかった。
「僕とは逆か。自分の命を捨てて世界を混乱に陥れようとする。真似できる物でもないししたくもないね」
「クラカーシとやらもたいしたタマで。おのれの欲望だけを突き詰める精神と、それを成し遂げる技術と手管が合わさればどれほど恐ろしいことになるか。例外中の例外でしょうが」
「放っておいても良いんだが……その場合、再就職先がどうなるか分からないね。……やれやれ、仕方ないか」
すちゃり、と目元覆おうマスクを装着する男。
果たして彼は何者で、何を成そうとするのか。
新たなる仮面の男。果たしてその正体は(白々)




