その4
報告を聞いたリアルの反応はというと。
「間違いなく生きてますわねあの男」
ヤーティェの生存を確信していた。
まず艦隊が掛け値無しの壊滅というのはあり得ない。いくらクレンの軍でも、途中で逃げ出そうとしたり降伏しようとしたりする者は出てくるだろう。むしろクレン軍だから必ず出てくる。それがなく生き残りの一人もいないというのは不自然であった。
見る人間が見ればあからさまな偽装。しかしそれを行った理由が不明だ。己を死んだことにして何がしたいのか。
「……もしかして、逃げ出したかったのかしら?」
リアルの推測は大当たりである。まあそれ以外に思い当たることがないと言えばそれまでだが、そう考えると今まで王子が取ってきた行動がすとんと納得できた。
なるほど、ただ逃げ出すのであれば色々と面倒がついて回る。であればいっそのこと死んだことにしてしまえば、そういった煩わしさから解放され、自由に動くことができるというわけだ。最初からそういう目的であったとすれば、彼の不可解だった部分も得心がいく。
「思ったより俗物で……そして面白い人間だったようですわね」
くすりと笑う。あるいは勿体ないことをしたかと思う。付き合いが深ければ、もう少し面白いことになったかも知れない。ただ逃がすのは惜しいとすら感じた。
もっともヤーティェからすれば全力で御免被るといった感じだろう。虎の巣穴で過ごす趣味はないのだから。
ともかく王子は一抜けしたわけだが、意外にもクレン王国は派手な動きを見せなかった。精々が王子を討ったとされる国に戦力を差し向けた程度である。国葬すらもろくにしていない。国王が予想以上に冷淡だったのか、王子との関係が悪かったのか。いずれにせよ王子の死は大したダメージも与えていないようだった。あるいはそうならないように王子が手を回したせいかもしれないが、穿ち過ぎな見方であろうか。
「まあ、わたくしのやることは変わりませんわね」
ぱちんと扇子をならして言う。己の望むままに、そして国から望まれるままに、戦場にて華吹く。相手の事情など酌んでやる必要はなかった。そうあれかし。リアルは全くブレない。
まあそれはそれとして。
「それで、彼女はどうですの?」
リアルの問いに、傍らのシャラが答える。
「逸材にございます。……しかし本当によろしいのですか?」
「もちろん。獅子身中の虫を飼うのも一興とは思わなくて?」
「酔狂にもほどがあるかと」
珍しく、ものすごく珍しく。シャラが小さなため息を吐いた。
どういうことなのかと言えば。
「背筋は真っ直ぐ! 足下を見ない! 頭の上からひもで吊り下げられているような感覚を忘れるな!」
「なんでこんなことにいいいい!」
艦内のトレーニングルームで、ルルディはメイドとしての訓練を受けていた。
そう、リアルはルルディを己の配下として召し抱えようとしている。シャラが酔狂というのも頷ける話であった。
「っておかしいでしょおおお! なんで敵性国家のスパイを召し抱えようとしてんのよあの王女様はああああ!」
訓練を受けながらも半泣きで文句を垂れるルルディ。大した度胸だが、しっかりと訓練をこなしているのは流石というか何というか。
「ふん、姫様の寛大なる判断に感謝どころか不満を言うとはな。気に入った。あと50セット追加してやる」
「ひいいいいいん!」
教官役を務めるのは、ショートカットで片目に眼帯をしたメイド。DA部隊のパイロットで軍から引き抜かれた人間だ。当然教練も軍隊式である。元々ルルディに対して良い感情も持っていなかったため、かなり厳しめだった。
もちろんルルディの召し抱えについて、隊員たちはこぞって反対した。シャラですら、いかがな物かと眉を顰めたくらいだ。それを押し切ってルルディを取り込んだリアルの思惑はといえば。
「あれは化けますわよ。磨けばかなり使えるようになるでしょう」
ということらしい。まず彼女の勘は外れたことがない、ということをよく知っている隊員たちは、半信半疑ながらもルルディを受け入れるしかなかった。
当人は今のところ文句を言いながらも大人しく指示に従い、そしてかなり良い成績をたたき出している。元々諜報工作員として育てられ、生き延びてきた生え抜きだ。当然と言えば当然の話であった。
シャラをして逸材と言わせるほど。能力としては十分ではあるが経歴が経歴。信用など欠片もできそうにない。かといって陰湿ないびりをするような隊員たちではない。そういった人間はそも引き込まれていなかった。主にリアルの勘のせいで。それはさておいてルルディは周囲から浮いた感じになってるし、本人もそれは自覚している。そんなので上手く行くのかと、当人含めて誰もが思っているのだが。
「次の戦の前に、使い物になれば良いわ。相応にしごいて差し上げなさい」
「御意」
こうしてフランローゼ隊は新たな人員を迎えた。貴い犠牲である。
なおヴァイスは帰還後にある人物の元へと送り出されることが決定している。ある晴れた昼下がりであった。
帰路ではそれ以上何事もなく、ダーメファルカンはリマー軍が橋頭堡を構築している宙域へと帰還した。色々と手続き後始末ドナドナを片付け、彼女らは戦線へと復帰する。その報告を兼ねて、リアルはある人物と連絡を取っていた。
「どうよブリッツシュラークは」
「控えめに言って最高ですわね」
モニター向こうで不敵な笑みと共に問うのはゼアル。それに対してリアルは満面の笑みを持って応えた。
「満足したようで何よりだ。ユイリーも安堵するだろう」
「そういえばご婚約なさったようで。おめでとうございます。遅ればせながらお祝いを贈らせていただきますわ」
「応。気をつかわせてすまんな」
ゼアルはヤクモ・エンタープライズの社長令嬢であり幹部でもあるユイリー・ヤクモと婚約を結んだ。一見政略結婚かとも思われたが、ブリッツシュラークの開発を巡って交流しているうちに気が合ったらしい。
元々王位を継承する気もあまりなかったゼアルは、婚約者がいなかった。結婚する気もあまりなかった。ゆえに独り身を堪能していたわけだが、ここに来て電撃婚約である。それは関係者を驚かせ……はしなかった。
だってリマー王家だから。大体これでみんな納得する。
「ユイリーと連むのは面白そうだ。嫁にする」
婚約を決意したゼアルが王に言い放ったのがこの台詞だ。そして王は「そうか」と言ってから。
「だー! 負けたー! 誰よユイリー嬢口説くって賭けてたの!」
賭け券放り投げて絶叫した。トトカルチョやってたらしい。その傍らでにやりと笑うレイング。
「ふ……殿下の好みはリサーチ済みでしたからな」
「お前かよ!」
酷い話である。まあ大体いつものことなので誰も気にしなかったが。
とにかく、降って湧いた慶事に国内はお祭りムードだ。もっとも単に祝うだけでなく。
「いつまで保つかね?」
「3ヶ月以内に分かれるに800」
「婚約破棄やんねーかな」
などという方向で話が盛り上がっている。ここの国民も大概酷い。
まあそんなノリと勢いで生きているナマモノ国家でも、真面目にやるときはやる。主に戦場方面で。
「気分が上がっている今が攻め時だと、父上も判断したようだ。クレンの方もだいぶがたついてきたしそろそろ潮時だな」
「なるほど、つまり……」
「ああ。収穫時期ということさ」
クレンを落とす。そのために、リマー王国は本気で動き出した。
(悲報)ルルディさん逃げられない




