その5
その頃、ルルディはどうしていたのかというと。
「災い転じてなんとやら、と言うヤツさ。まあ厄介払いともいうが」
「……まああたしが単独で逃げ出すよりは楽よね」
「おいおいやる気だったのかよ」
ヴァイスと言葉を交わすルルディ。混乱に乗じて彼女を逐電させる。そういった話を持ち込んできたのだ。ここで死亡を偽装すれば、マリーツィアの追跡も回避できるだろうという目算があった。
もっともルルディ本人もいい機会だと思っていたようで、隙を見て逃げ出す気満々であった。ヴァイスとしてはそれでも構わなかったが、防諜の責任者という立場上勝手に逃げられるのは困る。いいのか悪いのか微妙なタイミングで話を持ち込んだようであった。
「君の仲間には、別々に星を脱出させてから後で合流させると言うことにしてある。君の乗った船は事故で……と言うことになるな」
「あたし一人に随分と大げさね。そこまでたいそうな人間じゃないと思うのだけれど」
「約束だからな。それに君の仲間を釣ってくれたおかげで、マリーツィアに情報を流せるようになった。採算は十二分に取れているさ」
ルルディの使用人という触れ込みで接触してきた諜報員たちは、巧みにファウンデーションの担当者へと取り入って情報を得ている……ように見えるが、担当者たちは上手く都合のいい情報を提供しているようだ。諜報員たちを引き込んだ時点で、ルルディの役目は果たされたと言っても良い。そう言う意味では彼女を解き放っても問題は無かった。
とはいえ確かに彼女の死を偽装するのは大げさである。そのあたりはヴァイスが骨を折った。割と律儀であったらしい。
「まず客の避難に便乗して君を脱出させる。順番は大分後の方になってしまうが、そこは勘弁して欲しい」
「贅沢を言える身分じゃないわよ。手間をかけさせてんのはこっちなんだから」
軟禁されていたルルディだが、むしろこの期間は天国と言ってよかった。行動こそ制限されているものの、三食昼寝付きで働かなくてもよい生活など堕落しても良いと言われているようなものだ。割とハードな人生を送ってきた彼女は、すっかり怠惰な生活に慣れきってしまった。まともに生活ができるようになるのか怪しいレベルである。
ともかく彼女にとっては都合のいい展開となった。もっともヴァイスに騙されるという危険性もあるのだが……そのあたりは『そうなってしまったら仕方が無い』という諦観じみた想いがある。どのみち今はヴァイスを頼るしか道がないのだ。彼の胸先三寸でどうとでもなる身。信用するしかない。ただしマリーツィアの売られでもしたら全力で逃げるが。
こうして、ルルディはジャックポットから脱することとなった。
これであの厄介なお姫様から逃れられると、彼女は胸をなで下ろしたが。
もちろん捕らぬ狸の皮算用である。
ガルーダMarkⅢが備える長大な砲は、反陽子対消滅熱線砲である。
元々大型艦に搭載される物を設計し直し、DAが使用できるように仕上げた……というよりは、反陽子対消滅熱線砲を運用するために設計されたのがガルーダMarkⅢという機体であった。
要は戦場のあらゆる場所から反陽子対消滅熱線砲をブッパするためのものだ。可変DAの機動力にて戦場を駆け巡り、有利な位置から強力無比な火力を叩き込む。それがどれほどの脅威になるか。
まあそのためにやたらと強固で複雑な可変式フレームを採用して整備性が最悪になるわ、性能を優先しすぎて操作性も最悪になるわ、問題だらけのDAだったりする。まともな人間であれば運用を躊躇うものであるのだが。
「あのような機体を選ぶだけはありますわね」
トゥルブレンツを振り回しながらリアルは言う。ガルーダMarkⅢの長大な砲は、格闘戦などのおり接続用のサブアームを介して邪魔にならないような位置に移動する。しかし機体のバランスが悪いことに変わりは無く、扱いにくいことこの上ないはずだ。だと言うのに相対している機体は、リアルと互角以上に渡り合っていた。
長大なランスを振るうトゥルブレンツに対し、ガルーダMarkⅢは予備兵装の超振動ブレードのみで斬り結んでいる。最早デッドウェイトとなった砲を備えたままで、機体のバランスは無茶苦茶なはずだ。だがその動きに何らかの支障があるようには見えない。
「なるほど、お飾りの兵隊とは違う」
チャンチャンバラバラとやり合っている最中、マクシミリアンは呟く。
トゥルブレンツは確かに高性能な機体だ。しかし対艦攻撃用のストライクランスをDAとの接近戦で用いる乗り手は中々いない。なにしろでかくて重い得物だ、ガルーダMarkⅢの持つ砲といい勝負である。そんなものを振り回してチャンバラやらかす目の前のパイロットは、明らかにおかしい。
長大な得物を巧みに操り、懐に踏み込ませない。機体の、得物の特性を熟知し、それを扱うことに関して図抜けた技量を持つ。そして何より獰猛なまでの戦闘センス。なるほどこれは手強い強敵だ。
振り回されるランスをブレードで弾く。技量が同格ならば、リーチの差はそのまま戦力の差につながる。しかしながらマクシミリアンは一歩も引かず互角に渡り合っていた。
その上。
「姫様に近づけさせないか。やる」
リアルを援護しようとしていたシャラは、MarkⅢから放たれた粒子砲のビームに回避を余儀なくされる。
MarkⅢの両肩には、シールドを兼ねた細長いバインダーが備えられている。それに中口径の粒子砲が内蔵されているのだ。それを周囲に向け、援護に入ろうとするフランローゼ隊の機体を牽制していた。
リアルと渡り合いながらである。
つまりリアルを上回る技量があるか、サポートAIなどのチューンナップをほどこしているか、である。恐らくは後者だとシャラは見て取ったが。
「このパイロット、単機で我らを押さえるつもりか」
フランローゼ隊が脅威と見て、それを押さえにかかる。しかもリアルが中核だと見抜き、彼女を集中して攻めることによって、フランローゼ隊全員を自分に釘付けにする。よほどの自信が無ければやれないこと。
攻撃の要がどこにあるのか見抜く戦術眼。そして自身に迫る技量をもつ一個中隊を相手取る度胸。紛うこと無き一流の傭兵だ。そんな人間がなぜこのような、と問うのは無意味だろう。傭兵となっている人間は大概が訳ありだ。どれほど技量があろうが、名が売れていようが、こんな稼業をやっている以上明日をも知れぬ身。その目的や心情などを考察しても無駄だ。
まあこちらとしても、このような強敵を放置しておくわけにはいかない。フリーにすれば味方艦隊を蹂躙することは目に見えていた。幸いこれ以外には突出した技量を持つ者はいないらしく、残りの戦力で十分対処できている。あとはミズホに任せておけばいい。
そして同時にこの状態は長く続かないと推測した。
「味方が崩れれば、引かざるを得まい」
そもそも戦場自体はジャックポット側に優位に動いている。隊型を崩したところに火力を集中させて各個撃破していく戦術で、敵側を削り取っていた。そう遠くないうちに勝負は決するだろう。
「しかしあれだけ姫様が生き生きしておられるのだ。今しばらく付き合って貰おうか」
リアルの望むことが最優先。シャラは忠臣であった。だいぶ間違っているような気はするが。
そうこうしているうちにも戦況は動く。
「姫様を、いやフランローゼを足止めできるほどの強者がいようとはな。世界は広い」
ダーメファルカンのブリッジで、ミズホは苦笑する。いやまったく、幸運だった。
あれほどの実力を持つ兵が単体で行動している。かの傭兵を使いこなせる者も、追従できる者もいないということだ。恐らくは適当にかき集め、指揮系統もはっきりしていない傭兵なのだろう。軍隊としてまともに統率が取れていないという証拠だ。
つまり勝機は十二分。
「各艦に通達。これより本艦をトップとして突撃を仕掛ける。これによる戦果に応じてリマー王国軍からボーナスを出そう。我と思わん者はついてこい」
旗艦で真っ先に先陣を切ろうとする。彼女もまた、リマーの軍人であったと言うことか。そしてちゃっかり本国から金を引き出そうとしている。まあリアルを護るためという名目があれば、予算は出るであろうが。
ともかくダーメファルカンに率いられた艦隊はぎこちないながらも陣形を整える。ボーナスの一言が効いたようで、突撃に参加する艦は30を超えた。敵陣を突破し中核を叩くには十分な数だ。
「フォーメーションを形成。各艦準備よろし。いけます」
オペレーターからの報告に頷くミズホ。
「よろしい。では各艦一斉に……」
いよいよ突撃の命が下されようとした、そのとき。
「空間質量レーダーに感! 星系外縁部に大型艦らしき反応が出現しました!」
オペレーターの報告に出鼻をくじかれ、ミズホは眉を顰める。
「敵の増援か? ならば目の前の艦隊の中枢を叩いて……」
「いえ、これは……黒曜遊撃艦隊です! 12隻を確認!」
おお、とブリッジがざわつく。
「いいのか悪いのか微妙なタイミングだが、急がないと全部喰われてしまうな。……全艦状況維持。当艦の行動に変更はない。このまま突っ込むぞ」
構わず突撃を敢行しようとするミズホ。黒曜遊撃艦隊はレーダーと通信で状況を確認する。
「いいところを邪魔したか? まあこれもお役目よ。勘弁して貰おう」
野太く笑むカブル。黒曜遊撃艦隊の司令官に返り咲いた彼は、生き生きと指示を出す。
「レイヴンズを先行させろ。姫にドレスを届ける役目を任す」
格納庫。命令を受けたレイヴンズの機体が次々とカタパルトに上げられる。
「今度は宅急便か。全く人使いの荒い」
苦笑する隊長。彼らの背後には、DA輸送用のコンテナが控えていた。
その中に収められた深紅の機体は、眠るように時を待っている。
実は乗り換えイベント




