その1
ヴァイスは引きつった笑顔でモニターに映る光景を見ていた。
そして、モニター向こうの幹部――カジノの支配人たちが、同じような表情で客人に相対している。
客は女性。サマードレスを纏ったその女はまだ若いが、異様な圧が画面越しでも感じられる。そしてその背後にひかえるメイドの群れ。なんか下手なヤクザよりも怖い。色々な意味で。
「……つまり貴女は、我々に『何もするな』と釘を刺しにきただけ、と?」
「そう言うことですわ。わたくしはただの客。余計な気を回されるのは至極不快ですの。おわかりになりますわよね?」
「いや誰が信用するかってのそんな言葉」
画面の中の会話に思わずツッコむヴァイス。巷で噂のおてんば(どころじゃない)姫がこんなところに乗り込んでくるとか予想ができるか。いやカジノで遊ぶ分には構わないが、なんでお偉方のところに妙な釘を刺しに来るのか。
「……まさかバレてるんじゃなかろうな」
背中に嫌な汗が流れるのを感じるヴァイス。どちらかと言えば常識人の彼に、リアルのぶっ飛んだ思考は読めない。が、現状と得た情報から予想することは可能だ。
もし予想通りであれば少々厄介なことになるかも知れない。最大限の警戒を上申するべきだとヴァイスは判断した。
防諜の責任者でもあるヴァイスの進言は聞き入れられ、カジノ惑星【ジャックポット】を支配するグランシャリオ・ファウンデーションは、リアルたち一行に対し警戒態勢を取る。
だがしかし。
アクシデントは全く予想外の方向から彼らに襲いかかってきた。
「逃げるから手伝え」
「OK落ちつけ据わった目で胸ぐらつかみ上げるのはやめてくれませんか」
鬼気迫る形相でヴァイスを釣り上げているルルディ。
そう、彼女が軟禁されているのは、ジャックポットの一角にある施設であった。この星は娯楽施設であるが、賭け事を主にしているせいかそれなりの『裏』もある。年間を通して何人か行方不明になったりとか。軟禁するための施設の一つや二つや三つや四つは当然のように存在していた。
この施設にルルディが軟禁されたのは色々と事情があるが、まあ大体はヴァイスら情報関係の者たちの都合だ。情報関係の拠点の一つで人の出入りも多く、また人が姿を消しても目立たない。ある種の利便性もある。
ともかく彼女はここにいる。そして、まさかのリアル襲来だ。ルルディにしてみれば矢も楯もたまらず逃げ出したくもなろう。
(お、教えるんじゃなかったかな?)
ぶんぶか振り回されそうになっているヴァイスは若干後悔し始めていた。一応関わったことのある人間だから、話題に出しただけだったのだが。
「どんだけ酷い目に遭わされたの君」
「むしろ酷い目に遭う前に関わっちゃいけない人間よアレは」
何とか落ち着いたルルディ(目は据わったままだったが)にコーヒーを淹れてやりながら、ヴァイスは眉を寄せた。
「話は聞いているけど、そこまで酷いのかい」
「事を起こすためにDA海に沈めておいて、いざとなったら自分が乗り込んで大暴れする人間よ? まともな神経してるわけないじゃない」
たしかに、そのエピソードだけで頭がおかしい輩だと知れる。しかも敵地のど真ん中でだ。まともな神経どころではない。
「必要だと思ったなら、この星でも同じ事やるわよあの女。まさかそんなことはしないだろうなんて考え、通じないと思っておいた方がいいわ」
呼吸する災厄みたいな物だとルルディは言う。まさかそこまでと思いかけていたヴァイスはむう、と唸る。
「……君の身柄を余所に移送できないか、上に打診してみよう。まあ出歩かなければ遭遇することもないだろうが、念のためだ」
口ではそう言いつつも若干の不安がある。最初に感じた嫌な予感。リアルがルルディの所在を知り乗り込んできたのだとすれば。いくら何でもそんなことはと振り払おうとした考えが、頭の隅にこびりついて離れない。
この星なら色々と便利だし、娯楽などによってルルディの同僚――使用人を装ったマリーツィアの諜報工作員の懐柔を試みることもできる。だが、ルルディの訴えと自分が覚えた不安は、ヴァイスの考えを改めさせるには十分だった。
(彼女の移送を理由に、俺もこの星を離れるか?)
自身の保身も兼ねた計算を巡らす。あらゆる事を想定し、最悪を回避するために。
もちろん事態は彼の想定を超える。
軽快な音を立ててルーレットが回る。
客が次々とチップを置いていく中、リアルは黙ってルーレットを見つめていた。
ややあって。
「黒の6に」
静かに告げ、それに従いシャラがチップを移動させる。
ルーレットのホイール(回転盤)は徐々に回転速度を落とし――
かん、とポケットにボールが落ちた。
その数字は、黒の6。
おお、と周囲から感嘆の声が漏れた。
「これで3度目……まぐれではなさそうだ」
ギャラリーの一人が唸るように言う。
リアルはルーレット台で全ての出目を的中させていた。とは言ってもまだ3度目である。偶然であろうと思う者も多かったが、聡い者はそうでないと見破っていた。
事実リアルはルーレットの出目を見切っている。まあこの女、素で相対速度秒速数㎞のDAの機動見切ったり勘だけでレーザー回避したりするので、当然と言えば当然なのだが。
ルーレットのディーラーはすました顔をしているが、その額には一筋の汗が流れている。どうやらそれなりの腕を持つようで、リアルがルーレットを見切っていると理解しているようだ。出目のコントロールもある程度可能なようだが、それを見切られていては手も足も出ない。危機も覚えよう。
リアルはふ、と微かに笑う。
「河岸を変えますわ。シャラ」
「御意に」
そう言って席を立つ。そして次の賭場を見繕うため歩き出した。
背後ではどこかほっとした空気と、何か納得がいかないような気配がある。少し勝った程度で手を引いたからだろう。
「……やはりああいう『見える』系統はいけませんわね。わざと外してもよかったのですけれど、それでは別の楽しみ方になってしまいますわ」
リアルはカジノを楽しみたいだけで、別にこの星を敵に回したいわけでも潰したいわけでもない。ディーラーを追い込むようなマネをするつもりはなかった。
しかしそうなると、楽しめるゲームは限られてくる。スロットなんか絶対やっちゃいけない系だ。となれば……。
「カード、ですわね」
そのような判断を下す。カードゲームではカードさばきよりもディーラーや他のプレイヤーとの心理戦が重要だ。こればかりは目の良さだけではどうにもならない。
扇子を口元で広げ、ほくそ笑むリアル。
「さて、ここでわたくしを楽しませてくれる方はいらっしゃるかしら?」
マリーツィアの諜報工作員たちの動向を監視しそれとなく情報を流す。周辺の防諜に努める。そのような役割を受け持っているヴァイスは割と忙しい。
そんな彼に、新たな厄介ごとが持ち込まれた。
「頼むよヴァイスくううううん! あの姫様超厄介なんだよおおおおお!」
ヴァイスの前で土下座するのは、カジノ支配人の一人。
いくつかのカジノを配下に収めている大物であるが、今は威厳も凄味もすぽーんと放り捨てて、涙と鼻水でぐしょぐしょになった情けない様相だった。
何が起こったのかと言えば、彼の支配するカジノにリアルとフランローゼ隊一同が居座っている。これだけだ。
別にリアルが不正行為をしているとか暴れ回っているとかではない。普通にギャンブルして普通に勝っているだけだ。確かにそれだけなのだが。
「彼女の相手したディーラーがこぞって胃痛で病院送りになってんのよおおお! もう君しか頼る人間がいないんだよおおおお! 昔取った杵柄でなんとかしてええええ!」
「そんなん俺がどうにかできるわけないっしょ! カジノの担当してたの大分昔っすよ!?」
何をやらかしているのかあのお姫様。そしてなぜ自分にお鉢が回ってくるのか。確かにヴァイスは昔ちょっとならした口だが、別段無茶苦茶優れた博徒というわけではない。諜報関係の一環でたしなんでいただけだ。
と本人は思っているのだが。
「何言ってんの【浮沈の白】! 君がダメならもうおしまいでしょうがああああああ!」
「その恥ずかしいあだ名やめてって言ったっしょ!?」
どうやら二つ名がつくくらいにはやらかしていたらしい。
で。
(どうしてこうなった……)
ディーラーの姿となったヴァイスは、ブラックジャックにテーブルについていた。
相対するのはもちろん、リアル・ド・リマー。
ギャラリーが固唾を呑んで見守る中、決して歴史に残らない一戦が始まろうとしている。
そしてヴァイスさんも巻き込まれる。




