その5
クレン艦隊の様子を見て、カブルは鼻を鳴らす。
「メッキが剥がれたか。それとも本国の方で何かがあったかな?」
連携が崩れ我先に襲いかからんとする敵の様子に苦笑。しかし一部は離脱し撤退しているように見える。このような状況であれば普段は食い散らかすのだが、今回はそういうわけにもいかない。
「ま、良いタイミングであろうさ。……全艦、撤退する。順次離脱を開始させろ」
カブルが命を下し、後方に下がった艦隊から順に方向転換。離脱して超光速航行に入る。
撤退時は隙が多くなる。この時殿を務める者たちの働きによって損害の割合は大きく変わるものだ。最後まで残るものは半ば決死隊と言っても良い。
故に殿は選りすぐり。本物のエースが配置される。己の身だけでなく艦隊全体を護らなければならない大仕事だ。そこで個人の嗜好が配慮されるはずもなかった。
「残念ですけれど、流石に我が儘は言えませんものね」
撤退する艦を援護しながら、リアルは言う。いくら頭がアレな彼女でも、殿として残るわけにはいかないと言うくらいは理解していた。それでもギリギリまで戦場に残るつもりであったが。
撤退を開始するリマー軍に対し、クレン軍は逃すものかと我先に食い下がる。阻むのは主にDA部隊。ここまで来れば多くのリマー兵がこの敗戦は欺瞞だと気づく。そしてそのついでに何を狙っているのかを。
「各機、エース機を最優先に対処しろ。艦隊は足止めを喰らわせてやる程度で良い」
隊長機から指示が飛び、DA部隊は技量の高い敵機に狙いを定め襲いかかる。
クレン軍におけるエースの割合は多くない。しかし傭兵と合わせればそれなりの数になる。機を見るに長けたものはすでに後退するか部下を盾にして凌いでいるが、手柄を焦ったものは逃れる機を見失い、討ち取られていく。艦隊戦とは逆の様相、いや惨状が展開されていた。
数の差をものともしない、リマー軍本来の戦い方。元々の練度が違い、そして連携も取れている。欲に駆られて簡単にメッキがはげるクレンの兵など、良い獲物でしかなかった。
「ばかな! 3倍以上の数がいたんだぞ!?」
「傭兵ども逃げるな! 私を護……うわあ!」
「陣形を整えろ! 艦の援護は当てにならん、小隊を維持しつつ徐々に後退するんだ!」
一部を除き、次々と撃破されていくクレン軍DA部隊。戦場での動きがめざましい者は優先的に潰され、そうでないものは巻き添えのような形で墜とされていく。それを免れたのは蒼の軍勢のように補給などを理由としてさっさと後退した者と――
「ええい不甲斐ない! この程度も押し返せんか!」
妙に悪運が強い者だ。
カーネ・カーマッセ。彼は混然とする戦場の中、なぜか機体に損傷もなく生き残っていた。
ただひたすらにリアの機体を探しまくり、他を全く相手にしなかった。その行動が功を奏したのであろうか。部下とはぐれ単独となっていたが、それでも諦めず戦場を彷徨い続けた彼は、友軍の有様に憤りを感じていた。
「数の優位におごったか! 艦隊戦だけに目が行っているからこう言うことになる!」
クレン軍の中でもマシな戦術眼を持っているカーネだが、己の復讐心のままに単独行動に出ている時点で五十歩百歩だ。
それはそれとして、味方の敗退をよそに彼は戦場を駆ける。リマー兵の攻撃をかいくぐって飛ぶ様子から、相当に技術を向上させたか新たにプログラムを追加したか、そのくらいの対策は取っているようだ。
「このままだとリマーの策にはまり、まともな戦いではなくなる。その前に……っ!」
クレン艦隊を引き込んでからリマーは反撃に出ると、カーネは推測していた。実際のところリマーはそのまま逃げる気なのだが、いずれにせよ時間が無いことには変わりがない。 焦りながら目標を血眼になって探す。その甲斐があったのか。
「……見つけたァ!」
紅いトゥルブレンツ。モニターの端に拡大されたその姿を捉える。後退する艦の援護をしているようだが、カーネにとってはそのようなことはどうでも良かった。ただ雪辱を果たすことのみが、その脳裏を支配している。
最大加速。同時に思考演算も。本来であれば亜光速戦闘で用いる思考演算の加速だが、カーネは念を入れてそれを使用した。
世界の流れが緩やかになる。じりじりと進む中、カーネは機体に剣を抜かせた。
(まだこちらには気づいていない。不意打ちの一撃で!)
以前のお返しとばかりに奇襲を試みていた。相対速度は以前交戦した(と言うか一方的にぶちのめされた)時とほぼ同じ。当時は攻守が逆で自分は反応できなかったが。
(立場が逆なら反応できるかな!)
その上で、思考演算も加速させている。反応速度もこっちが上。そしてカスタム機であるスヴァントヴィートは当時より改良され性能も上がっている。基本スペックはトゥルブレンツより上だ。
勝てる。カーネは確信を得ていた。ほぼ完全に背を向けた紅い機体は未だ反応を見せない。この一撃で、決める。気負ったカーネは機体が緩やかに剣を振りかぶるのを感じつつ、ただ一直線に突き進む。後先考えない、リアを仕留めることが出来さえすれば、それで良い。そのような意思の元に全身全霊を賭けた。
まあ相手はカーネの想像以上にアレだったのだが。
ひょい。
ごがん。
衝撃がカーネの意思を刈り取った。
何が起こったのかと言えば何のことはない。スヴァントヴィートの一撃を軽く回避したトゥルブレンツがカウンターで反撃したのだ。
相対速度秒速数㎞程度なら、リアルは思考演算加速なしの素で見切れる。カーネの目論見は彼がレーダー範囲――リアルの間合いに入ったときから見破られていた。
自分が出来るのだ、敵がやって当然。リアルはそのような考えを持っている。相対速度を利用した奇襲への対処法など、とうの昔に備えていた。
とはいえその奇襲自体が限定のある戦法だ。基本的に一撃離脱しか選択できず、交錯は刹那。実質特攻に近く、リスクの割には効果が期待しにくいとなれば、それを選択する者は少ないだろう。カーネからしてもやられたからやり返した程度の物であり、加えて言えば思考を加速していなければ制御する自信がなかったほどの物だ。対処法を頭に入れているのがおかしい。
まあそれはともかくとして。
くるくる回りながら吹っ飛んでいくスヴァントヴィート。それを見てリアルは呆れたように言う。
「単機で奇襲とか、破れかぶれですの? ……それにしてもあの機体、どこかで見たような」
「以前クレン星系で一蹴した機体です姫様」
「……ああ! 思い出しましたわ。行きがけの駄賃にと殴り飛ばしたのでしたわね。……あら、だとするとリベンジでしたの? 悪いことしましたかしら」
せめて何か一言言っておくべきだったかと、リアルはちょっとだけ思う。まあ一言言うだけで叩きのめすことに変わりは無いのだが。
と、そこに通信が入る。
帰還を命じるそれを受け、リアルは残念そうにため息を吐いた。
「ここまでですのね。……フランローゼ1より各機、帰還いたしますわよ」
『了解』
僅かに後ろ髪引かれる思いでリアルは機体を翻す。
十分満足とまでは行かないが、得る物はあった。特に自軍以外で己と互角に渡り合える者との『逢瀬』は楽しめた。願わくばまた相まみえたい物であるが。
「この先がまともな戦になるとは限りませんものね」
小さく呟く。これから先は単なるリマーとクレンの戦争ではなくなるだろう。まともな戦でなくなると言うことは、まともに戦える機会も少なくなると言うことだ。ただでさえ戦場は一期一会。再び相まみえる機会があるなどとは思わない方が良い。そう残念な思いを抱くリアルであったが。
確かにこの戦い、単なる2国間の戦争ではなくなる。もっとややこしくて面倒くさい物にクラスチェンジしていくのだが、神ならぬ身であるリアルにそれが予想できようはずもなかった。
全力で後退しているリマー艦隊。その殿を受け持っているのは黒曜遊撃艦隊から出向している生え抜きだ。我先にと押し寄せてくるクレン艦隊を捌き、寄せ付けない。
「さて、そろそろいいか。総員に告ぐ。仕掛けるぞ」
艦隊司令の命が飛び、艦隊は一斉に多量のミサイルを放った。
「窮鼠のつもりか! だがなあ!」
追い込まれたがゆえの行動とみたクレンの先鋒は、砲撃でミサイルを撃ち落とさんとする。だがその前に。
全てのミサイルが、爆発した。
『は?』
一瞬何事かと思考を止めるクレン軍。その眼前で密度の高い煙幕のような物が広がっていく。そのことにまた困惑するクレンの軍人たち。
「煙幕!? そんな物が何の役に立つと? リマー軍は馬鹿の集まりか」
自分たちのことを棚に上げた言い様だが、今回においては分からないでもない。宇宙空間で煙幕など、一瞬視界を遮る以上の意味は無い。不意を突くのにも役に立たず、砲撃で容易く吹き飛ばせる程度のものだ。
もちろんリマー軍はそんな無意味なことはしない。そもそもぶっ放したのは煙幕ではない。
「発火」
指示が下され、煙幕の中に漂う起爆装置に火が入った。
途端に目もくらむどころか、突然太陽が眼前に出現したような光の奔流が、クレン艦隊の前に生じる。
【クラウドフレア】。金属粒子と気化発火材などを混入した煙幕の中で、プラズマを発生させる起爆装置を作動させる。結果生じるのは爆発的な閃光と人工的な磁気嵐である。破壊力はほとんど無いが、発生した人工フレアは、何の対処もしていなければモニターとセンサー類に多大な影響を与える。
要するに、大規模な目潰しだ。そんなものの存在など知らなかったクレン軍は、一気に混乱する。
「なんだあ!? モニターが真っ白だ!」
「全センサーが機能停止! 空間質量レーダーしか反応しません!」
「早く回復させろ! いや回避だ! 反撃が来るぞ!」
「目が、目があああああ!!」
先鋒はてんでばらばらに反応し、それが邪魔になって後続も追撃できなくなる。それは大きな隙となった。
「よし! 全艦隊一気に超光速に移れ! 殿の艦載機は艦にしがみつけ! 振り落とされたら置いていくぞ!」
いつの間にやらちゃっかりとサングラスをかけたカブルが指示を下し、残っていたリマー艦隊も順次超光速航行に入った。そして殿を受け持ったDA部隊は手近な艦に取り付き、ワイヤーアンカーを打ち込んだり得物を突き立てたりして機体を固定させる。
機体の収容の手間を省くための処置だ。こうすることによって、殿の艦隊も即座に撤退行動に移ることが出来る。全ての機体が取り付いたことを確認し、最後の艦隊がその身を翻して撤退を始めた。
クラウドフレアの影響が回復する頃には、リマー艦隊は影も形もなくなっている。鮮やかな、あまりにも鮮やかな逃げ足であった。
「に、逃げた? 我々は、勝ったのか……?」
あまりの展開に、クレン軍の多くが唖然とするしかない。
艦隊に損害はなく、DAの損失は多大なれど敵艦隊は撤退。勝ったのかと言えば、勝ったと言い張れるのかも知れなかったが。
多くの人間が、釈然としない思いを抱いていた。
忙しくてちょっと更新遅れ。
申し訳なし。




