その3
紅と蒼が奔る。
リアルのトゥルブレンツとノットノウのステュムパリデス。2機は激しく斬り結んでいた。
今回は亜光速戦闘ではない。前回よりもDAの総数が多く危険度が高いためだが、それでも十分常識外の機動であった。
空間を蹴るように複雑な三次元機動を行い、超振動剣を振るうステュムパリデス。同様の機動を行いつつ、ランスを振り回して剣戟を凌ぐトゥルブレンツ。超硬度鋼で形成されたストライクランスの外殻は超振動剣でもそうそう断ち切れはしないが、それでも中々出来ることではない。
機体の出力でトゥルブレンツが、機動性でステュムパリデスがそれぞれ有利。そして技量は互角。激しく切り結びながら、ノットノウはヘルメットの下で笑う。
「全く、面白すぎる相手だよ。己の役目を忘れてしまいそうになる!」
全く油断の出来ない、だが全力を尽くせる相手。そのような存在と戦えるのがこの上なく楽しい。己は仕事に私情を挟む人間ではないとノットノウは思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。
「己と互角の敵、高めあえる者との戦いが、これほど楽しいとはな!」
ノットノウもまた、優れた才能を持つ天才肌の人間だ。互角に戦える相手など滅多にいない。そういった敵と相対できる機会などそうそうあるものではなかった。
自身の隠された本質のようなものを目の当たりにし、度しがたいものだと感じる。まあ元々後ろ暗い商売をやっている身だ。今更歪な性格の一つや二つ自覚したところで問題はない。
それよりも。
「さてどこまでやるべきか。この間のように逃してはくれなさそうだしな」
振り抜いた剣を構え直し、ノットノウは思案する。
同じようにランスを構え直したリアルもまた、思考を奔らせていた。
「ふふ、まだ本気ではないと。それはこちらも同じ事ですけれど」
素人目には目にも留まらぬ攻防戦としか見えなかったが、どうやら双方とも全力ではなかったらしい。
実際リアルはDA戦には不向きなストライクランスを破棄せず、そのまま渡り合っているし、相手は無理矢理懐に飛び込むような真似をしてこない。互いにまだどこか様子見をしている。
恐らく蒼の軍勢の機体は、いつでも離脱できるように抑えているのだろう。ここで自分が本気を出せば、逃げの一手を打つかも知れない。
「それは少々、面白くありませんわね」
簡単に逃がすつもりはないし、これほど歯ごたえのある相手、少しでも長く楽しみたい。であればここは不利を承知で長物であるランスを使うというハンデを、あえて受け入れる。
「ですがこの槍、当たると痛くてよ?」
ストライクランスとは本来対艦兵装。それを砲として使えば、DAの防御などちり紙同然だ。もっともそう容易く当たってくれる相手ではないが。
だがそれが良い。どこぞの傾き者のごとき思考を巡らすリアルは、戦いに酔いしれながらも冷静に相手の隙を突かんとする。
非常にはた迷惑な酔っぱらい同士の戦いは、いつ果てるともなく続く。
そしてそれに巻き込まれた者たちもいるわけで。
「姫様、あんな生き生きと……」
「はらはら感涙こぼしてる場合じゃないですよ侍女長じゃなかった大尉! やっぱりこの人らめちゃくちゃ強いです!」
「……なかなか、やる……っ!」
フランローゼ隊である。リアルとノットノウが交戦を始めた流れで、彼女らもそのままエストック隊と戦うことになったのだ。
技量は互角。そして機体性能は少々異なる。エストック隊はステュムパリデスで統一されているが、フランローゼ隊はトゥルブレンツとヴァルキュリアの混成部隊だ。戦術の幅はフランローゼ隊が優れているが、連動した動きではエストック隊に分がある。亜光速戦闘であった前回に比べ互いに選択できる戦術も多い。結果、敵味方入り交じった激戦となる。
居並んだステュムパリデスが一斉射撃。そのすぐ後に散開し、一瞬前まで機体が存在した空間をヴァルキュリアが駆け抜ける。散開した蒼き機体に、トゥルブレンツが斬りかかり、超振動剣と単結晶合金のブレードが火花を散らして激しく鎬を削り合う。
背面からの攻撃を振り返りもせず回避したステュムパリデス。トンボを打つように回転して銃撃するが、ヴァルキュリアは変形のムーブメントを利用して機体を急激に制動し回避する。
エストック隊が武装を揃えているのに対し、フランローゼ隊はそれぞれがてんでばらばらに近い。小隊各々の戦術も機体特性も揃っていないが、息は合っているという相手と戦うエストック隊はさぞかしやりづらかろうと思われる。しかし最低でも見た目は互角。苦戦している様子はない。
本物の、エース同士の戦い。目にも止まらぬ速度で、高度な技術を駆使しつつ渡り合う。それに水を差そうとする者は――
「好機! 傭兵ども、そのままそいつらを押さえていろ!」
結構いた。
空気の読めない貴族軍人の一人。己の配下を引き連れて横合いから戦闘に乱入しようと試みる。
背面を見せているだけの紅いトゥルブレンツに一撃入れようとして――
虚空からの線条に、あっさりと撃ち貫かれた。
「隊長殿っ! ……う、うわっ!」
一瞬にして上司を失った配下の者たちが騒ぎ出す前に、次々と撃ち落とされていく。それを成したのは、暗いグレーに塗装されたDAの部隊。
「反応が良い。そして精度も高い。なるほど、良い機体じゃねえか」
「操作系は軽いのに、挙動は安定してる。扱いやすいわね」
「ビームで一撃かよ。新型のライフルもすげえな。それに隊長の言ったとおりよく見える」
最新鋭機ブリッツシュラークと、それを駆るレイヴンズ。彼らは実戦テストを兼ねて、各所のフォローに回る遊撃を担当していた。
次期主力機というだけあって、その基本性能はトゥルブレンツを上回る。それでいて操作性は大差ないよう配慮されていた。レイヴンズのメンバーは、その能力を一つ一つ確かめながら、クレン軍のDAを仕留めていく。そんな彼らの頭を張っている人物は、エストック隊と戦っていたフランローゼ――リアルの様子を見て呟くように言う。
「手助けは必要なかったかも知れんな。……各機、次に行くぞ。蒼い連中は彼女らに任せておけ」
「いいんですかい隊長? 良い交戦データが取れそうですぜ?」
「人の獲物を横取りするわけにもいくまい。後で姫に恨まれる方が厄介だ」
「……違えねえ」
次なる獲物を求めて去って行く黒き禽たち。交戦しながらそれを見送ったリアルは、少し不満げな様子を見せた。
「あれが新型機ですのね。……もう少し遊んでいってもよろしかったのに」
どうやらブリッツシュラークに興味津々だったらしい。その性能がどれだけのものかじっくり見たかったと、残念に思う。
気落ちしながらも、ランスを振り抜いて超振動剣を弾いたりしているが。
そして弾き飛ばされた勢いを、剣を振り回すことで殺したノットノウは苦笑を浮かべる。
「新型機、交戦データだけでも欲しかったが、それは欲を張りすぎか」
リマー王国軍の新型。そのデータは千金に値する。しかしそれを欲するがあまり返り討ちになったりすれば、間抜けどころではないだろう。今の一連の流れから見て、新型を駆るのはエース中のエース。戦えば負ける、とまでは言わないが、最低でも無事にデータを持って離脱するというのは難しいだろう。ノットノウとて、簡単に死にたいわけではない。
「であれば、せめて目の前の敵のデータくらいは持ち帰らねばな」
剣を構え直す。仕切り直しだ。
相対する敵の様子に、リアルはくすりと笑みを浮かべる。
「今ので無理矢理離脱することも出来たでしょうに。まだダンスのお相手を務めてくださるのかしら?」
恐らくこちらとの交戦データを求めているのだと推測。最低でもこちらの全力、その一端でも引き出しておきたいのだろう。仕事熱心なことだ。
まあ相手の思惑などどうでも良い。まだしばらく楽しい時間を続けられるならば、付き合ってやろう。傲慢とも慢心とも言える心境。しかし戦いにおいては油断も隙もない。
「本気が見たいというのであれば、このランスを捨てさせてご覧なさいな」
ぶん、と機体の全高よりも長いランスを振り抜く。エースに対してはハンデでしかないそれを、まだ破棄するつもりはないらしい。
リアルは見てみたい。目の前の敵の本気を。故に不利を承知で相手を挑発してみせる。
ノットノウは困ったように呟いた。
「本当に、本分を忘れさせてくれる相手だ」
戦いを楽しもうとする本能を押さえ込むノットノウ。テンションを上げるリアルとは逆に、冷静さを保ち、この状況を切り抜けようと思考を巡らす。
「改めて、参りますわよ」
「今しばらくは付き合わねばならんか」
紅と蒼の機体は、再び激しく火花を散らした。
闘争心の具現のような女は、己の欲望のままに戦場で花吹く。
バトルあっさり目。そして顔出しだけの新型機。




