その1
「おじょうさまああああああ!!」
おいおい泣きながらルルディに抱きついてくる女性。それを抱き留めながら、ルルディはさも安堵したというような表情を作って、対応する。
「よくぞ無事で……」
「お嬢様こそ、まさかこのようなところで……」
見た目は感動の再会シーンだが、それを見守っているヴァイスは、内心よくやるよと呆れ気味であった。
ファウンデーションで保護されているという体のルルディ――フィーオーレ・ヴェレーノ子爵令嬢を尋ねてきたのは、子爵家の使用人を名乗る数人の男女。その中の一人が感極まった様子でルルディに抱きついてきたのだ。
抱き合いながらおいおいと泣いている二人。ルルディはポンポンと女性の背中を叩いている。そのリズムがモールス信号となっていることに何人が気づいているのか。見守っているヴァイスも前もって言われていなければ分からなかっただろう。
その後、周囲のスタッフが彼女らを促し別室へと案内していく。個別に情報を聞き出し、すりあわせを行うが、どうせ用意されたカバーストーリーだ。そんなものには何一つ期待していない。
ファウンデーションが望むのは、マリーツィアにこちらの都合のいい情報を渡すこと。そのためにコンタクトを取ってきた使用人たち――を装った諜報員を受け入れたのだ。ルルディいわく、「自分が所在を明らかにすれば、マリーツィアは必ずフォローの名目で人員を送り込んでくる」とのことだったので、それを利用するつもりであった。
(さて、後はルルディ嬢の演技力にかかっているな)
協力者である彼女がどれだけ諜報員たちを騙せるか、それが肝となる。彼女の言葉を信じるのであれば、本人はマリーツィアから解放され自由を求めているとのこと。ヴァイス自身はそれなりに信用できると思っているが。
(組織的には油断するわけにはいかないんでね。悪く思わないでくれ)
監視は緩めず、警戒する。ルルディたちの動向は常に把握されている状態であった。諜報員に気づかれずに監視する手段など、いくらでもある。もっとも向こうもそれと分かっていて行動しているだろう。所詮は化かし合いだとヴァイスは苦笑した。
(では、お手並み拝見といこうか)
必要もないのに息を潜め、ヴァイスはモニター向こうに注目している。
「皆はどうしているの? お父様は?」
「は、はい、子爵様とは別々に国を離れましたが……」
あくまで令嬢の皮を被ったルルディは、使用人を装った女の両手を握りながら身内の安否を尋ねている。その指先がひっきりなしに動いているのはよく見なければ気づけない。
相手の肌に指先で文字を記していく、一種の『筆談』である。それを使って彼女らは普通に会話するのと同等のコミュニケーションを取っていた。
『状況はどうなっている少尉』
『現在軟禁状態に置かれ、クレン国内および貴族周辺の環境について、さりげなく尋問を受けている最中であります』
『時間がかかっているようだが、理由は分かるか?』
『情報の照らし合わせと、子爵の行方を探るためかと。彼らは子爵が重要な情報を握っていると判断しており、また小官もそのように誘導を試みました』
ヴェレーノ子爵本人は経歴をロンダリングされた後、マリーツィアにてそれなりの立場で職に就いている。そうとは知らないグランシャリオ・ファウンデーションは子爵がクレンの重要な情報を持っていると思っているようだと、ルルディは説明した。そして自分が半ば人質の意味合いとして確保されているのだろうという事も。
もちろん大嘘である。ルルディはファウンデーションに協力し、祖国を裏切る気満々であった。自由を得るためならば悪魔にでも魂を売り、そして踏み倒す。彼女はある種の修羅と化していた。
『ふむ、ファウンデーションが目的とするところは?』
『推測でよろしければ』
『構わない』
『恐らくはクレンの裏社会が有する市場の簒奪が狙いかと。彼らが匂わせるところからそう推測されます。欺瞞情報の可能性もありますが』
ファウンデーションの目的に関しては嘘偽りなく報告する。欺瞞ではないかと自身が疑っている事も含めて。別段マリーツィアにファウンデーションの目的が知られたところでルルディ自身は痛くもかゆくもないし、ファウンデーションも同じだろう。どのみち自分が手に入れられる情報などたかが知れている。マリーツィアにとっても問題はファウンデーションを利用できるかいなかだ。情報はそのための足がかりに過ぎない。
正直ルルディからすれば、マリーツィアとファウンデーションが本当に手を結んでも構わない。それが自分の目的――自由を得ることの邪魔にさえならなければ。一応ファウンデーションとは協力関係を結んでいるが、それも全て信用できるものではない。であれば、ある程度自力で流れを誘導する必要があるだろう。場合によっては全てを出し抜かねばならないかも知れない。
(のるかそるかの勝負は始まっている。全て勝ち抜くわよ)
心細げな令嬢を演じつつ諜報員らしく情報のやりとりをしながら、ルルディは内心でほくそ笑むという器用な真似をしてみせる。
己の自由のため、女は全てをだまくらかす覚悟であった。
盛大な壮行の式典が行われ、クレン軍は発つ。
その艦艇数六千三百。なぜか前回とほぼ同数の艦隊を布陣しているリマー軍の3倍超。集めに集めた兵力の七割を投入した大艦隊群である。
リマー軍が待ち構えるのは前回の会戦と同じ宙域。今度はクレン軍が攻め入る形となる。 抜擢された艦隊総司令および各艦隊司令は勢い込んでいた。
前回の戦いでは統率力に劣り戦果を焦るという理由で彼らは参戦することはかなわなかったが、先の戦いで敗北した艦隊総司令とその一党が更迭され、後釜を埋める形で抜擢されたのだ。これはいい機会である。手柄を立てれば軍内部での発言力も高まる……いや、やもすれば元帥の席すら狙えるかも知れないと、総司令などは捕らぬ狸の皮算用でそろばんをはじいていた。
彼らの思惑はともかくとして、艦隊は一応統率の取れた状態で行動している。訓練の成果はそれなりにあったようだ。蒼の軍勢を筆頭に順次超光速航行へと入る。
一度途中で集結し直し改めて超光速航行に移るのは、前回と同様だ。ただし今回は規模が違う。前回よりはかなりの時間がかかると推測されていた。
「正直、リマーであればその隙を突くことも十分可能だと思うがな」
「その場合真っ先に犠牲になるのは我々ですかな」
光の速さを超える最中、仮面の司令と副官は言葉を交わす。わざわざ相手が乗り込むのを黙ってみているような真似、リマーがやるにしては違和感がありすぎる。やはり連中は最初から『勝つ気がない』のだろう。矢面に立つ身としては少しでも生存率の上がるいいことであるが。
「後が怖いなこれは。相手にはめられて浮かれ騒ぐ様子が目に見えるようだ」
「早いところ上が目処を付けてくれれば、我々も尻をまくれるのですがね」
「最低でもこの戦いが終わるまでは無理だな。会戦が終われば、銃後の状況も変わっているはずだが」
会戦の開始と同時にクレンの方で動きがある。そう言葉の裏で言っていた。戦場で勝ったと浮かれ騒いでいた人間たちが、母国で騒ぎが起こっていると聞いたときの顔を思い浮かべて、司令は少し溜飲を下げた。
「ま、今は精々この戦争を楽しむとしようか」
思考を切り替える。戦争をゲーム感覚と思っているわけではないが、前向きでなければやってられない。
司令はやれやれとシートに身を預けた。
予想通り、第一の集結ポイントでの襲撃はなかった。そのことにクレン軍の大多数は疑問を覚えていない。その時点でもうすでにダメなエアーが漂っているが、気づく者は少なく指摘する者に至っては皆無だ。
この場に集結して編成を再度整えつつ各コンディションのチェックを済ませるので2日。以前よりも大規模な艦隊群であるため、時間がかかるのだ。それは当然のことで、やらなければ艦隊の編成はばらばら、チェックを怠ればいざというとに何かのトラブルが起こるとも限らない。やって当たり前の事というか、やらなければならないことだった。
だが艦隊総司令はそのセオリーを無視。再編成とチェックもそこそこに、艦隊の半数を先行させると宣った。
これには流石に反対の声が上がる。ここで無理をせず万全の体勢を整え戦うべきだと。多くは正直保身からの言葉であったが、総司令は頑として譲らない。
曰く「相手はリマー、何をしてくるか分からない相手だ。ここでセオリーに拘り勝機を逃すわけにはいかん。奴らを出し抜いてイニシアチブを取る」
とのことだった。ぶっちゃけ功の焦りを適当な言葉で誤魔化しているだけだが、幾人かの艦隊司令がこれに乗った。同様に功に目がくらんだのだろう。傭兵たちを先行させれば露払いになるとでも考えたらしい。
こうして蒼の軍勢艦隊を含む半数、三千強の艦隊群が先行しリマー軍が待ち構える宙域へと殴り込む。
二度目の会戦。それはこのような形で幕を開けた。
壮大なドッキリが始まる。




