その5
リマー掃討作戦。クレン国王直々に命名されたその内容は何のことはない、リマー軍の3倍以上の戦力を持って真正面から叩き潰す。これだけであった。
身も蓋もない話であったが、普通であれば所謂ランチェスターの法則で記されているように有効である。そのために国庫が空になるのでは(すでに空に近い)と言うほどの金をつぎ込み、あるいはだまくらかして空手形を切り、戦力をかき集めていた。これならば負けるはずがないと、王とその周辺は自負している。
どっちかというと負けたら後がないというか、もうすでに崖っぷちどころか落っこちている最中というか。 王たちだけが現状を理解していなかった。
一応、訓練を繰り返し戦力はそれなりに連携を取れるようにはなってきている。が、実戦でどれだけ役に立つものか。集められた貴族士官のほとんどは己の出世のためか、先の戦いの雪辱を果たすことしか考えておらず、傭兵たちも大概は手柄を立てることしか考えていない。いざとなれば足の引っ張り合いになるだろう事は目に見えている。
そして愚かなことに、クレンは全戦力の7割近くを会戦に投入するつもりであった。防衛をまるで考えていない判断である。勝てばどうにかなると思っているのではなく、目先のことしか見えていない。ラグローが介入していなかったら、ほとんど全ての戦力を投入していただろう。
「本星とその周辺の防衛力は残すよう手配しました。中々骨の折れる仕事でしたよ」
「ご苦労。手間をかけさせたね」
「これも必要な労力……と思いたいところです」
そう思わないとやってられない、と言うのがラグローの本音だろう。王子以外の王族はほとんど余計なことしかしない。己の身を守るためには嫌でも介入しなければならなかった。
「ともかく我々の安全はある程度確保できたと考えてよろしいでしょう。……もちろん資源惑星は手空きになりますがね」
「……動くかな?」
「十中八九。マリーツィアあたりが後押しするかと」
ラグローは国の防衛にわざと隙を作らせた。反旗を翻さんとする者たちを動かすために。クレンの軍勢が戦いに赴けば、彼らは必ず起つだろう。この絶好の機会を見逃すはずがない。そしてそれを支援しているマリーツィアも同時に動きを見せるはずだ。
クレンとその周辺は混乱するであろう。その混乱こそが、王子たちの待ち望んだ好機。ここまで来るのに長かったと、王子はソファーに身を預けながら息を吐く。
「他の勢力も動くだろうね。派手なパーティーになりそうだ。……蒼の軍勢のほうはどうだい?」
「カンパニーとの交渉は順調に。『逃げ道』を一つ、確保できそうです」
「結構。見返りとして彼らに便宜を図る用意は?」
「滞りなく。裏組織の情報を欲していたようなのでリークを。それとどうやら資源惑星のレジスタンスとも接触を図りたい様子で」
「ふむ、どうにも彼らは犯罪組織を敵視している楓だったが……なるほど、内部からの崩壊を狙っている訳か」
「恐らくはレジスタンスを旗印にして、事後の厄介ごとは彼らに押しつける腹づもりのようですね。星間交易連盟としては犯罪組織を叩き潰したいが、厄介ごとを背負うのは御免被りたいと」
星間交易連盟の意図。王子たちはそれを自分たちなりに推測していた。クレン王家に協力すると見せかけて、本命はレジスタンスなどクレン内部の反抗勢力を影ながら支援すること。そして彼らにクレン王国を借金諸共背負ってもらう。そういった目論見だと見て取ったのだ。そしてそれはほぼ正解である。
つまりは星間交易連盟にはクレンの内情がばれていると言うことなのだが、今更なので気にしない。むしろここまで来て気づかない方がおかしいと思う。
「よっぽど欲に目がくらんでいるのかね」
「人間自分の信じたいことしか信じたくないものです。ましてや欲得づくであれば目も曇ろうというもの」
マリーツィアなどはこれまで上手くいってきたから今回も上手くいくとか思っていそうだ。かの国は事実上の独裁体制である弊害か、上の決めたことに疑問や反感を持ってもそれを口にするものはいない。ゆえに上がこうと決めたら間違っても突き進むのだろう。(ルルディのような存在は例外中の例外である)
しかし連中もこいつらには言われたくあるまい。どっちもどっちというか身勝手ぶりはヤーティェたちの方が酷いのだから。
ラグローは眼鏡を指で押し上げつつ話を続ける。
「その欲得にまみれた者たちを集め夜会などというやる我が国自体が、欲得のなれの果てとも言えますが」
「戦を前にしての景気づけ、のつもりなんだろうさ。集まってきた関係者に、我が国はこれだけの力があるぞ、と見せつける意味もある。まあぶっちゃけ見栄で、満足するのは本人たちだけなんだけど」
近々王家主催で行われる大規模な夜会。それはクレン王国に協力する国家や勢力のゲストを招いて大々的に行われるものだった。その目的はヤーティェが言った通り、クレン王家の威光を周囲に見せつけるためだ。
実情を知っていれば滑稽にしか見えない。表面をきらびやかに見せかければ勝てるという話ではあるまいに。あるいは王などはもう勝ったつもりなのかも知れなかった。
そんな馬鹿げた茶番であるが、ヤーティェは参加しないわけにはいかない。にこにこと馬鹿を演じるだけの簡単なお仕事ではあるが、精神的に疲れる。げんなりとしている心持ちを表情に出して、.彼は愚痴を吐き出す。
「金と時間の無駄だよねえ正直。まあたかだかパーティー開く金で何が出来るって話だけどさ」
「兵士の遺族年金、100人や200人くらいは出せるのでは?」
「払い渋ってるだろうからねえ。確かにそっちへ使った方が有意義ではある。焼け石に水だけど」
死にゆく兵士のことなどまるで気に留めてもいないのに、そのようなことを口にする。詮無いことだと切り捨てているはずだが、己が国王であったらば……と言う思いが、まだどこかにあるのかも知れない。
それこそ戯れ言だ。ヤーティェは消しゴムのカスほどもない思いを鼻息と共に吹き飛ばす。
「ま、無駄な時間だが……必要な時間でもある。僕の無能ぶりを周囲に知らしめると言う意味でね。精々侮ってくれればいいのだけれど」
「国の役に立たないという意味であれば、事実我々は無能でしょう。性能ではなく心持ちがすでに人の役に立つものではない」
「違いないな」
くく、と二人は笑む。自覚のある外道、彼らはそういうものだ。己のことしか考えず他者の都合など顧みない。それは同志に対しても同じ事。せいぜいが利用し合う程度の間柄でしかないという自負がある。
あるいは状況が違えば、宮廷が舞台のドロドロとした陰謀劇を繰り広げ、敵対し殺し合う間柄だったかも知れない。そう思えば、奇縁であり運が良かったとも言えるだろう。神など信じぬ2人であったが、この幸運にだけは感謝してもいいと思っていた。
今のところは順調な王子一党。そんな彼らに新たな奇縁が結ばれることとなる。
それが吉となるか凶となるか、果たして。
きらびやかに飾り立てられたホール。多くの人間がグラス片手に談笑する場にヤーティェの姿はあった。
「さすがは殿下。自ら戦場に立とうとは見事な心構え」
「はっはっは、それほどでもあるかな」
「いやいや、中々真似の出来ることではございませんぞ」
あからさまなおべっかを使ってくる有象無象に内心辟易としながら、適度にあしらう王子。長年被ってきた猫は完璧で、馬鹿の演技が板に着きまくっている。彼の本性を見抜けるものは、極少数派であった。
歓談しながら視界の端に意識を向ける。会場の奥で一段高い位置にこしらえた玉座。そこにシーティェ王が満足げに肘をつき、会場を見下ろしている。
完全にホストの態度ではない。集った人間たちを見下し悦に入っているのだろう。我が父ながらなんとまあ礼儀知らずで小さい人間だ。正直かなり恥ずかしい。
まあそれは今更だと諦めて、歓談が一区切りついたところでさりげなく移動を始める。休憩したいというのは表向きで――
(さて、接触してくるかな?)
ヤーティェは微かに頬を緩める。先ほどから『いくつかの視線が自分に向けられている』というのは気づいていた。歓談していた有象無象のような、何かのおこぼれを期待しているものではなさそうだ。
恐らくは自分を値踏みしていたのだろう。見た目通りの馬鹿だと判断したらば有象無象と同様に適度に歓談する程度で終わったはずだ。そうでないのならば。
「これはこれはヤーティェ殿下。ご挨拶が遅れまして」
会場から出る寸前、声をかけてきた者がある。慇懃な態度を見せるその男は確か――
「星間交易連盟の理事、だったかな?」
「記憶に留めていただいたようで、光栄にございます」
連盟の、それなりに高い位置にいる人物。クレン王国との折衝や交渉を行うために訪れた人間だ。
このような地位の人間をよこしたと言うことは、連盟が本気でクレンに肩入れしている証だと多くの人間は判断していた。確かに本気である。別の意味で。
ともかく語りかけてきた理事は、にこやかな態度のまま「少しお時間をいただきたいのですが、よろしいですか?」と話を切り出した。
「構わないが、何用かな?」
「はい、実は王子に引き合わせたい人物がおりまして」
「……ほう」
このタイミングで新たなキャラクターの投入じゃなかった引き合わせたい人物など、さほど多くの種類はない。いや正確に言えば一つしかない。
何らかの企みのために用意された人間だ。
それが分かっていて王子は頷く。
「いいだろう。すぐに呼べるのか?」
「はい、こちらに控えておりますれば。……お許しがでました。こちらに」
「はい、失礼いたします」
理事に促されて傍らに控えていた女性が歩みでる。銀髪の美しい女性だった。その女性はスカートをつまみ、淑女の礼を取ってみせる。
「お初に。【ジャネット・ファクティス】と申します。お見知りおきを」
彼女の胸元で、母星を象った球体を中核とした十字架――母星信仰教会の聖印をモチーフにしたペンダントが、キラリと光った。
次回予告
ヤーティェ:あからさまに怪しいのが来ちゃったよ。
リアル:あらあら、おもてになること。
ルルディ:正直死ぬほどどうでもいいけど。
ヤーティェ:冷たいどころか完全に無関心ですね分かります。
リアル:関わらなければ新キャラとかどうでもいいですわ。殴りがいもなさそうだし。
ルルディ:アンタそんなんばっかりか。
ヤーティェ:うーん僕の立場がないぞう。と言うことで存在感をアピールするためにも次回予告。
二度目の会戦。様々な思惑を乗せたそれが、ついに火蓋を切って落とされる。
意気揚々と出立するクレン軍。そして受けて立つリマー軍。
茶番劇だと分かっているものには当然の展開。その裏で、ついに虐げられた者たちが起つ。
戦いの最中に起こった反抗。それに対してクレンはどう動くのか。
そして、肝心の会戦の行く末は。
次回、『火薬庫で花火大会』
焔の薔薇は戦場に華吹く。
リアル:王子はさておき久々のバトル回ですわ。滾りますわね。
ルルディ:正直出番とかいらないからこのままフェードアウトしたい。
ヤーティェ:うーむこのテンションの差よ。
仕事は増えたのに給料は上がらぬ。むしろ減ってる。このご時世仕事があるだけマシですけれども。けれども。
なんのための出世だよう面倒増えただけじゃねえかとむせび泣く緋松です。
はい戦い前、裏で色々ごちゃごちゃやってる回~。最近気づいたんですけど、実は自分裏で進行する陰謀劇とか政治劇とか好きなのかも知れません。きっとダグラムとかガサラキとかが悪い。
そんなわけで話が進んでませんが、次でやっと2回目の会戦に突入します。新型機のお目見えとか因縁がどうなるのかとか見所満載……になればいいなあ。さらには反乱も立ち上がるはずだからもうてんこ盛りだぞう。話が制御できるのか自分。
そんなこんなで今回はこの辺で。次回もお楽しみに~。




