その4
リマー国王と、母星信仰教会の使者との会談は、小さく報じられた。
使者はクレン王国国民の窮状を訴え、戦争について一考するよう訴えた。対して国王は。
「戦いはクレンがこちらの要求に応じたらやめるのもやぶさかではない。クレンの民については内政干渉となるため直接的なことは出来ないが、教会の働きかけを手助けするくらいはしよう」(要約)
と消極的な回答をするにとどまった。
つまりやめる気もなければ助ける気もない、と言っているのだが、教会の方は。
「じゃあクレンと交渉するから手伝え」(要約)
と要求を突きつけた。
いや無理じゃね? と関係者は皆思っただろうが、王はまあそれくらいならええわいと言わんばかりの態度で要求を飲んだ。
意外に思える反応に周囲は訝しげな視線を向けたが何のことはない、一応少しは妥協したふりをしないと後が面倒になると、王を含む国の首脳陣が考えただけである。どうせクレンはまともに反応しないと高をくくっている部分もあった。
そして実際にリマーは動き始めた。第三国を通じ、クレン寄りの国家や勢力に仲介を依頼し、教会がクレンと接触できるよう計らう。すでに教会と接触し働きかけていた星間交易連盟以外の勢力は動きが鈍く、事は予想通りに難航した。
そんな中、一つの知らせが王の元に届く。
「マリーツィアに教会が接触した、と?」
「は、左様にございます」
その報告を聞いたトゥール王は、ふうむと考える。
「手当たり次第よな。さほどに必死か」
なんとしてでもこの戦争を終わらせたい、と言うわけではないだろう。この戦争を理由にこれまで関わることの少なかった国々へと介入し、影響力を強めるのが目的だと見た。
ある意味出汁に使われたと分かっていても、そのこと自体に対して王に怒りはない。教会は組織としてマシな方だが、欲得尽くで動く人間はどこにでも存在する。そして自分たちも欲得で動いている以上それを咎める気にはなれなかった。
王が問題にしたのはそこではない。
「それにしてもマリーツィアか。また面倒なところに話を持って行ってくれる」
かの国がクレンの資源惑星に対し密かに援助を行っているのは掴んでいた。正直なところ資源惑星に興味はないからこっちに絡んでくるなと言いたい。
なにしろマリーツィア共和国は、王制の国家を目の敵にしている。権利と富の独占とか時代錯誤だとか、なんかあっては難癖を付けてくる面倒くさい相手であった。かてて加えて隙があれば余所の国の富をあの手この手でかすめ取ろうとしてくる。資源用の小惑星などいくつ奪ったのか数え切れない。さすがにリマーあたりの国に手を出すような無謀さはなかったが。
今回のことを理由にマリーツィアが本腰を入れて関わってくるのであれば、厄介なことになるのは目に見えていた。協会も手当たり次第に声をかけるのはいいが、相手を選べとは思う。
「いや、選んではいるのか」
アルコーリク連邦。どうにも最近きな臭いかの国には教会も接触していないようだ。
リマー王国とは直接の国交はない。しかし諜報員は送り込んでいた。だがその何割かが離反したところで手を引いている。
残存し帰還した諜報員によると、「大統領の話に引き込まれ、気がつけば彼のシンパになりそうになっていた」ということらしい。かの国ではことあるごとに大統領の演説や講話が街頭にまで流され、そして誰も疑問視していないという。どう考えても怪しかった。
恐らくは洗脳か何かの類いだろう。現在録音、録画した大統領の演説を解析させているが、結果が出るのは今しばらくかかる。それまでアルコーリクが余計な動きをしなければいいのだが。
「ま、早々上手くはいかぬか」
何らかの干渉がある。それは武力を伴ったものかも知れない。そういった前提で構えていた方がいいだろう。まったく面倒ごとばかり増えると、王は己が原因の一つであることを棚に上げ苦笑を浮かべる。
とにもかくにも、教会の干渉はリマー王国の動きを僅かに鈍らせた。それはクレンの脱しようとする裏稼業の者たちにとって、黄金よりも貴重な時間となった。
クレン王国主星繁華街。そこにはもちろん風俗街も含まれている。その一角にある店で、ウェットラットは上下前後の特殊な運動で一汗流した。
シャワーで汗を流し、今はバスタオルを体に巻いた嬢に耳かきしてもらっている最中だ。
「最近ご無沙汰だったけど、お仕事忙しかったの?」
「ああ、ちょいと立て込んでいてな」
嬢の問いに夢見心地で応えるウェットラット。この嬢は彼のお気に入りであった。
よく気が利き、サービスもいい。見た目も体の様子も20代前半といったところだが、その立ち振る舞いから結構な経験を重ねているように思える。もしかしたらアンチエイジングの処理を受けていて、実際の年齢はもっと高いのかも知れなかった。
が、ウェットラットはそんなことを気にしない。むしろ経験豊富な若作りBBAサイコーとすら思っている節がある。まあこいつの性癖などどうでもいい。ともかく彼は嬢と会話を続けていた。
すりすりと頭を乗せた太ももをなでさすりながら、ウェットラットは言う。
「しばらくしたらこの星を離れることになる。場合に寄っちゃ帰ってこられないかもな」
「そうなの、寂しくなるわね」
教会がリマーと対話の機会を設けたという話を聞き、ウェットラットは今が好機とクレン脱出を図る連中に情報を流した。あるものは己の商売を拡張させるためと自分の組織をだまくらかし、またあるものは接触してきた他星系の組織と関係を深めるためと言い訳し、あるいは用心のために資産と拠点を移動させておくべきと主張して、それぞれ脱出の準備を行っているようだ。
リマーの動きが鈍ったとは言え、近いうちに再び武力衝突は起こるであろう。そうなったら今度こそクレンは持ちこたえられるか分からない。それまでには何とか脱出しなければと、皆必死であった。
ウェットラットはその手助けや情報収集に奔走しており、ようやく一息付けたところだ。彼自身は誰の味方でもなく、また誰の敵でもないが、クレン脱出を目論む連中には義理もあるし、またリマーに酷い目に遭わされたという妙な連帯感もあった。ゆえに商売抜きで手を貸している。
その事実を嬢に明かしてはいないが、それとなく戦争の雲行きが怪しいと匂わせていた。嬢はそうなの、と聞き流している様子である。事情があるのか行くところがないから、ともこぼしていた。まあこんな商売をしているからには訳ありなのだろう。ウェットラットはそう思い、深く追求はしていない。
「まあもうしばらくはこの星にいるさ。精々通わせてもらうぜ」
「あら、じゃあサービスしなくちゃね」
交わす言葉に一抹の寂しさを覚えるウェットラット。感傷的になっているなあと、少々自嘲する気分であった。
一方嬢の方はと言えば。
(あ~あ、せっかくいい情報源だったのになあ)
ウェットラットとは別の意味で残念に思っていた。
彼女は単なる風俗嬢ではない。その正体はリマーの諜報員であった。彼女を含めた幾人かは、クレンの裏社会に潜り込み情報収集と工作に勤しんでいる。
彼女にとってウェットラットは上客であり、同時に貴重な情報源であった。ウェットラットも己の事情を全て口にするほど間抜けではなかったが、会話の端からこぼれるものは、裏付けを取れば十分な情報となった。ウェットラット本人は自分たちの動きが筒抜けに近い状態だとは思っても見ないだろう。幸いなのは知られているのがリマー側だと言うことだ。これがクレンや裏社会の重鎮であったらば、どのようなことになっているか。
ともかく近々に貴重な情報源の一つが失われてしまうようだ。とは言っても、ウェットラットがこの星を去るころには、自分たちの役目も終わりが見えてくる。そう考えると潮時なのかも知れない。
まあ仕方がない。諜報員は人の都合まで工作できるものではないのだ。精々情報を搾り取ってやろう。
ついでに他のものも搾り取ろう。
内心でなんかじゅるりと舌舐めずりして、彼女はウェットラットに語りかける。
「ねえ……ここを離れる前に、もっとお話を聞かせて。あたしが寂しくないように」
「おう、何の話がいい?」
「他の星の話。あたしは……どこにも行けないから」
「……っ! そうか、分かった」
ちょっと寂しそうな、悲しそうな顔をしてみせれば、ウェットラットは覿面に態度を改め、一瞬真剣な表情となる。チョロい。
こうして、我知らず男は情報を漏らす。それが女の手のひらの上で踊らされているからだと気づかず。
なお時間は延長された。
翌日たまり場としている酒場に現れたウェットラットの姿を見て。
「「「「「ものすごくやつれてるー!?」」」」」
一同は一斉にツッコミ入れた。
そりゃ幽鬼と見間違えんばかりの様相となって現れたら誰だって驚く。しかしながらそんな有様でも、ウェットラットはふへへと笑っている。不気味だ。
「いやあモテる男はつらいってやつっすよ」
「おまえ大丈夫か? なんか取り憑かれてない?」
「いやあちょっと夕べハッスルしすぎて。ちょっと調子に乗っただけでやす」
「ちょっとでそこまで面構えが変わるのか」
ぼたんどーろーって話があったよなあと、漠然とした不安を抱く一同。ウェットラットは構わず話を始めた。
「さて、方々話も大詰めになってきてると思いやすが……うちの王様、そろそろしびれを切らすようですぜ」
「っ! 出陣が決まったのか」
その言葉にウェットラットは頷く。
「正式発表はまだでやすが、ほぼ間違いなく。ですが教会が良い仕事をしたようで、思ったよりは時間がある」
そう言って彼は指を立てた。
「3ヶ月後。『リマー掃討作戦』は実行される予定でやす」
「えっちし放題で情報が収集できるとか最高か」
↑嬢に扮した諜報員さんの主張。




