その2
マリーツィア共和国。民主主義を標榜する星系国家であるが、その実態は【共生党】と名乗る政党の一党支配、事実上の独裁と言って良い政治体系であった。
国民は政府に管理されており、逆らわなければ良い暮らしが出来る。逆らったら言うまでもない。そんな国であるからか、多くの国民はどこか覇気がないように見える。
その代わり富裕層、政府関係者はやたらと元気だ。他の国にちょっかいかけて利益をかすめ取ろうとするくらいには。
軍部情報局。マリーツィアが悪事の総本山といってもいいその一角で、一人の部長が部下の報告を聞いていた。
「なるほどな、上手いことファウンデーションに潜り込めたという訳か」
「少尉の言葉を信じるのであれば、ですが」
報告しているのは、以前ルルディに直接指示を下していた男だ。無表情に近い顔で、淡々と言葉を放っている。
「彼女の説明によると、グランシャリオ・ファウンデーションもまたクレン王国へ介入する機会を狙っていたようです。少尉からもたらされた情報と引き換えに身の安全を保証する、という取引を持ちかけたとのこと。おかしくはないのですが」
「同行していた者たちと引き離されてから、単独で身柄を確保されている状態か。それでいてある程度の自由はある、と。都合の良い状況だな」
報告によれば、ルルディが置かれた環境はそれなりに恵まれたもののようだ。恐らくは貴族の令嬢として扱われているからだろう。彼女が上手いように事を運んだのかも知れない。しかし上手くいきすぎているという僅かな懸念もあった。
もっともクレン王国で王族すらも欺し抜いた女であれば、さもありなんという納得もある。(彼らはルルディが半ば虚偽の報告をしていたとは知らないし、ヤーティェが曲者と言うことも知らない)その才覚によって大物を釣り上げたとしてもおかしくはないと思えた。
いずれにせよ大企業間の互助組織という一大勢力に接触できたのは僥倖と言えよう。あとはルルディを通じてどこまで彼らを思うように動かせるかだ。
「彼女のサポートと監視を兼ねて、何人か送り込めるか?」
「子爵家の縁者、あるいは使用人を装えば可能かと」
「よろしい、早速手配しよう。送り込む方法は任せる」
「は、国家のために微力を尽くします」
さ、と交わされる敬礼。ルルディに関しては、ひとまずこれで良かろうと部長は判断する。ファウンデーションを思うとおりに動かせれば最上。そうでなくとも情報を得て、その動きが分かれば儲けものと言ったところか。ルルディ自身は共和国の情報を大して持たないため、万が一機密が漏洩する危険性も少ない。監視役を送り込めばリスクはさほどのものではないだろう。
では次の仕事だ。男を見送った後、部長は卓上のインターホンで呼び出しをかける。
「私だ。例の件で話がある。資料を持ってこちらに」
新たに訪れた部下から纏めた資料を受け取る。この時代に部長は紙を多用させていた。機密を保持するためと言い訳しているが、多分に趣味であることは公然の秘密というヤツだ。部下の半分は迷惑がり、もう半分は珍しがっている。目の前に現れた部下は無表情で、どちらとも判別つかないがまあそれはいい。
資料に目を通して、部長は口を開いた。
「ふむ……予算的には許容範囲だな」
「は、現行品を都合したのが功を奏したようで」
「なるほど、型落ち品を集めるのは、むしろ手間と金がかかるか」
「出所を特定されやすいというデメリットもありますが、武装蜂起が始まってしまえばそれを追求する余裕もなくなるでしょう。その頃には我々の介入だと発覚しても構わぬ訳ですし」
「それまでにクレンが気づかなければ良い、と。まあ空荷のはずのコンテナに武器が満載されていても気づかないような杜撰さだ。事が起こるまで露見はすまいよ」
「は、それではこの件はしばらく続行ということで」
「よろしい。クレンの意識が戦争に取られ、資源惑星から目が外れた頃がタイミングだ。それまで事を急かさぬようにな」
「心得て」
部下が退出する。デスクの上に資料を放り、部長は息を吐いて首元のネクタイを緩めた。
国を挙げての企みは、今のところ上手くいっている。事が成れば自分たちも上から覚えめでたくなるだろう。
この国は基本能力主義だ。才能と実績を示せば重用される。これだけの大仕事を成した暁には、将来も安泰というもの。だがしくじれば逆に立場は悪いものとなる。何一つ油断は出来ない。
最後まで思い通りに行くのか、不安はある。しかそれを押し殺して彼は事を推し進める。国家への忠誠。それを果たすことが己の未来を明るいものにすると信じて。
そんな情報局部長のもとに、母星信仰教会が接触を望んでいるとの情報が入ってくるのは、少し後のことであった。
母星信仰教会からのアプローチ。各勢力に対し行われたそれに対する反応は様々であった。
興味を示すもの、まるっきり無視するもの。利用するのかその影響力を考慮するのか、各勢力は思惑を巡らせる。
その中で、いち早く彼らと交渉することを決めたのは、星間交易連盟であった。
もちろんクレン王国に媚を売っている現状で、大っぴらに戦争を考え直せと主張している教会と接触するわけにはいかない。コンタクトは密やかに行われていた。
連盟が教会と接触を図ったのはなぜか。当然ながら利用価値があると踏んだからである。それは『クレン王国に働きかけるためではない』。
連盟はクレンに潜り込むと同時に、ある存在と接触を図っていた。その存在の信を得るために、教会が利用できると考えたのだ。
『我々は立場上、直接クレン王家に仲介は出来ないが、あなた方の手助けになれるだろう方針を示すことは出来る』などと言葉巧みに協会関係者を釣って、密やかにクレン本星や関係各所へ教会の人間を潜り込ませるよう動き出す。
そのことが、ある勢力の動きを活発化させることとなった。
クレン星系、資源惑星の一つ。K-M1と無機質なコードだけが与えられ名を持たないその星では、資源採掘のため労働者が酷使されていた。
最初本星から送り込まれ、それ以降世代を重ねたものが主なもので、時折犯罪者の名目などで送り込まれてくる。住人は増えはしない。増やす端から減っていくからだ。
王家や貴族は彼らを消耗品としか思っていない。平民たちも手を差し伸べようとはしなかった。下手なことをすれば自分たちが送り込まれるのだから当然だろう。労働者たちは苦しい生活を強いられ続けていた。
そんな状況に反抗心を抱き、起った者は過去にもいた。だが武器もなく、知恵もなく、ただ闇雲に噛み付いただけのそれらは即座に鎮圧され、叩き潰されてきた。現在労働者たちは希望を抱くのにも疲れ果て、ただ黙々と仕事に打ち込んでいる……ように見えた。
巨大な採掘施設の一角。破棄されたエリアの奥に、集う者たちの姿がある。
古典的な割り符と、認証コードによるセキュリティを通過した彼らは、ぼろきれのようなフードを取って姿をあらわにし、言葉を交わしていた。
「お互い悪運は強いようだ」
「何とか生き延びてるだけだがな。むしろ運は悪いんじゃないか?」
「違いない」
笑えない冗談を交わす。笑えはしないが、これだけのことを口に出来る余裕が出来たと思えないでもない。少し前はこのような言葉を交わすのも億劫であったのだから。
そんな彼らにかけられる声があった。
「全員揃ったようだな。……欠けた人間がいなくて何より、と言ったところか」
集まった人間の中でも、ことさら鋭い目をした男。どうやら彼らのリーダー格であるらしい。
男はぐるりと皆を見回して、話を始めた。
「昨日、『後援者』からの荷物が届いた。今分配させているところだ。これで予定の8割。3ヶ月以内には、全てが揃う見込みだ」
おお、と男たちが声を上げる。その中の1人が、期待を込めた目でリーダーに問うた。
「それで、DAはどうだった?」
その問いに、リーダーはかぶりを振る。
「やはり拒絶されたよ。……当たり前だが」
「そうかあ……」
「向こうからすれば俺達に余計な力を持たせたくはないだろう。それに今更DAが増えたところで戦力にはならん。今から訓練したところで焼け石に水だ」
リーダーの言葉に意気消沈するものが幾人か。彼らからすればDAは圧政の象徴であり、力の具現と言っても良い。それが1体でもあるだけで士気が変わると思っていたのだ。
リーダーもそれは分かっているが、戦力的に余計なリソースは割けない。今でさえ『死人を装って戦力を確保している』状況だ。色々と隠蔽しなければならないことも多く、DA等に手を回している余裕はなかった。
その代わりと言っては何だが、そう前置きしてリーダーは言う。
「向こうから傭兵を回すという打診があった。この星の警備くらいなら何とかなるだろう」
「そこまでするのか? だがそうすると彼らに頼りすぎでは……」
「それだけ我々の力が足らないと言うことだ。口惜しい話ではあるがね。……しかし朗報のようなものもある」
「朗報?」
「母星信仰教会が、戦争に介入しようとしているそうだ。運が良ければ王家や貴族どもの動きが鈍る。多少なりともつけいる隙が出来るかも知れん」
再び男たちが声を上げる。希望とはとても言えない、蜘蛛の糸のような不確かなもの。それでも確かに男たちは、微かな光明を見た。
それを幻にしてはならないと、リーダーは決意を改める。利用できるものは全て利用し、あらゆる手段で事を成し遂げる。そうすることで未来を切り開けると信じて。
未だ名もなきレジスタンス。資源惑星の暗闇に潜み、彼らは虎視眈々と牙を研ぎ続ける。
それが突き立てられるときは、近い。
やっとまともな勢力が出てきた。




