その2
クレン王国。豪奢な王宮の謁見の間で、玉座にふんぞり返ったシーティェ王。その彼の眼前にて跪く人物がいる。
「そなたが使者か。許す、面を上げよ」
「はっ。……偉大なる王のご尊顔を拝しまして、恐悦至極に存じます」
顔を上げた男の表情は、真面目な物で偽りを言っているようには見えない。明らかに演技であろうが、シーティェはそれに気づいていないのか、まんざらでもない様子だ。
「それで、是非とも我が国に支援をしたいとのことであったが?」
「は、当方が貴国を支援するに値する義と利がある。首脳陣はそのように考えております」
「利鞘目当てとは正直な事よ。それが目当てで我らが戦いに介入したか」
「ほんの手土産にございますれば。……当方には相応の資金と物資、それに戦力を提供する用意がございます」
「ほう?」
シーティェは興味深そうな反応を見せる。かなり食いつきが良いようだが、詐欺に騙されるタイプにしか見えない。
「それだけのことをするからには、相当の見返りを期待してのことだろう。何が望みか申してみよ」
王の言葉に、使者は薄く笑みを浮かべて応えた。
「当方……【星間交易連盟】の望みは、クレン王国と諸外国との交易路の独占化、でございます」
謁見を終えた使者は、王宮を出て送迎の車に乗り込む。ゆっくりと町中の光景が流れる中、使者に問いかける声があった。
「あまり好ましい反応ではなかったようで」
隣の席に座っていた男。口調からすると部下のようだ。その言葉に対して使者はむっつりとした様相で応える。
「食いつきが良すぎた。よほど困窮しているのか、それとも周囲の人間は己に傅いて言うことを聞くのが当然と思っているのか。いずれにせよこれから先食い物にされるのが決まっているような物だ」
利用はしやすい。だがそれは他の人間にとっても同じ事。自分たちより有利な条件を見せつけられれば、すぐさまそちらに鞍替えするだろう事は目に見えている。
信用も信頼も出来ない人物。使者が判断したシーティェの評価はそのようなものだった。
「我々ほどの好条件を提示するところは少なかろうが、一歩先んじたからと油断できるものではない。集まりだした勢力の動きに留意せねばならないだろう」
「蒼の軍勢まで投入して、出し抜けたとは言えないのがつらいところですな。金と手間がかかることです」
「彼らはよくやってくれた。リマー軍と交戦してそれなりの成果を出して見せたのだ。それを無駄にせぬためにも、我々は上手く立ち回らなければならん」
知る人ぞ知る武闘派の国家。その軍勢との戦いを生き延びて見せた蒼の軍勢は、星間交易連盟の紐付きであった。
彼らの交戦記録を思い返しながら、使者は眦を鋭くする。
がくん、とノットノウの機体が動きを変えた。いや。
(軌道が歪んだ? 機体のトラブルですの?)
リアルは訝しがる。これほどの技量を持つ存在。それが属する勢力が、このようなときにトラブルが生じるような整備ミスを許すような組織だろうか。人間のやることだ、絶対はないが……可能性は低いとみる。
であれば、今のは『わざと』だ。『何か』を狙った行為だと、相手の挙動一つ見逃すまいとするリアルの視線が捉えたのは――
ゆっくりと外れていく、ステュムパリデスの両足。
(っ! 各機退避っ!)
指示を飛ばすと同時に機体を翻す。相手は亜光速での機動中、両足をパージしたのだ。ゆっくりと機体から離れていくように見えるが、実際はとんでもない速度が出ている。しかもどこにすっ飛んでいくか分からない状態だ。下手をすれば切り離した本体に衝突する可能性だってある。
しかしこれをやられたら、リアルは回避せざるを得ない。明確な攻撃とは違い、予測が難しいものだ。さしものの彼女も、そこで強引に敵機を狙うような愚は冒せなかった。
それは同時に距離を取られると言う事。その上でどこに飛んでくる障害物があるとなれば。
追撃は、断念せざるを得ない。
そして予想したとおり、敵部隊は隊長機に習って四肢のどこかをパージし離脱を図っているようだ。このまま戦い続けていたら逃げるタイミングを失う。そう悟った敵隊長が判断したのだろう。こちらの追跡を妨害すると同時に、機体を軽量化して機動力を上げる。一石二鳥の策は確かに成った。
次々と戦場から消え去る濃紺の機体。リアルは配下に亜光速戦闘のキャンセルを指示。自らも通常状態に復帰する。
世界が速度を取り戻す。幸いにして自分たちの艦隊からそう離れた位置ではない。亜光速対応状態から脱した特有のけだるさを感じながら、状況を確認したリアルは、同じように通常状態へと復帰した配下に指示を出した。
「フランローゼ1より各機、コンディションを確認。フィジカルパラメーターがイエロー以下、あるいは機体に損傷を受けた者は帰還を。戦闘続行が可能であれば隊を再編制、敵旗艦艦隊に強襲をかける」
『了解!』
改めて敵艦隊への攻撃を敢行する。再び先陣という切っ先となった彼女らは、村雲のごとき艦隊に飛び込んでいく。
そうしながら、リアルは頬が緩むのを抑えきれなかった。
「ふふ……なかなか楽しいダンスパートナーを見つけましたわ」
去りゆく蒼き機体の中で、誰かの背筋に悪寒が奔ったが、まあそれはいい。
とにもかくにも。フランローゼを先頭に旗艦艦隊へと斬り込んだリマー軍艦隊は当たる端から蹴散らし、それなりの損害を与えてから無事本艦隊群へと合流。それを機にリマー艦隊はクレン艦隊へと攻勢を強めた。
旗艦艦隊に奇襲を受け、クレン軍は指揮系統が混乱しかけている。幸いにして旗艦そのものに損害はなかったが、危機が目前に迫った事に、誰もが動揺を隠せない。
その様子を見た蒼の軍勢総司令、変な仮面の男は、ふうむと顎の辺りに手を当てる。
「潮時、か」
これ以上リマー軍にまともな損害を与えることはかなうまい。自分たちはともかくクレン軍は一方的に磨り潰されていくだけだ。さすがにここで壊滅されるのは色々と拙い。
仮面の男は再びクレン艦隊総司令に連絡を入れるよう指示を出す。
そして。
「撤退せよ、と?」
「ええ、我々が殿に。そちらは残存戦力を纏め後退することを推奨します」
「だが、リマーにまともな損害も与えられないのは……」
渋るクレン軍総司令だが、それは撤退の言い訳が立たないという点がネックとなっているのだろう。であれば言い訳を用意してやれば良い。
「リマー軍への威力偵察を行い、彼らがクレン星系へ進行するのを食い止めた。そういうことでしょう? 十分な戦果になるかと」
「……そのような話が通るとでも?」
「そこは閣下の手腕でしょう。そのお立場、伊達ではありますまい」
「言ってくれる。……了承した。卿の意見を聞き入れよう。殿は任せる」
「ありがたく。ではお早く。我らといえどもリマー軍は長く留めてはおけません」
そう言いながらも、仮面の男はリマー軍は長々と追撃を行わないだろうという予感があった。
このまま強引に追撃すれば、恐らくクレン艦隊は壊滅状態に陥るだろう。自分たちの助力があってもだ。しかしそれと引き換えに、リマー軍も『相応の痛手』を被るだろう。それを危惧していると考える。
臆しているのではない。彼らはこの後を考えているのだ。敵はクレン軍だけではないと理解している。戦力を温存するのは当然のことと言えた。
自分たちもまたここで死に物狂いになる必要は無い。目的はクレン軍に恩を売りつけることだ。それをとっかかりにしてクレン王国に取り入る、『スポンサー』の狙いはそういうものだ。
ゆえにこの戦いはそろそろ幕だ。クレン艦隊の敗退という形で終わるだろうが、そのまますぐにリマーの侵攻はあるまい。彼らも次は本腰を入れるはずだ。そのための用意を調える時間は必要だろう。
果たして、仮面の男の予想は的中する。
三割近い被害を出しながらもクレン艦隊は戦闘域から離脱。殿を務めた蒼の軍勢も、巧みな戦いで被害を最小限に抑え撤退する。リマー艦隊の損害は一割以下。圧勝、と言っても過言ではない結果に終わった。
だがリマー艦隊もまた後退する。その場に橋頭堡を築かなかったのは、補給線を安定化させるためだ。一気に攻め落とすのではなく腰を据えてじっくりと攻略する。そういった意図が見て取れた。
人類史の中で久方ぶりに行われた大規模の会戦。それはこのような結末となったが――
もちろんそれだけで話は終わらなかったのである。
さて、リマー軍の首脳陣は微妙に困っていた。
戦果がどうこう言う話ではない。戦いはほぼ予定通りの展開となったのだから。問題は……。
「どーすべ。姫の正体誤魔化すのも限界じゃね?」
うむむと額付き合わせて悩むのが、参謀長官と三軍元帥である。
悩んでる内容は単純なこと。リアルが目立ちすぎた、これに尽きる。
これまでリアルは一応その素性を隠してきた。だが行われた会戦で先陣を切り、相応の戦果を上げている。加えて艦隊戦のど真ん中で亜光速戦闘なんぞやらかし、そして奇襲をかけてきた敵部隊を撃退して見せた。これで目立たないという方がおかしい。
戦果自体はありがたいが、おかげで賞与を与えないわけにはいかなくなった。となればその素性をいつまでも隠しておく訳にはいかない。
かといって今更「実は前線で目立ちまくってたのが姫でした。てへぺろ」とかやるわけにはいかない。いや一部は盛り上がるかも知れないが、大概の人間は常識人なのだ。非難囂々となり色々と面倒なことになるのは目に見えている。決して全軍で諸手を挙げて大歓迎と言うことは無いはずだ。多分。きっと。
さてどうした物か。いっそのこと全ばらしというのもありではないか、などと怖い考えが首脳陣の脳裏をよぎる。しかしよく考えなくともフルオープンになってしまえばリアルのリミッターが無くなる。そうなれば今まで以上に頭を抱える事態になってしまうだろう。わざわざブレーキのついていないタンクローリーなんぞを生み出す必要は無い。
うむむむむ、と頭から煙が出てきそうなほどに悩む。と、そこに。
「会議中のところ、失礼いたします」
参謀長官の秘書が、突如部屋に入ってきた。遠慮の無いその行動は、しかし誰にも咎められない。
「なんだ、面倒かね」
参謀長官がもう慣れたという様子で言う。軍隊の体をした蛮族であるリマー軍は、やたらと問題を起こす。軍紀違反とか内乱とかそう言うのじゃないアレな方向性で。どうせ次はどの艦隊がクレンに攻め入るかで、アホな連中が大々的なビンゴ大会でもおっぱじめたのだろう。参謀長官はそのように予測していたが。
秘書官は微妙に困ったような顔で告げる。
「面倒と言えば面倒ですが……近衛師団第13独立中隊母艦艦長より、具申があります」
「……なに?」
リアルが所属する……というかほとんど私兵の近衛中隊。その参謀格である件の艦長のことはよく知っている。色々と訳ありで……有能な人物だ。
その人物かこのタイミングで具申してきたというのだ。何かあると身構えるのは致し方あるまい。
「内容は?」
「はっ、実は……」
具申された内容。それは「リアルに偽装の名と経歴を与え、別人として賞与を与えこれからの活動を行わせる」という案であった。
まるで会議の内容を見聞きしていたかのようなタイミングと内容に、参謀長官はは戦慄を覚える。他の連中も似たような物だが、陸軍元帥だけが「血筋か……」と呟いていた。
とにもかくにも、その案であれば誤魔化しを続けられるし色々と『利用』も出来ると判断した軍部首脳陣は、採用することを決定した。
こうして、近衛の秘蔵っ子にしてリアル姫の腹心、リア・リスト特務少佐は誕生したのである。
しちゃったのである。
二次創作のネタがポンポン浮かぶとこっちが遅れる。
申し訳なし。




