その1
かつてそこは、ただ航路として使われていた空域だった。
しかし現在、多数の戦艦が居並び、その中央に巨大な構造物がある。
全長80㎞超、全幅も30㎞はあるそれは、リマー軍でも3隻しか存在しない超級重要塞艦【コンティネント】級3番艦【ユーラシア】。リマー星系とクレン星系の間、第一次の会戦時に一回目の集結箇所として用いられた空域に駐留し、前線基地として使われる。これからはこの艦を起点にクレンとの戦いは繰り広げられる予定だ。
その内部。式典用の講堂で、現在略式の勲章授与式が行われていた。
「……その働きを称え、ここに銀十字勲章を与えます」
ドレス姿の女性が、にっこりと笑いながらサングラスをかけた軍服の女性に勲章を与えている。
「これからも良き働きを期待していますよ。【リア・リスト】特務少佐」
「はっ! 光栄であります!」
リアと呼ばれた女性軍人が型どおりの敬礼をするのを見て、ドレス姿の人物は……内心混乱していた。
(影武者が本人に勲章与えるとか、もうわけが分かんねえっすな!?)
どうしてこうなったと頭の中でリピートし続けている女性――リアルの影武者。そしてその目の前で済まして敬礼しているのは、ウィッグをつけサングラスをかけたリアル本人である。
いやホントどうしてこうなったのか。その理由は会戦の当時まで遡る。
亜光速戦闘。文字通り機体を光速に近い状態まで加速させて行うそれは、通常の戦闘とはやり方が異なる。
思考の加速によって、パイロットには周囲が恐ろしく遅く反応するように感じられる。実際に機体の物理的な駆動までは加速していない。簡単に言えば手足の動きは鈍ったように感じられるわけだ。当然ながら四肢を振り回し質量移動によって姿勢制御を行う、などという真似は出来ない。
機動は各所のスラスター頼り。攻撃はレーザーなどタイムラグの少ない光学兵器が限定的に使用可能。格闘戦は得物が振り回せるはずもないので、普通は不可能である。
普通は。
(ストライクランスの角度を2度変更。敵機機動想定。機動の先行入力。前に出る!)
言葉を放つ機能も加速するわけではない。無言、思考のみで機体を操る。四肢の反応は遅く感じられ、備えた得物が僅かに角度を変えるだけだ。
リアルのトゥルブレンツが加速。敵機の機動を先読みし、その前に回り込まんとする。対するのは、ノットノウが駆るステュムパリデス。その選択は唯一にして単純明快。
(……っ! 回避っ!)
リアルが何を狙っているのかを刹那で判断し、迷い無く逃げを打つ。スラスターが吠え、蒼き機体はロールしながら針路を曲げ――
がつ、と微かに火花が散った。トゥルブレンツが持つストライクランス。その先端が己の機体を掠めたのだとノットノウは理解している。
(やはりすれ違いざまに得物をぶち込みに来たか! 思い切りが良いどころではない!)
振り回すでも叩き込むでもない。構えを固定したまま、相手に引っかけるようにして得物を当てるだけ。格闘戦とはとても言えない、自爆特攻じみた真似をやらかしたのだ。
自身もまた常識外であるノットノウをして、舌を巻く豪胆さ。亜光速戦闘で接近戦を挑むなど正気の沙汰とは思えない。いや……。
(こちらが回避することが前提。図抜けた戦闘センスだな)
己と技量が同等以上だと見抜き、機先を制してイニシアチブを取るために仕掛けた。当たれば儲けものだが、狙いは出鼻をくじいて体勢を崩すこと。それだけのために命を張る。そうしなければ出し抜けないと見たのだろう。それは確かに間違っていないが、大胆に過ぎる。
今の仕掛けで距離を取られた。射撃するには角度が悪く、軌道変更を余儀なくされる。僅かな時間のことではあるが、ここから追いすがるのは少々手間だ。
(真っ当な勝負をしてもらえるとは思っていなかったが、やってくれる!)
速度はこっちの方が乗っている。だがそれが徒となって小回りがきかない。一度体勢を崩せば立て直しに手間取られるのは当然のことであった。
それをなしたリアルの方はと言うと。
(やはり避ける。蒼の軍勢、我らと五分以上の練度ですわね)
並の相手であれば、たとえ亜光速戦闘状態であったとしても先ほどのような一撃を回避できはしないだろう。それをなすことが出来たのは、自分の行動を予測できていたと言うこと。つまり同じ発想が出来る経験と技量があるということである。最低でも互角と判断せざるを得ない。
蒼の軍勢、どのような背景を背負っているのか興味はある。が、今はそれを気にしている場合ではない。なすべき事は、蒼の軍勢を出し抜き、友軍を無事本艦大軍まで送り届けることである。今までのように一方的とも言える優位はない。自分の命を脅かすほどの敵、それと相対しなければならないのだ。
ぞくりと、背筋に氷柱を入れられたような怖気が奔る。リアルの肉体は本能のまま危機感を覚え、緊張の強ばりを僅かに見せた。
だが――
(十二分に楽しませてくれそうですわね)
その精神は狂気に近い高揚感を覚え、期待に滾り始めている。
(恐らく今のが隊長機。機動調整、あれを抑える)
機体を翻す。リアルが亜光速戦闘に突入してから、ここまでで1秒。100倍にも1000倍にも引き延ばされたように感じる時間の中、光に近しい速度で鋼の巨人たちは火花を散らす。
で、そんな戦いを目の前でやらかされてる方はたまったものではない。
「フランローゼ1、独断で亜光速戦闘を開始! 中隊各機も順次それに続きました!」
「敵も味方も無茶苦茶だなオイ」
報告を受け先鋒艦隊司令は、うげぇとでも言いたげな表情となる。
敵艦隊に再度突撃をかけ旗艦を狙う自分たちも非常識だが、それに対して亜光速戦闘を仕掛けてくる蒼の軍勢も大概だ……とか思っているうちにはっちゃけ姫が喧嘩を買って亜光速戦闘を受けて立つという輪をかけてアレだった。なにか、神様とか実は自分のこと大っ嫌いだろうふぁっきんごっど。
ともかく亜光速戦闘に突入されてしまった以上、こちらから手出しは出来ない。機体と共に加速された思考で戦うパイロットとは通信も出来ないし、指示を出せたところで間に合うはずもない。亜光速で飛び回るDAに対して砲撃による援護も出来ないのだ。
指令はため息をはき、制帽を被り直して言う。
「強襲してきた敵部隊はフランローゼ隊に任せる。他の部隊を空いた穴、ダーメファルカンの前に回せ。止まらず突破するぞ」
「で、ですがそれではフランローゼ隊が……」
狼狽えるオペレーターの声に、指令はフン、と鼻を鳴らす。
「連中なら追いつく。そうこう言っている間にけりがつくぞ」
互いに決め手がない。艦隊の合間を縫っての曲芸じみた亜光速戦闘は、膠着状態に陥っていた。リアルとノットノウだけではない。フランローゼ隊とエストック隊。全機が互角の戦いを演じている。奇しくも双方ともに10機の変則編成。数で同数。そして技量でも拮抗しているようだ。
本来であれば先に亜光速戦闘を仕掛けたエストック隊が有利。速度が乗っている彼らに対し、後手に回った方はどうしても反応が遅れる。同じ戦闘域まで持っていくのに最低数秒、亜光速戦闘対応の思考速度に対しては大きな隙となる。
しかし咄嗟に回避行動を取り、艦隊戦の最中であることを利用して追撃を逃れてから反撃を開始したフランローゼ――リアルの勝負勘が図抜けていた。あっという間に互角の域まで持っていく。
障害物だらけと言って過言ではない艦隊戦の最中。亜光速の機動であっても、いやだからこそ選択できる行動範囲は狭まる。そして攻撃手段も限られるとなれば、自ずと打てる手も限られていた。エストック隊は先鋒艦隊を狙えば良いのでは、というのは素人考えだ。
クレン軍に突撃を敢行している先鋒艦隊は強力なバリアを展開し、矢継ぎ早に攻撃を放ち続けている。これにダメージを与えるのは手持ちの火器では威力が不足し、唯一ダメージを与えられそうな近接兵装を用いた突撃は速度が乗りすぎていて危険すぎる。一歩間違えれば自分が木っ端微塵だ。つまり艦にダメージを与える手段がない。まあこのような状況下で亜光速戦闘に突入するなどメーカーの想定外だから当然と言えば当然なのだが。
そも元々リマー軍のエース級の戦力評価のために仕掛けた物だ。艦隊に直接仕掛ける武器など用意していない。そういう意味ではすでに目的を果たしていると言えよう。
(さて、そうなると離脱するタイミングという物があるが)
撃ち込みと回避を繰り返しながら、ノットノウは思案する。この戦況の中で亜光速戦闘に対応し、追いすがって反撃までして見せた。その驚異的な戦力はデータとして記録している。そしてそれは十分な量が蓄積されていた。これ以上は蛇足とも言えるが――
(そう簡単には逃してくれそうにない。戦場も移動しつつある)
感覚的には相当長い間やり合っているように思えるが、実質的な時間は数十秒が過ぎただけ。しかしその間にリマー軍先遣艦隊はクレン艦隊に食い込んできている。この様子では順調に旗艦艦隊へと突っ込み……リマーの本艦隊から援軍が来る。しかも亜光速でだ。賭けてもいい。自分たちがリマー艦隊の指揮を執っていたなら同じ事をするからだ。
自慢じゃないがこんな状況で亜光速戦闘を挑む自分たちは相当の手練れだという自負はある。そして、そんな手練れ――自軍の擁するエースパイロットと同等の、所属不明でなおかつ喧嘩ふっかけてきた連中を、黙って返すようなリマー軍ではない。突っ込める戦力を突っ込んで伊達にして返す。絶対そうする。間違いない。
となると今のうちに尻尾を巻いて逃げ出しておくべきなのだが。
(いかんな。想像以上に楽しい相手であったから、引き際を見失ってしまうところだった)
自分たちと互角に渡り合える人間など、それこそ自軍の中にしか存在していなかった。前々からクレン軍とは幾ばくかの接触はあったが、本格的な交戦はこれが初めてである。予想通り、いやそれ以上の強敵の存在に、少々はしゃぎすぎてしまったのは我ながら迂闊であった。
ともかくと、思考を切り替える。必要なのは離脱するきっかけ。相手の意表を突き隙を作り出さなければならない。そうでなければ何人か部下を犠牲にしなければならなくなるだろう。今はまだその時ではなかった。
(であれば……手足の1、2本くれてやるか)
迷い無く決断したノットノウは、その思考を量子波に乗せ僚機に伝える。
モデムが吹っ飛びしばらくネットが不通。
故に遅れる投稿。がっでむ。




