その3
裏社会カルテル・コネクション。そのような名前の組織があるわけではない。それこそ国家を脅かすほどの巨大連合体と化した犯罪組織から小規模のヤクザものまでが寄り合い手を組んだ、広範囲にわたる互助関係を指す。
その勢力はそれこそ世界規模。数多の国家にその手は伸びている。そしてクレン王国は、彼らにとって都合の良い『巣』であった。
国家の中心部からがっつり腐敗し、不正のし放題。袖の下を通せば犯罪者などいくらでも潜り込める……どころか都市一つがまるごと乗っ取られる、などと言うことすらあった。警察もまともに働かないし、軍隊はあの有様だ。じわじわどころか結構堂々とコネクションは浸食していき、今では実質的にクレン王国の経済を牛耳っていると言っても過言ではない。
そしてクレンを拠点にあちらこちらへと手を伸ばし始める。その中には当然リマーも含まれていた。
トゥール王以下リマー王国の主立った人間は激怒した。自国や国外でも国家の範囲にない無法地帯であればいくらでも対処できるが、他国の政府内部にまで深く食い込んでいるものを直接どうにかすることは出来ない。末端などいくら潰しても意味はなく、後から後から沸いてでる。そのような状況では。
巨大犯罪組織の資産を強奪できないではないか!
実のところリマー王国は、犯罪組織を結構な規模まで育ててから壊滅し、資産を奪うという強盗じみた真似をちょくちょく行っていた。何しろ巨大な犯罪組織は下手をしたら国家レベルの資産を持つ。そして相手が非合法組織である以上、誰はばかることもない。
リマー王国がやたらと軍事力過多なのはそういった理由である。一応健全に国家を運営している一方で、黒曜遊撃艦隊やフランローゼなど傭兵と偽ったり表向きに公表していない軍勢を用いて、犯罪組織や海賊勢力を襲撃し続けてきた。
軍の練度は上がり、国庫も潤う。誰も困ることのない素晴らしい方針ではないか。犯罪者以外は! などと国王などは宣っているが、実質的にやってることは初代の海賊時代と大差ない。ヤクザは貯金箱と言い放ち、悪党の上前をはねるどころかまるごとかっぱぐド外道。それがリマー王国の本性である。
が、そんな彼らでもさすがに他国の領域にまでは踏み込めない。ちょっかいを出してくる末端などたいした収入にもならないし、その状況に国の重鎮たちは苛つきを覚えていたのだが。
あるとき誰かがぽつりと言った。
「国ごと潰せばいんじゃね?」
その言葉は天啓のように響いた。いやどう考えても悪魔のささやきなのだが、リマー王国首脳陣は乗った。乗りまくった。
クレン王国に近づき、関係を深め、リアルを王子の婚約者として送り込むまでに距離を詰めた。全てはクレンに喧嘩をふっかけるために。後は難癖をつけて挑発し、開戦まで持って行く……と言うところで件の婚約破棄騒ぎだ。予定は狂ったが……都合の良い展開ではある。
「誰かに乗せられている、というのは気に食わんがな」
鼻を鳴らし王は言った。防衛大臣が同意を示す。
「然り。ヤーティェ王子が深く関わっているのは間違いないでしょうが、彼が中心人物なのか、それとも背後に何者かが存在するのか」
財務大臣は腕を組んで唸った。ヤーティェの表面的な評価は、未だに愚か者の王子といったものである。リマー以外で彼の真実に気づいているのはどれほどいるのか。そしてリマーでも、その真意は読めなかった。思考しながら財務大臣は口を開く。
「コネクションと手を組んでいる……訳ではなさそうですな。わざわざ自ら巣を潰すような舵取りをさせるはずがない」
「王位の簒奪を狙っているのかと思いましたが、国を窮地に陥れたばかりか、己の命も怪しくしている。第一放っておけば王位など己の元に転がり込んでくるはずだった。……一体何が狙いなのか」
外務大臣も、いや会議に参加している多くの人間が唸った。まさか国を見捨てて逃げ出すつもりだとは思いつきもしない。ザ・非常識でナチュラルボーン蛮族なリマーの人間からしても、ヤーティェの考えは予想外に過ぎた。むしろケツまくって逃げ出すなんて発想が出来るような精神構造してない頭蛮族だからこそ思いつかないのだろう。
頬杖をついた王が、苦虫を吐き出すような面持ちで言う。
「あの曲者王子についてはひとまずおいておこう。できるだけ監視を強め、些細な動向も見逃さぬよう留意させよ。……それよりもだ、戦の準備はどうなっておる」
首相を先陣として、返答が来る。
「臨時議会は野党の一部を除いて開戦に賛成しております。衆院、貴族院共に賛成多数で可決されるのは確実。近日中に、宣戦布告の用意は調います」
「予算も想定内に。赤字分は国債でまかなえましょう。戦が長引かねば、ですが」
「友好国には根回しがすんでおりますが、問題はそれ以外。マリーツィアを筆頭にいくつかの勢力が介入を目論んでいるようで。……多くがクレンの表面上の裕福さに目がくらんでいるようですが、正直言って邪魔ですな。こちらで弾けるだけは弾いてみましょう」
「軍部の準備は万端。詳しくは三軍元帥から報告を」
「は、全ての艦隊はフルコンディションで出陣が可能であります。まずは第一から第五艦隊群を当てるべきと具申いたします」
「次期主力機の生産、配備は間に合いませんでしたが、先行生産型が数ヶ月以内にロールアウトする予定となっております。この戦は実戦テストと割り切るがよろしいかと」
「現地に潜入させた工作部隊の展開は予定通り。クレン側に察知された様子はございません。いつでも空挺急襲部隊と連携させることが可能です」
それ以降も状況の報告は続いた。戦争の準備は滞りなく進んでいるようだ。全ての報告を聞き終えた王は頷き「よろしい」と言葉を紡ぐ。
「各自そのまま戦に備えよ。此度の戦、あるいは建国以来の大戦になるやも知れぬ。気を引き締めて事に当たれ」
居並ぶ重鎮たちは席を立ち、直立不動の姿勢から胸に手を当て、恭しく頭を下げる。
『御意』
リマー王国。歴史の影で猛威を振るってきた国家は、その牙を持ってクレン王国を咬み砕かんとしていた。
「しかしあれですな、裏社会カルテル・コネクションとか、もうちょっとネーミングなんとかなりませんでしたかな」
『然り然り』
「お前ら最後の最後でね、ホントにね」
開戦は決定づけられたが、すぐさま戦端を開くわけではない。それ相応の手続きもあるし根回しもいる。そのための行動は何も殺伐としたものだけではない。
きらびやかなホール。そこでは豪華なパーティーが行われていた。
「お聞きになりまして? クレン王国との……」
「開戦ともなれば、下手をすると数百年ぶりの大戦となるやも……」
「そのようなときに王太子をこのような場に出すというのは、よほどの余裕かそれとも……」
会場のあちらこちらでひそひそと言葉が交わされる。他人の不幸は蜜の味、というわけでもないだろうが、めったにない大事の予感に皆興味津々のようだ。
そんな会場に一人の男が足を踏み入れる。
すらりと背が高く、濃いブラウンの髪を緩く伸ばしてうなじ辺りで束ねた男。
見入ってしまうような美貌に柔らかな笑みを浮かべたその男の登場に、周囲はざわついた。
「おお、あれがリマー王国王太子」
「堂々としたものだ。何の懸念もないように見える」
【ディシヴ・ド・リマー】。リマー王国第一王子にして王太子。彼は外交のため、各国を渡り歩いている最中であった。
「ようこそディシヴ殿下。今宵は存分に楽しんでいただきたい」
「ええ。お気遣いありがたく。楽しませてもらいますよ」
主催者たちと言葉を交わす。にこやかなその表情からは、内心がどのようなものなのかさっぱりと読めない。
彼の周囲にはひっきりなしに客が押し寄せる。言葉を交わし情報を得るためだ。自分たちの国、勢力がどのように立ち回るべきか、その判断材料として王太子の言葉は重要な要素になるだろう。
次から次に押し寄せる人の群れに対し、表面上は辟易とした様子も見せず対応するディシヴ。彼は一貫してこう主張する。
「不幸な行き違いが原因とは言え、互いに刃を突きつけ合った以上引くことはかないません。こうなれば最早白黒つける以外にはないでしょう」
双方ともに戦争以外解決法を模索するつもりがないと匂わせる。事実その通りであるし、それ以上の情報を与える必要はない。
腹の探り合いをしつつ、当たり障りのないようにこなしてパーティーが終わりを迎えるまで過ごす。それから会場を辞したディシヴは、迎えの車のシートにどかりと座り、首元を緩めた。
「お疲れですか、殿下」
側近の言葉に、ディシヴは苦笑を浮かべる。
「まあね。愛想笑いばかり浮かべてるのも、これはこれでしんどいものだ」
実際あれほどの人間を相手にすれば気疲れもするだろう。しかし色々と根回しし、情報を売るためには今回のようなこともこなしていかなければならない。それが連日のようにともなれば、どれほどの負担か。
「実際に命のやりとりをするわけではないからまだマシさ。私のような平和主義者には似合いの仕事だよ」
「どの口を持って平和主義者と宣いますか」
側近が即座にツッコミを入れる。確かに会合ごとに開戦もやむなしという主張を繰り返した上で、それとなく戦争に関わるメリット、デメリットを流布して各勢力がどう動くかふるい分けして見極める、などと言うことをやっている人間が平和主義者かどうかと言われたら、首を傾げずにはいられまい。
しかしディシヴは堂々としたもので。
「平和とはいかなる手段をもってしても勝ち取り、そして維持していくものだよ。直接殴り合いをしなければ平和、などと思っている輩はただの阿呆さ。平和はただではないんだ。求めるのであれば必ず対価が必要となる。口車でそれに貢献できるのであれば、安いものじゃないか」
全く淀みも迷いもない言葉。最低でも表面上は己の言葉を信じているように見える。
側近は「左様で」と、どこか呆れた様子で言う。主の言葉を微塵も信じていないのか。そういったことを気にした様子もなく、ディシヴは続けた。
「精々踊ってもらおう。我が国の平穏を勝ち取るために、ね」
ふふ、と微笑むその表情は、確かに平和主義者には見えないものだった。
があん、と衝突音が響く。
砂塵が吹きすさぶ、資源惑星。人が居住するにはむかず、岩山と砂漠が広がる光景。その荒野がど真ん中で、鋼鉄が激しくぶつかり合う音が響いている。
砂嵐でその姿は良く確認できないが、どうやら数体のDAが交戦しているようだ。1体を複数が囲み、次々と挑みかかっているように見える。だが戦いそのものは互角であるようだ。
その光景をモニター越しに見物している者たちがいた。
「あの状況でトゥルブレンツ3体を押さえ込めるとは」
「出力、反応速度。そのほか各パラメーター良好です」
「乗り手の腕もあるか。確か黒曜のエースだっただろう」
「機体が安定しているのは、彼の技量もあるか」
見物人とスタッフが言葉を交わしている。そんな中、一番奥まった席に座していた人物に、傍らの女性が語りかけた。
「いかがですか殿下。【XDA‐108】は」
応えるのはまだ若い、黒髪を短く刈り上げた青年。スーツになれていないのか、首元をいじりながら言葉を放つ。
「あの環境下で性能が低下しないのはすごいな。……新型のセンサーか?」
「はい。可動範囲を広げ、広角の索敵域を確保しました。さすがに有視界が完全に塞がれても、とまではいきませんが、あの程度の環境であれば十二分に働きます」
女性の言葉に、青年は不敵な笑みを浮かべた。
「我々が要求した性能以上だよ。これなら父上を含むお偉方も満足しよう」
「は、恐縮です」
「それで、先行生産型の納入はどれくらいかかる?」
「長くとも半年、と見ていただければ。それまでには1個大隊規模、30機をお届けに上がります」
「予備機も含めてとは気が利いているな。今度の戦争が終わるまでには、頼むぞ?」
「では可能な限り戦を引き延ばしていただきますよう、お願いいたしますね?」
双方がにやりと笑む。リマー王国の次期主力機、その開発を請け負う【ヤクモ・エンタープライズ】の試作機公開テスト。軍部の関係者などを招いたそれに参席している青年は、【ゼアル・ド・リマー】。リマー王国の第2王子である。
軍に影響力を持ち、また自身も直属の艦隊を保有する彼は、血気にはやるリマー王国の中でも特に武闘派と、事情を知るものたちからは思われている。外見からすればどこにでもいるような青年にしか見えないのだが。
その眼差しが、鋭さを増す。
「この戦争、クレンを叩き潰すだけでは終わらん。恐らくは貴女たちにも稼ぎ時となる」
「商売繁盛で大変結構……とは言えませんね。我々とて武器だけで稼いでいるわけではございませんので。国際情勢の不安定化は好ましくない事態です」
「かといってやらなければ犯罪組織どもを増長させることになる。その方がよほど貴女たちにとって都合が悪いだろう?」
「確かに彼らの台頭は、こちらの事業にも影響を及ぼすことでしょう。そして暗闘が増えるだろう事もまた事実。どちらが損かを考えれば……確かに戦争の方がマシ、でしょうね」
「そういうことだ。少々派手なゴキブリ退治とでも思っておいた方がいい。……新型には期待している。手抜かりなく頼むぞ、【ユイリー・ヤクモ】殿」
「仰せのままに」
恭しく頭を下げるヤクモ・エンタープライズの専務にしてご令嬢。ゼアルはふ、と表情を緩めた。
(リアルに良い土産話が出来そうだ。先行生産型のシェイクダウンと洗い出しが終わるのを見計らって、あいつの部隊に優先配備するよう働きかけてみるか)
戦争はゲームではない。国の命運を賭けた、命がけの事業だ。
それを理解していながらも、ゼアルは高揚する心を抑えられそうになかった。
国家の皮を被った『賊』物。それがリマー王国。




