4 家に帰りつき、巧は家族の視線をかわしながら自室に戻った
家に帰りつき、巧は家族の視線をかわしながら自室に戻った。
充電器につないだスマホでニュースサイトをチェックする。
SNSでは『ドラゴン』『宇宙人』『姫』といった言葉が世界的にトレンド入りしていた。
巧の予想通り大変なことになっていた。
『フレイア姫、教室でドラゴン化』
『異星人、地球人に暴行か』
『恐怖! 宇宙人の脅威』
今朝の教室での出来事が、一部分だけを切り取ってかなり大げさに伝えられている。
エレナたちは英雄としてたたえられているが、その一方でゴルディーアと同じ、ステレオタイプの『地球に侵略する宇宙人』と見なす者も多い。中にはエレナたちの声に耳を傾けることなく、一方的に恐怖感を抱いている人間もいる。このような記事の見出しは彼らの恐怖感をあおるのに十分だった。
「本当にまずいことになったなあ……」
ついさっき、マスコミの前でフレイアがドラゴンになって、マスコミを強行突破するように空に飛び立つ様子も、動画に撮られてネットにアップされている。それがフレイアの力の『恐ろしさ』を強く印象付けるものだった。
それだけじゃない。
まるで政治家か芸能人のスキャンダルかのように、図書館での勉強の様子が写真に撮られて、こちらも大きなニュースになっていた。
巧とエレナたちが7人で寄り添って、引っ付くようにして勉強している様子だ。
『ダイグレイオーのハーレムか?』
『お姫様たちのダイグレイオー争奪戦?』
さすがにこれは、巧も恥ずかしかった。
思わずネットに載った写真から目を背ける。
その時、巧のスマホが鳴った。佐藤さんからだ。
「もしもし?」
「佐久間くん? 大変だったねえ……」
「ええ……まあ……大変でした……」
「ははは……ご苦労様」
巧は佐藤さんにたまった疲労感を吐き出した。佐藤さんは笑って受け止める。
「そうだ、ありがとうね。フレイア様に謝るように言ってくれて」
「いいえ……さすがにクラスメイトの誤解は解いておかないといけないと思ったので」
「なんかエレナ様や護衛の人たちの話によると、龍族に伝わるお詫びの品を持ってきてくれるらしいよ?」
「そうですか……よかったです」
巧は胸をなでおろす。
フレイアは本気でクラスメイトに謝罪をしてくれるらしい。
これで、少なくとも、クラスメイト達のフレイアに対する――いや、エレナたち惑星ゼロの人々に対する誤解は解けるだろう。
巧はそう思っていた。
次の日も、佐藤さんが用意してくれたパトカーに乗って巧は高校に登校した。マスコミは相変わらず佐久間家の前と高校の校門の前に大量に集まっている。巧は今日もそんなマスコミのカメラのフラッシュを潜り抜け、教室に入る。
「…………」
「あ……」
教室に入った巧に話しかける者はいない。腫物を扱うように遠巻きに眺めている。
川野も話しかけてこない。ただ巧のことをにらんでいる。
やはり恨んでいるのだろうか、巧には分からなかった。
「おはようございます」
しばらくすると、エレナたち6人が集団登校してきた。やはりクラスメイト達は遠巻きにエレナたちを眺めているだけで話しかけようとはしない。
「おっ! ……おはようっ! ……なのじゃ!」
その時、フレイアが教室の前に立った。
緊張しながらも、大きな声でクラスの皆に話しかける。
「き、昨日はわしの魔法のせいで迷惑をかけて申し訳なかったのじゃ! ただ……たくみんや……エレナが……不条理な扱いをされるのが、嫌で……」
巧との約束通り、フレイアはクラス全員に謝罪をした。緊張した様子でどこかたどたどしいが、二本角の生えた頭を下げて懸命に謝罪をしている。
「私からも、お願いいたします。フレイア様をお許しください」
「……俺からも、頼む……フレイアを、許してほしい……」
「エレナ……たくみん……!」
エレナと巧も教室の前に出て、クラスメイト達に頭を下げる。
「頭を上げて、フレイアさん……佐久間くんと、エレナさんも」
学級委員長の本郷がフレイアの小さな頭をなでる。
龍族は長寿で知能も高いが、体や心の成長は遅い。フレイアはタノアと同じく、小学6年生くらいの身長しかない。
「いじめられている佐久間くんを放置していた私たちも悪かったわ」
「佐久間くん、フレイアさんたちにとっては大事な人だものね」
「それにフレイアさん、佐久間と一緒に地球を守ってくれたもんな!」
「フレイアさんだけじゃないよ! エレナさんやヴィンさんも!」
クラス中から、フレイアを――フレイアたちを許そうとする声がどんどん広がっていく。
巧はクラスに広がる許しの声に、心の底から安心した。
「これからよろしくね、フレイアさん」
「よろしくなのじゃ! ホンゴウ!」
本郷とフレイアは硬い握手を交わした。
これで二人はもう、友達だ。
エレナが「私もよろしいですか?」と二人に近づく。
ヴィンが「フレイア様だけズルい! あたしも握手する!」と走り寄る。
セネカもミミとタノアに引っ張られて「わかったから! あたしも握手すればいいんでしょ!」と言って三人で本郷と握手する。
予想以上の成果だ。
巧は小さく笑う。
「ほら、タクミ様も!」
ほほえましい様子を横目に、巧は自分の席に座ろうとしたが、エレナに引き留められた。
「……お、俺も握手するのか?」
「タクミ様も握手してください! このクラスの皆さんとなじめていないじゃないですか!」
「それは……そうだが……」
巧は本郷とぎこちなく握手を交わす。なんというか、照れくさい。
「佐久間……いや巧、俺とも握手してくれ!」
「じゃあ、俺も。今までいじめててすまんかった」
「私も。今まで見てただけでごめんね」
巧もエレナたちに混ざってクラスメイト達と次々と握手を交わしていく。
これもダイグレイオーの……いや、エレナたちのおかげか。
いじめられなくなったきっかけは、巧がダイグレイオーのコアであると分かったから。幸運みたいなものだ。
――これをきっかけに、自分はクラスの皆と仲良くなれるのだろうか……?
突然、川野が声を荒げた。
「おい! みんな! ちょっと待てよ! なんで佐久間の奴と仲良くしようとしてんだよ! こいつは詐欺師だぞ! 根暗のオタク野郎だぞ! こんな生きている価値がない奴とどうして!」
フレイアの龍化で脅されても、こりていないらしい。
しかし、川野の言葉をまともに受け取る者はいなかった。
「川野……もうやめようぜ?」
「佐久間は俺たちのために命がけで戦ってくれたんだ。そんなやつをいじめるなんてあんまりだよ」
「うるせえ! お前らがやらないんなら……俺がやってやる……!」
川野はそう言うと、ポケットから大きなサバイバルナイフを取り出した。
教室内に緊張が走る。
「みんな、ふせろ!」
ミミが叫び、腰に差した刀を抜いた。クラスの女子たちが悲鳴を上げて床に座り込むのと同時に、ヴィンも両手を人のものから獣のものに変化させる。
武器を持たないエレナ、セネカ、フレイア、タノアは魔法を発動させる準備を始めた。
半年前まで実際の戦場で戦っていたエレナたちは、一瞬で戦闘モードに切り替わる。
「カワノ殿、その刃物をお収めください。さもなくば我々はあなたを斬らなければならない……」
「へっ……! 宇宙人にできるかよ……地球人舐めんな……!」
自棄になった川野はサバイバルナイフを構えて……巧に向かって突進する。
「うおおおおおおっ! 死ねええええええっ!」
「タクミ殿!」
「任せろ……」
巧は運動が苦手である。自衛隊の中村隊長から簡単な護身術の訓練は受けたが、修得しきれていない。巧は突進する川野の体を抑えようとするが、失敗。サバイバルナイフが深々と巧の腹に突き刺さる。
「きゃああああああっ!」
「佐久間くん!」
「……大丈夫だ」
悲鳴を上げるクラスメイト達。一方の巧は何食わぬ顔で、動きの止まった川野の両腕を強く掴んだ。
「う……嘘だろ……何で生きているんだよ……」
「ニュースを見なかったか? 今の俺はデータ人間だ……これくらいの傷で死ぬことはない」
「ば……化け物だ……」
――化け物めっ……!
巧の脳裏を嫌な思い出が横切る。
巧は腹にサバイバルナイフを刺したまま、顔面蒼白の川野を取り押さえる。川野を床に組み伏せ、ヴィンに取り押さえてもらう。そして巧は自分の腹に刺さったサバイバルナイフを抜いた。
サバイバルナイフが突き刺さっていたところから出血はない。大きな傷跡が巻き戻しをするかのように元に戻っていく。
データ人間である佐久間巧は、全身がエネルギーデータ化している。一度に体の大部分を失わない限り、ほとんどの傷は瞬時に修復されるのだ。
「おはよう……っておい、今日はどうした?」
川野を取り押さえたところで、教室に坂田先生が入ってきた。連日の非常事態発生にも冷静な態度を崩さない。
「おはようございます、サカタ先生。教室内にテロリストがおりました」
エレナが淡々と説明する。かわいそうに、坂田先生は今日も頭を抱えた。
結局、川野の身柄はすぐさま警察に引き渡されることになった。
異星人のお姫様――外国の要人がいる状況だけに、学校内でのテロ行為とみなされるだろう。恐らく長くは出てこれまい。
バルトロン帝国の侵攻から、川野のような人間も守れたことは巧の誇りだった。
……巧はちょっと残念に思った。