3 「あなたがタクミ様に暴行を加えたのですか?」
「あなたがタクミ様に暴行を加えたのですか?」
「あ、ああ……調子に乗ってるやつをボコって何が悪いんだ!」
エレナは静かに、それでいてすさまじい威圧感を川野に向かって放つ。川野は強気に反論するが、声はぶるぶる震えている。
「あるじ!」
「お兄様!」
「……大丈夫、俺は大丈夫だ」
頭に猫の耳を生やした獣人の少女・ヴィンと銀髪の幼い少女・タノアが心配そうに巧に駆け寄る。巧は二人の手をやさしく払いのけて自力で立ち上がる。
「カワノ殿でしたか……なぜタクミ殿に暴力を振るったのです?」
「返答次第によっては、痛い目にあってもらうわよ?」
「よせ! ミミ、セネカ! 日本では先に手を出した方が負けだ!」
刀を腰に差した武士のような少女・ミミと背中に魔法の羽を生やした少女・セネカが巧を蹴り飛ばした川野に詰め寄る。ミミは刀を抜き、セネカは魔法を発動しようとしていた。巧は二人の間を割って前に出て、制止させる。
しかしもう一人、エレナは止まらない。川野に近づき、胸ぐらをつかんで持ち上げる。バルトロン帝国に対するレジスタンス組織のリーダーで、何年も最前線に立っていたエレナにとってこのくらいは造作もない。
「ぐっ⁉」
「よくも……二つの世界の英雄を……!」
「……やめるんだ、エレナ!」
巧は二人に近づくと、無理やり引き離す。川野は首を絞められて苦しそうにしている一方で、エレナは怒りで肩を震わせていた。
エレナはバルトロン帝国の皇帝ゴルディーアの手によって祖父母と両親、兄を殺された。自分のことを『王女』と慕う多くのレジスタンスの仲間を殺された。それでもウルモスフィア王国の王女として、戦い続けた。ゴルディーアに追いつめられても希望を捨てなかった。『光の聖剣』と『封印の器』を失っても、くじけなかった。『青い星』地球の、ゴルディーアと同じく闇の魔力を使うことができる者『ダークマスター』佐久間巧に命がけでバルトロン帝国の脅威を知らせ、ゼロの未来を託した。そして弟にウルモスフィア王国再興の夢を託すと、仲間たちを逃がすための囮となった。
その後エレナは洗脳され、暗黒巨神のコアにされた。
ダイグレイオーを倒すための道具にされた。だがエレナは強い精神力で自ら洗脳を解いた。そして最期の抵抗として、ダイグレイオーを苦しめる暗黒巨神の動きを止め、ダイグレイオーの勝利に貢献するため、暗黒巨神を自爆させようとした。
しかし巧はそれを許さなかった。
エレナはダイグレイオーの全力の『ハイブリッド・パワー・ウェーブ』によって暗黒巨神の自爆から守られ、命を救われた。
エレナは2度捨てた命を、ダイグレイオーに救われた。
ダイグレイオーはその後、次々と送り込まれるバルトロン帝国の脅威を退け、最終的に皇帝ゴルディーアと『闇の魔力』を倒し、惑星ゼロとウルモスフィア王国を解放した。
だからエレナにとって、ダイグレイオーは……佐久間巧は恩人だった。命の恩人であり、国の恩人であり、家族と仲間の仇を取ってくれた恩人でもあった。そんな恩人を蹴り飛ばされ、侮辱されたことが許せなかった。
「何で止めるんです、タクミ様! この男は、あろうことか自国の英雄を――」
「こいつは俺のことを英雄だとは思っていない……わかってくれ、世界にはいろんな人がいて、俺たちはいろんな人たちを守ったんだ。俺たちにはそれだけの力があるんだ。だから、傷つけちゃ、いけない」
エレナの肩をやさしく掴み、説得する。
巧は自分のダイグレイオーの『力』を、惑星ゼロの人々の魔法の『力』を恐れている。決してエレナたちのことが嫌いなわけじゃない。ただ、その『力』を使うことで、結果的に仲間を失うことが怖かった。例えば『力』で誰かを傷つけたとしたら……どんなに正当な理由があっても、『力』を持つものが悪いことになる。また会えたのに、いきなりさよならなんてしたくない。
「……タクミ様はそれでよろしいんですか? 嫌じゃないのですか?」
「……この平和こそが、俺たちがつかみ取った栄光だ」
本心を隠して、巧はエレナにそう言った。
「ごほっ! おい、お姫様……やってくれたな?」
川野が起き上がり、嫌悪感を感じるような笑みを浮かべてエレナに近づいてくる。エレナは冷たい視線で川野を見る。
「何でしょうか、カワノ殿?」
「俺の首を絞めただろ? なあ、どうしよっかなあ?」
しまった……巧は頭を抱えた。
川野は首を絞められたことを理由に、エレナを強請るつもりだ。
「お姫様なんだろ? 金持っているんだろ? くれないと大事にしちゃおうかなあ……」
「何を言っとるんじゃお主は?」
エレナに金を要求しようとする川野に、二本ツノの龍族の少女・フレイアはあきれたような声を出す。
「先に手を出し、道義的に悪いのはカワノ、お主じゃろう。なんでエレナにカネの無心をしようとしているのじゃ? 道理に合わんぞ?」
「うるせえよ! 佐久間もお姫様たちもおかしいんだよ!」
「お主、歪んでいるのぉ……少しシメてやるかの……」
怒りに任せてエレナに金を要求しようとする川野に、フレイアは大きなため息をつく。
そして大きく息を吸った。
「ハッ!」
「しまった! フレイア!」
タクミが止めようとしたがもう遅い。
次の瞬間、掛け声と共にフレイアは眩い光に包まれれ、教室を壊さんばかりの巨大な龍の姿に変わった。
クラスメイト達から悲鳴が上がる。学級委員の本郷なんかは立ったまま気を失っている。
『カワノ……』
「ひ、ひ、ひいいいいいいっ!」
ドラゴンとなったフレイアは唸るようにドラゴンの声で呟き、顔を川野に向ける。
いきなり目の前に現れた恐ろしい容貌のドラゴンを前に、川野やクラスメイト達は恐怖で腰を抜かしてしまった。かつての戦いで見慣れていた巧たちは平気だ。しかし川野を始めクラスメイト達は生まれて初めて見たのだ。
「ド、ドラゴン……嘘だ! そんな……現実に……」
『カワノ……エレナに金の無心はしない。たくみんに暴力を振るわない。約束できるな?』
「は、はいいいいいい!」
『よろしい。では自分の席に戻るがいい!』
「うわああああああ!」
川野は震えながら恐怖でがくがくとフレイアに頷いた。トドメとばかりに、フレイアは口から幻影の炎を吐いた。熱さと風圧を感じるが、周囲のものを燃やすことのない便利な魔法だ。
爆風の幻影に死の恐怖を感じた川野は自分の席に戻ることなく、ズボンの股の部分をびっしょり濡らして気を失った。何とか意識を保っていた一部のクラスメイト達も全身を焼かれる幻想に気を失った。
「ふう……これでよし!」
「……よくねえよ。どうするんだよこの状況」
満足げなフレイアに、巧がツッコむ。
担任の坂田先生はかなり厳しい先生だ。
クラス全員が気絶しちゃっている今の光景を見たらなんていうか……巧は頭を抱えた。
朝のホームルーム開始のチャイムと同時に坂田先生は教室に入ってきた。
教室の惨状を見て腰を抜かすも、「保健室の先生と学年主任の先生を呼んできなさい!」「佐久間は何があったのか説明してくれ!」と的確な指示を出した。さすがはベテラン教師である。
その日、巧のクラスは緊急学級閉鎖になった。
巧たちは扱いに困る腫物のような扱いをされた。
当然である。トラブルを起こしたのは地球を救った巨大ロボに、異星人のお姫様たち。高校教師には荷が重すぎる。
「どこにいてもいいから、今日は学校にいない方が良い」と校長先生に言われ、巧たちは学校から追い出される形になった。
学級閉鎖となり、巧たちは市立図書館に勉強に来ていた。本当は巧はエレナたちを連れてゲームセンターで遊びたかったのだが、ミミとセネカに「タクミ殿は怠けすぎです!」「学生の本分は勉強でしょ!」と怒られてしまった。そのため、こうやってしぶしぶ勉強のできる場所、市立図書館に来ることになった。
「ここが自習室だな、あるじ! 一生懸命勉強するぞ!」
なんと、体を動かすことが大好きなはずのヴィンも真面目に勉強しようとしている……巧は少し驚いた。
だが、無理のないことかもしれない。
バルトロン帝国は、惑星ゼロを20年に及び支配した。龍族で895年も生きているフレイアは別として、エレナ、ヴィン、ミミ、セネカ、タノアは生まれた時からバルトロン帝国の過酷な支配の中で生まれ、生活してきた。バルトロン帝国の支配下では、学問の自由は保障されず、高度な知識を持つ人々は反乱を防ぐために処刑されたらしい。
エレナたちはそれぞれの国を再興・発展させるため、こうして学問の自由があり、学校設備の整っていて、なおかつコネのある日本に留学しに来たのだろう。だから、勉強に一生懸命なのだろう。
「お兄様の膝の上は私の席です。絶対に譲りません」
「ずるいぞタノア! じゃああたしはあるじの隣だ!」
「たまたまよ……たまたまタクミの隣になっただけなんだからね!」
タノアが膝の上に座って、ヴィンとセネカが体がくっつくほど巧の側に近づいているという奇抜すぎる学習風景だが、巧は無視を決め込んだ。突っ込んだら負けだ。
「モテモテじゃな、たくみん」
「集中してください、タクミ殿」
「タノアちゃん、いいなあ……」
「お前ら、勉強するなら静かにしろ……」
フレイアがニヤニヤし、ミミは巧が集中していないと勘違いし、エレナが羨ましそうに巧の膝の上のタノアを見て指をくわえている。当然だが自習室には少ないがほかの利用者もいる。さらにどこから追いかけきたのか、マスコミ関係者や政府関係者と思しき人たちも何名か入ってきている。傍目からは7人でイチャイチャしている巧たちを、こっそり隠し撮りしている。
ああ、面倒くさいことになるなあ……巧は問題集を解きつつこれからどうしようと頭を抱えた。
「タクミ、ここ教えて」
「あるじ、これなんて読むんだ?」
「お兄様、この問題なんですが、わかりますか?」
「タクミ様、ちょっとよろしいですか……」
「すみません、タクミ殿。いくつか質問が……」
「たくみん、これは何の公式を使えば良いかの?」
でも、悪くないかもしれない。
エレナたちからの質問に答えながら、巧はそう思った。
巧には友達がいなかった。小学生の時も、中学生の時も、高校生になってからも。
だから、こうやって互いにわからないところを教えあいながら、一緒に勉強するのは新鮮な体験だった。
そうやってどんどん時間が過ぎていく。お昼を7人で図書館内のレストランで食べ、店員さんと一緒に7人で写真を撮って、なぜかサインまで求められてから、また自習室で勉強を再開した。
7人は閉館時間ぎりぎりまで自習室で勉強をした。
「ふう、疲れた……」
「お疲れ様でした、タクミ様」
図書館を出て、巧は大きなため息をつく。こんなに長い時間勉強したのは高校受験の時以来だ。元気が取り柄のヴィンも、少し疲れたような顔をしている。
巧はエレナたちと一緒に図書館の中から出る。
図書館の前には案の定、マスコミ関係者と政府関係者が互いに場所を奪い合うようにして巧たち7人の登場を待っていた。カメラのフラッシュがたかれる。
「フレイアさん! 学校の教室で何があったのですか?」
「一般人を気絶させたというのは本当ですか?」
「ああ。たくみんに暴力を振るい、エレナに金を強請ろうとした愚か者を教育させてやったのじゃ」
マスコミの記者の問いかけに、巧と違い、フレイアは堂々と答える。
巧はそんなフレイアを制止しようとするが、フレイアの口は止まらない。
「フレイア、こんな奴らは無視して――」
「他の生徒を巻き込んだことについてはどうお考えですか?」
「何か問題かの? 彼らもカワノの不当な暴力を見てみぬふりしておったのじゃ。多少のとばっちりはしょうがないじゃろう?」
当然のことに言うフレイア。マスコミの追及がヒートアップする。
「そんなことして許されると思っているのですか!」
「あなたは一般人を傷つけたんですよ!」
「何も反省していないのですか?」
巧が恐れていたことが起こった。
龍族の『力』の行使をマスコミは『悪』と認識した。『力』の行使の理由をマスコミは探ろうとはしない。まるで『人』ではない『龍族』を排除しようとしているようだ。
「マスコミの皆さん、フレイア様がドラゴンになったのはタクミ様をお守りするためです!」
「フレイアはあるじを守ろうとしたんだ! 悪く言うな!」
「みなさん、フレイア殿はタクミ殿の名誉をお守りしたのですぞ!」
「この国では先に手を出した方の負けなのよね? 先に手を出したのはカワノよ?」
「フレイア姉様をこれ以上傷つけないでください!」
エレナたちはマスコミの追求からフレイアを守ろうとする。
騒ぎが大きくなってしまう。このままじゃエレナたちまで悪者にされてしまう。
「みんな、もう行こう! 相手にする必要は――」
「うるさいやつらじゃのう……お主らもわしの力を見たいのか?」
巧はエレナたちを急いでこの場から離れさせようとしたが、フレイアがしびれを切らしてしまった。フレイアは元々突発的にガンガン動くタイプだ。追いつめられればすぐに爆発する。
フレイアの全身が光に包まれ、どんどん大きくなる。
巧は頭を抱えて座り込んだ。
もう、どうしようもできないな……
フレイアはダイグレイオーと同じサイズ――全高120mの巨龍形態になった。
『みんな、わしの手に乗るのじゃ!』
エレナたちはフレイアの巨大な手に次々と乗り込む。
「ほら、タクミ様も!」
「ああ……そうだな……」
どこかすがすがしい顔のエレナに手を引かれ、巧もフレイアの手の中に乗り込む。
『では、ゆくぞ!』
暴風を巻き起こし、巨大なドラゴンとなったフレイアは空に向かって飛び立った。
マスコミ関係者も、政府関係者も追いかけることはできない。
「相変わらずきれいな夜景ね。私も飛ぼうかしら」
セネカが呟く。市街地の灯りは、夜の闇の中できれいに煌々と輝く。
翼人であるセネカはそのまま自分の翼を広げて空に飛びあがった。
「ヲ国も、いつかこのような夜景を手に入れられるのでしょうか?」
「できます、ミミ姉さま。そのために私たちはニホン国に来たのですから」
眼下に広がる夜景を見て、ミミとタノアが呟く。
タノアの母国、マギナリア王国にも、かつては日本の大都市のような夜景があったという。タノアはまだ母国の夜景を見ていない。ミミとタノアはまだ見ぬ夜景に思いをはせていた。
「そのためにも、しっかり勉強しないとな!」
「そうですね、ヴィンちゃん!」
エレナとヴィンはそれぞれ決意を新たにする。そんな中、巧はこれから起こるであろう騒動のことを考え、憂鬱になるのだった。とりあえず、やらなきゃいけないのは――
「……フレイア」
『なんじゃ、たくみん?』
「……明日、学校でみんなに謝ろう」
ちょっと迷ったが、巧はクラスメイトへの謝罪をフレイアに提案した。
『なぜじゃ? あやつらはお主を不当に痛めつけたのじゃぞ?』
「俺を痛めつけたのは、川野と取り巻きの奴らだけだ。他のみんなは……単にフレイアの被害者だ」
『う……そうなるかのう?』
フレイアは気まずそうな声を上げる。
「ちょっとタクミ、フレイアはあんたのことを思って――」
「分かっている、セネカ。フレイアが悪いわけじゃない……ただ……やりすぎただけだ」
セネカは納得いかないようだったが、それでも巧はクラスメイト達への謝罪が必要だと考えていた。
『わかった……たくみんがそう言うのなら、仕方ないのう……』
「すまない、フレイア……それと、ありがとう……」
しぶしぶだが、フレイアは納得してくれた。
フレイアは市内上空をぐるりと一周した後、巧の家の近くの公園に着地。巧はそこで降りて、家に帰った。