1 ダイグレイオーが地球を救ってから半年がたった
ダイグレイオーが地球を救ってから半年がたった。
いつの間にか季節は12月の半ばに差し掛かっていた。
「おはよう……」
「…………」
自身をエネルギーデータ化して巨大ロボ・ダイグレイオーと一体化し、地球征服を目論む惑星ゼロのバルトロン帝国と戦った少年・佐久間巧はいつもと変わらぬ平穏な日常を過ごしていた。
家族におはようの挨拶をするが、返事はない。父からも、母からも、3つ下の妹からもおはようの言葉は返ってこない。
いつものことだ。
運動神経ゼロの巧には、この家に居場所はなかった。両親は幼いころから天才的な空手の才能を発揮する妹の優花のことしか見ていなかった。小学生のころは巧も両親に認めてもらおうと、あらゆるスポーツに取り組んだが、どれもてんでダメだった。
中学生になり、運動がダメなら勉強を頑張ろうと思った。懸命な努力の結果、巧は中学校3年間を通じて学校のテストで学年トップになった。しかし家の中に小さなトレーニングジムを作るほどのスポーツ第一主義の両親は、その結果を褒めてはくれなかった。
両親や妹は巧を『できそこない』『佐久間家の汚点』と言って馬鹿にし続けた。
ダイグレイオーとして地球を救っても、両親や妹は巧を認めてくれなかった。それどころか、ダイグレイオーが世間で賞賛される様子をテレビで見るたびに不機嫌になっていった。今はもう、父は巧を怒鳴り散らすどころか話しかけようともしない。母は巧の食事を作ろうとも、巧の服を洗濯しようともしない。妹の優花は無言で暴力を振るうようになった……全身をエネルギーデータ化し『データ人間』となった巧には大して痛くもなかったが。
巧は高校の制服に着替えて、登校の準備をする。幸い、生活費は両親が封筒に入れて投げつけてくるので困ってはいない。高校の学費もちゃんと振り込んでくれているようだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」の声が返ってくることはない。だが今までの癖で巧はそう言ってから家を出た。
外はもうすっかり寒くなっていた。さすが12月と思いながら、巧はバス停に向かう。
街も以前のように平穏を取り戻していた。1月、バルトロン帝国の皇帝ゴルディーアが地球全土に向けて立体映像で侵略宣言した時は、車や建物があちこちで燃えていた。今はどこも燃えていないし、略奪や暴動も起きていない。
巧はバスに乗り込み、高校へと向かう。
巧がダイグレイオーであることは、ごく一部の人間しか知らない。当然、バスの中の人たちは、一緒のバスに乗っているのがダイグレイオーだとは夢にも思っていないだろう。
巧がダイグレイオーであることを知っているのは、首相や大臣、日本政府の一部高級官僚、バルトロン帝国の支配から解放された惑星ゼロの各国の関係者、そして巧の家族のみ。マスコミの前に出るときは、ダイグレイオーのコアパーツである等身大の人型ロボット・グレイボーグと一体化していたので、正体は知られていない。というか人間だとすら思われていない。実際、ほとんどの人は『ダイグレイオーは高性能のAIを搭載したロボット』だと思い込んでいる。
ダイグレイオーとバルトロン帝国との戦いで、ダイグレイオーの様々な違法行為を日本政府は超法規的措置で黙認した。もしダイグレイオーの正体を公表すれば、ダイグレイオーの違法行為を許さない一部の集団が黙ってはいないだろう。ダイグレイオーは世界中で英雄視されているが、よく思わない人間も少なからずいる。巧を狙ってテロまがいの事件が起きれば、巧や巧の家族だけでなく、周囲の人間にも危険が及ぶ。そのため、巧がダイグレイオーであることは極秘事項だった。
繁華街に隣接する駅でバスを降り、そこからは歩いて高校へ向かう。
クリスマス一色になった繁華街。その中でも所々工事中の道路やビル群は、半年前の戦いの影響を如実に物語っていた。ダイグレイオーとバルトロン帝国の暗黒巨獣や暗黒巨竜、暗黒巨神との戦いによる損害ではない。ダイグレイオーの戦場はほとんどが宇宙空間と月面で、最後の戦いだけが惑星ゼロで行われた。道路やビルの損害は、バルトロン帝国の侵攻を世界の終わりと錯覚した人々による暴動・略奪によるものだった。ゴルディーアの侵略宣言を真に受けた人々は、国際宇宙ステーションから撮影されたダイグレイオーの活躍が報じられても暴動や略奪を止めなかった。結局、暴動や略奪行為が終わったのは日本政府による終息宣言から2か月が過ぎた後だった。
駅の近くのコンビニで朝食を買う。今日はおにぎり2個とチキンとお茶にした。
まだ食べない。教室で食べる予定だ。
「おはようございます」
近くの長い坂を登り、校門であいさつ運動をする生徒会にあいさつをし、巧は校舎の中に入った。
自分の靴箱から上履きを取り出し、ひっくり返して何か入っていないか確認する。今日は画びょうが2個。とりあえず通学かばんの中に入れておくことにする。
巧のクラスは2年2組。階段を上って2階の教室に入る。
巧に声をかける者はいない。
コミュニケーションが苦手で、常に暗い表情を浮かべる巧に、学校内において友人と呼べる存在はいなかった。
巧の机の上にはどこから持ってきたのか、臭いにおいのする膨らんだビニール袋が置いてあった。中身は想像したくない。巧はそれを掴むと教室の前のごみ箱に捨てた。
「おい、佐久間、俺らからのプレゼント何勝手に捨ててんの?」
「…………」
「無視すんなや!」
ガラの悪いクラスメイトの川野が睨んでくるが、巧はそれを無視して自分の席に座ろうとする。だが川野はそれを許そうとしない。巧の胸ぐらをつかんで引き寄せる。教室の後ろの方に無理やり引っ張り、ほかのガラの悪いクラスメイト達と周りを取り囲む。
この先の展開はいつも決まっていた。
集団リンチだ。
「やっぱ生意気だよな、佐久間って」
「俺たちがシメないといけないな……」
川野達は巧を思いっきり殴り、蹴る。他のクラスメイト達は誰も止めようとしない。巧は抵抗せずにつっ立っている。以前は辛かったが、全身をエネルギーデータ化した後は痛みを遮断できるようになり、辛くなくなった。
集団リンチはそのまま朝のホームルームが始まる直前まで続いた。
いつものことだ。
集団リンチが終わり「今日は朝飯食べ損ねたなあ……」と思いながら、巧は自席についた。
「……おはようございます」
チャイムの音が鳴り、担任の坂田先生が入ってくる。
何だか様子がおかしい。坂田先生はベテランの先生だ。いつもは威厳があり堂々としているのだが、今日は極度に緊張しているようだ。
どうしたのだろう?
「今日は転校生を紹介したいと思う……お入りください」
巧が疑問に思っていると、廊下に待機していた転校生たちが坂田先生の合図で教室に入ってきた。
坂田先生は転校生と言ったが、普通の転校生ではないことは一目瞭然だった。
一人は金髪碧眼のファンタジーのお姫様みたいな美少女。
一人は頭に猫の耳を生やした褐色の肌の美少女。
一人は腰に刀を差した武士のような佇まいの美少女。
一人は背中に白い羽を生やした金髪の美少女。
一人は頭に二本の角を生やした背の低い美少女。
一人はきれいな銀髪のとても高校生には見えない幼い美少女。
転校生は合計六人。
制服姿の彼女たちを見て、巧は頬を緩ませて頭を抱えた。もう会うことはないと思っていた。嬉しさ半分、困惑半分と言ったところか。
どう見ても普通の日本人の姿からはかけ離れた六人の美少女。
当然、教室内は騒然となる。
しかも彼女たちの顔は多くの人間がテレビで見ていた。彼女たちがどういう立場にあるのか、生徒たちのほとんどが理解していた。
だからこそ、教室内は大混乱になった。スマホを取り出して彼女たちの姿を撮影までしている者もいる。
だが、六人の美少女たちはそんな教室の喧騒なんてどこ吹く風。嬉しそうな視線を巧に向けている。
「では、皆様、自己紹介を……」
坂田先生が美少女たちに自己紹介をさせようとした時、美少女たちは我慢できなくなったかのように一斉に巧に向けて走り出した。まるで一番に巧のもとにたどり着こうとするように。
「タクミ様!」
「あるじ!」
「タクミ殿!」
「タクミ!」
「たくみん!」
「お兄様!」
六人の美少女たちは涙を流しながら巧に抱き着いた。その光景に、教室内の騒ぎが大きくなる。坂田先生も目の前の予想外の事態に茫然としている。教室内の誰もが、この状況を理解できずにいた。なぜ彼女たちが――ダイグレイオーと共に惑星ゼロ解放のため、バルトロン帝国との戦いの先頭に立った英雄である美少女たちが、佐久間巧に親しげに抱き着いているのか。
「会いたかった……ずっと会いたかったです、タクミ様……!」
金髪碧眼の美少女は、エレナ=ウルモスフィア。闇の魔力を手にしたゴルディーアによって最初に国を乗っ取られたウルモスフィア王国の王女だ。記録魔法具で巧にバルトロン帝国の脅威を知らせ、ダイグレイオー開発のための魔法技術を提供した人物でもある。
「あるじ……あたしを置いていくなんてひどいよお……」
頭に猫の耳を生やした獣人の美少女は、ヴィン。バルトロン帝国に征服されたグローナ連邦の猫の特性を持ったアリーミウ族の族長の娘である。ゴルディーアに暴走させられていたところを巧に救われたことで、巧のことを獣人の慣習に倣って自分の『主』と定め、忠誠を誓った。
「タクミ殿……まだ剣の稽古は終わっていませんぞ……!」
腰に刀を差した武士のような美少女は、ミミ=ゾウ。バルトロン帝国に征服されたヲ国の名将・ゾウ将軍の娘である。家族を人質に取られ、暗黒巨神のコアになっていたが、巧に家族と共に助けられた。その後巧の剣の指南役を買って出た。剣の腕は正規軍人に勝るとも劣らない。
「タクミのバカ……いきなりいなくなるなんて……!」
背中に羽を生やした美少女はセネカ=ファリアドル。背中に魔法の羽を生やし空を飛ぶことができる翼人と呼ばれる種族であり、翼人の国・ファリアドル王国の王女である。洗脳され、暗黒巨神のコアにされていた。巧に助けられたが、最初は人間不信になり巧たちのことを信用していなかった。しかし、巧の尽力で今は良好な関係を築いている。
「たくみん……わしは寂しかったぞ……お主もわしを置いていくのかと……!」
頭に二本の角を生やした背の低い美少女はフレイア。ラノマ王国の王族と契約した龍族の一体であり、その正体は地球で言うドラゴンである。少女の姿をしているが年齢は895歳である。ゴルディーアに戦力として操られていたが、巧によって解放されてからは巧のことを『たくみん』と呼びなつくようになった。
「お兄様……お兄様……!」
銀髪の幼い美少女はタノア=マギナリア。惑星ゼロの中では最も魔法技術が発展したマギナリア王国の王女である。マギナリア人は大きな魔力を持つが、その中でも特に大きな魔力を持っていたためゴルディーアによって暗黒巨神の魔力タンクと人間爆弾として利用されていた。巧に救われてからは、巧のことを『お兄様』と呼びなつくようになった。
彼女たち6人は連日のようにテレビやネットでバルトロン帝国の人道に反する行為や、惑星ゼロの人々が弾圧を受けていることを訴えていた。日本政府の保護下で自分の国の臨時亡命政府を樹立し、ダイグレイオーと共にバルトロン帝国との戦いの先頭に立った。日本は野党の慎重論で自衛隊を動かせず、地球の各国軍隊の対応も遅々として進まない中で、最終的にはダイグレイオーの協力だけを頼りに惑星ゼロの解放に成功した英雄だ。
6人はネックレス型の自動翻訳機を介して流ちょうな日本語で巧に話しかける。
「お、お前ら……分かったから落ち着け……一旦離れろ……!」
巧はそんな惑星ゼロの英雄である少女たちに、自分から離れるように言う。だが巧の不用意な発言が、クラスメイト達に余計なヒントを与えてしまった。
「おい……なんで佐久間は王女様たち相手にタメ語使っているんだ……?」
「王女様たち、佐久間君と知り合いなの……?」
「なあ、それってもしかしてさ……」
「佐久間君がダイグレイオーの関係者?」
「もしかしてダイグレイオーの開発者?」
「でも佐久間があんなAI作るなんて……」
「ありえないだろ?」
「じゃあ、ダイグレイオーの中身とか?」
クラスメイト達の言葉がどんどん真実に近づいていく。巧の頬を冷や汗が流れる。
「ダイグレイオーはロボットだろ?」
「佐久間君がロボット……?」
「そんな……!」
「ありえない話じゃないぞ……ダイグレイオーがゼロ星に行っていた時期、佐久間の奴学校休んでいたじゃないか!」
「あれ、入院じゃなかったの?」
「佐久間は元気だったろ? 入院なんておかしいとは思っていたんだ……」
「じゃあ、佐久間君が……」
「グレイボーグ……ダイグレイオー……」
クラスメイトが信じられないものを見るような目で巧を見る。
もうここまで来たらどう言い訳してもごまかしようがない。
巧は大きなため息をついて、観念した。
その日は授業どころではなかった。
エレナたち6人は、バルトロン帝国の支配から解放された国の再興のために、留学生として日本にやって来たらしい。巧の通う高校が留学先として選ばれたのは、エレナたちの希望だという。
授業中も休み時間も、エレナたちはクラスメイトどころか学校中の人間に囲まれていた。巧が話しかける隙もない。
一方で、いつもいじめられている巧には誰も話しかけようとしなかった。
ダイグレイオーは謎の巨大ロボとして認知されている。暗黒巨龍や暗黒巨神との激しい戦いの様子はネットやテレビで飽きるほど流され、多くの人間が知る所となっている。
もし、今までいじめていたのがダイグレイオーだったらと考えると、仕返しで踏み潰されるのが怖いのだろう、と無視をされる巧は勝手にそう判断した。巧としては仕返しするつもりはさらさらなかったのだが。
結局その日、巧はエレナたちに話しかけることなく下校した。
その日の夜、官房長官の定例記者会見において、惑星ゼロの6人の王女たちが、留学生として日本の高校に通うことが発表された。
そして同時に、ダイグレイオーはAI搭載のロボットではなく、人間をデータ化して合体させたロボットであることが公表された。そしてその中の人間が、高校生の少年であることも併せて公表された。プライバシー保護のため、少年の名前や住所は伏せられた。
……はずだった。
・グレイブレス
グレイシステムコントロールブレスレット。
レーザー通信でコアバードを召喚し、『マスター』である佐久間巧はグレイブレスを介してデータ化し、合体ができる。
・コアバード
グレイシステム第1機動兵器。鳥型のメカ。全長約2m。
データライズ光線を佐久間巧に照射し、内部に取り込んで合体することで第1メインシステム・グレイボーグに変形する。
・グレイボーグ
グレイシステム第1メインシステム。全高0.18m
コアバードと佐久間巧が合体し、人型に変形した姿。
バルトロン帝国との戦いの中では、この姿で政府との調整やマスコミ対応をしていた。