6(化け物)
「その税とやらは、家で作るやつだろう」
「まあ、そうです」役人は手にした猪口を口元に近づけた。鼻を刺す強い酒気に怯んだが、そんな気配はおくびにも出さなかった。底に引かれた藍の目が、どうにかすると挑発して見えた。
「濁り酒ではないぞ」男は一息で猪口を干した。
「ははぁ」成程。役人は感心したように、「つまり、自家製に当たらない、と」
む、と男は頷いた。分かっているな、と役人は思った。「ならばなおのこと」役人は続けた。「一度、市場に出たら、家のことだけ、と云うことで済まされない」
「酒造りは神の領分だぞ」
「飲むのは人の世です」
「この石頭が」男が睨んだ。「役人、お神酒だ。これに税とは無粋が過ぎる。見逃せ。杓子定規で世間が廻るか」
「廻すために、四角四面でなければいけない。ならぬものは、ならぬのです」
猪口は干される傍から、酒が注がれた。とにかく強い酒であった。男の姿が二人に、四人に増えた。「まだだ」相手の呂律の怪しさから、勝負は拮抗していると判断するくらいには大丈夫だ、と役人は更に猪口を干して干して──もう、どうにでもなれ。
その通りになった。
「へっくしょい」くさめで目覚めた。寒い。震えが止まらぬ。呑み比べと云う、まこと下品で破廉恥な真似に引きずり込まれたことを酷く恥じた。それにしてもこの寒さはなんだ。
役人は躰を起こし、外に出て仰天した。新しい社とは程遠い、朽ちた社であった。気味の悪い思い抱いて境内に出ると、いっそう強く身を切る冷気にさらされた。薄暗く、ぼんやりと霧に沈んだ村に人気はなかった。
いったいどうしたことか。宿酔で痛む頭と、咽喉に渇き癒すのに、水を求めた。「誰かおらぬか」返事はない。「誰か!」
そこに、とす、とす、と小さな餅を落とすような音がして。鈍色の世界に墨を溶いたような和装の娘が、色取り取りの手玉をひとつ、ふたつと投げていた。声をかけようと近寄れば、手玉がみっつに分かれ、よっつ、いつつと、終いには十余りに増えている。いや、もっとある。面妖な。着ている物も、喪服の類いでなかろうか。普通ならば美しいと形容される射干玉の黒髪さえ気味が悪い。しかし、「これ、」やっと声をかけてみれば。「はい」娘は顔を上げ──縦に長くぱっくりと割ったような異様な瞳で役人を、カエルのように射すくめた。
*
「人を化け物のように」娘はむすっと云う。
「その通りでないか」と、治郎は云うが。どうにも釈然としない。未だ酒の抜け切れぬ息で、よくもまぁ。「そう云うことでない」両手でぽかぽかと、朴念仁を叩いた。
「やめやめやめ」境内の中、笑いながら逃げる声を、娘は拾って追いかける。
古く傾いた社は、年明けに取り壊される。岸の向うでは、新しい社の仕上げをしているところである。それが終われば解体され、舟に乗って島に渡る。




