5(お目溢し)
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秋も深まり、季節は移ろい、冬が訪れた。役人がやって来るとの知らせは、師走に入って直ぐに届いた。税の徴収である。軍費に充てると云う。鉄砲が必要ならば、酒を断つことも出来まい。酒造税、つまり自家酒造はご法度である。
村長は、無い袖は振れぬと首を横に振った。が、どうにも歯切れが悪い。風来坊がしつこく問い質すと、長い長い溜め息の末に、「社殿改築の金を作った」。
なんてことか。村ぐるみで酒を流したか。
一荷、二荷ならまだしも、色気を出して結構の量を船に積んだ。澄んだ美しい(そして強い)酒は、誰が呼んだか「冴え般若」。目に付かぬことがあるものか。
「阿呆か」治郎は傾いた社の先に、娘と並んで座り、ことの次第を一言で片づけた。しかも年の瀬のこの時期に。「へっくしょい」くさめが出た。「借金取りか」娘が笑った。
治郎はその言葉にハッとした。洟を啜って、「歓待してやろう」大きな口で、にっ、と笑った。
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時間との勝負であった。日々夜々と、社を組み上げ、形にした。と、一息つく間もなく、役人が到着した。銀縁メガネのひょろりと若い痩せ男であった。
「これはなんですか」と役人が問う。
「祭です」何か問題でも、と村長が答える。「新しい社殿を祝い、新年に備える」
「酒のない祭がありますか」
すると村長は、すうっと目を細め、「我らは、新しい社殿にて禁酒の誓いを立てました」
「そんな莫迦な」役人は信じなかった。「立ち入りさせていただきます」
困る困る、と一応は止めた。しかし、この若い役人、かえって躍起になった。
社の中は、真新しい木の香りに満ちていた。
「誰だ」訊ねたのは白衣に浅葱色の袴を着けた神官姿の大男であった。白磁の酒甕を抱えている。やっぱり。役人は思った。まったく悪質極まりない。
役人は道理を語って聞かせた。男はフムフムと頷きながら、猪口をぐいと渡してきた。甕と合わせたものであろう、しみのない真っ白な寸胴で、底に藍で同心円が重ねて描かれていた。
──余談になるが、これは「蛇の目」と呼ばれる、割と一般的な図案である(家紋にもある。ミシンにもある)。祖母によると、猪口の底に描かれたものは、酒の色を見るのに使われるそうな。
役人は、「いや結構」仕事中なので、と、辞退した。しかし、「無粋な」と、男は取り合わない。「めでたい席には多少ならずとも、お目溢しがある」
役人は躊躇った。男はせせら笑った。「何も知らずに来たと云うのか。手ぶらで帰ると云うのか」
「いいでしょう」
「よし」
杓で、ふたつの猪口に酒が注がれた。




