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甘党男子の責任

作者: 御堂

カエから話があると呼び出された時、俺はとうとう来たかと思った。



仕事の忙しさにかまけて、自分の女に時間を割けられず、挙げ句のはてには去られると言うのがパターン化していた。



最初は議員秘書何て言う特殊な職に理解を示していた女も、聞きしに勝ると言うか、実際に目の当たりにすると途端にごね始める。



こんなはずじゃなかった。



もう少しどうにかならないの?



どの女も台詞は決まっていた。



だから最初に言い含めておくのに。



そこから別れに至るまでは一種のカウントダウンだ。



時間のあるときで良いから、或いは今すぐに来てと呼び出され、酷いときはメールで一言「別れましょう」とくる。



カエはどう切り出すつもりだろう…?



ふと、一月ばかり逢えてない現在の恋人の顔を思い浮かべる。



自分は自分というスタンスの女だ。



束縛もなかったし、過剰なメールや電話攻撃もなかった。



俺が一言忙しいと言えば、笑って頑張ってなんて言われたりもした。



愛情が希薄なのかとも思えたが、それでも関係を解消しなかったのは、適度な距離が心地よかったからだし、それぞれに依存もせずに自立できていたからだとも思える。



それに。



カエはどう思ってようが、俺は俺でそれなりに好意を持っていたからに他ならない。



(また、か…)



アクセルを踏む足が自然と重くなる。



カエの家が近づいてくるに従って、心も重く沈んでゆくのを感じながら、ふと目についたスーパーに車を入れた。



「キムチでも買っていってやるか」



辛党のカエのために。



ご機嫌取りのような真似事は好きじゃないが、てっとり早く気を紛らわせるにはコレが一番いいような気がした。



超甘党の俺からしてみれば、どのキムチも似たり寄ったりにしか見えないが、ずらりと並んださまざまな種類のキムチの中から、カエの家で頻繁に目にするパッケージが目に飛び込む。



それを一つだけ掴むと、俺はレジへと向かった。




2

「遅かったわね、ナオキさん」



約束の時間より一時間も遅れた。



本当はスーパーに寄ってる余裕なんかなかったはずなのに、俺はあえてそれを言わずに靴を脱いで上がる。



買ってきたキムチを手渡すと、カエは驚いたように俺を見上げてきた。



「どうしたの、コレ」



「食いたいだろうと思って」



小さく笑ったカエは、俺を言いながら袋ごと冷蔵庫にしまい込んだ。



コーヒーを用意するカエの背中を見つめていると、少し線が細くなった気がする。



映像制作会社に勤めるカエとは、去年知り合った。



ついている代議士の選挙ポスターの撮影やら、政策PR用のDVDを作るために打ち合わせ時の担当者がカエで。



打ち合わせを重ねるうちに、食の好みが真反対だというところを知って、何度か飲みに行き、そして付き合うようになった。



職が違うとはいえ、カエも激務をこなしている。



俺よりも2歳年上のカエは、その会社でも上の方のポジションにいるから、現場と経営にも関わるようになってしまって、だから生活も不規則だと嘆いていたのを思い出した。



「忙しかったのよね?そんな時に呼び出してごめんなさい」



コーヒーカップの横にミルクとシュガーポットを置いたカエが、申し訳なさそうに俺を見る。



「忙しいのはお互い様だろ」



「うん、まあ、そうだけど」



なるべくカエの顔を見ないように、砂糖をたっぷりとコーヒーに入れてかき混ぜる。



歯切れの悪い話し方が気になって顔を上げると、カエはさっきキムチを入れた冷蔵庫を開けて何かを取り出すところだった。



「今日、これを焼いてみたの」



そう言いながら見せてくれたのは、ワンホールのベイクドチーズケーキ。



「美味そうだな」



「ふふ。ナオキさんならそう言ってくれると思ったわ」



嬉しそうに笑いながら、包丁で切り分けるカエ。



大き目のピースを俺用に取り分けてくれると、珍しいことに、小さめのピースを自分の皿に取り分けてしまった。



「…食べるのか?」



「うん。…一緒に食べようと思って作ったし」



はにかんだように笑いながら俺にフォークを手渡してくれたカエ。



ふと視線をずらすと、ケーキ皿の隣には水の入ったグラスが置かれていた。



「コーヒーは良いのか?」



スイーツなんか滅多に口にしないカエは、それでも無性にクッキーやシュークリームを欲する時があった。



その時に必ず登場するのはブラックコーヒー。



今日のチーズケーキのお供にも当然あるはずなのに、俺に出しただけでカエは自分には淹れたかったようだ。



水を口に含んだカエは、気まずそうに俺から視線を外す。



それだけで話の方向性が「あまりよくない」事だけは何となくわかった。



「とりあえず、食べましょ?」



「話があるんだろ」



「そうだけど。ナオキさんに一緒にお祝いしてもらいたいから」



だからまず食べましょ。



そう言ってカエは、フォークを取り上げて小さく笑った。



3

「お祝い?」



「それも後で説明するから。ね?」



カエの作ったベイクドチーズケーキは甘さが控えめで、ハッキリ言えば俺好みではなかったが、一緒に食べられるギリギリの線を行っていた。



それでも美味いと口にするのは、スイーツを滅多につくらないカエが俺との時間のために作ってくれたからで、他にも上げれば、カエが自分で作ったくせに一生懸命にケーキを口にしていたからだった。



ケーキの甘さがかなり控えてあるので、俺はコーヒーに砂糖を追加する。



甘ったるいカフェオレでケーキを流し込んでいると、カエと目があった。



「話って?」



「…うん」



水で口をさっぱりさせたカエが、コースターにきちんとグラスを置きなおす。



「あのね、ナオキさん」





―――赤ちゃんができたみたい…





そう呟いたカエは、嬉しさ半分、戸惑い半分といった表情をしていた。



「赤、ちゃん?」



間抜けな聞き返しだったと思う。



それでもカエは大きく肯いてから、口を開いた。



「それを一緒にお祝いして欲しくて」



「まて、お祝いってそれは…」



「ああ!結婚して欲しいとかそういう事を言ってるんじゃないのよ??ただ、赤ちゃんができたことが嬉しくて」



「嬉しいって、それは…」



「もちろんナオキさんとの子よ」



ニッコリと笑ったカエが、小さな命が宿るお腹をそっと撫でる。



「…本当に、嬉しくて…」



「カエ」



俺は今どんな顔をしているんだろう。



カエのお腹に宿った新しい命。



でも一生涯を共にする契約は交わさなくてもいいというカエ。



全ての感情が現実に追いつかない。



カエが母親になると言う事は、俺は…父親になるという事で。



でも俺と結婚するつもりはないと言うカエは、じゃあ一人で育てるつもりなのか。



グルグルと駆け回るカエの言葉に、俺自身は混乱し始めた。



カップのカフェオレを掴んで一気に飲み干す。



普段の倍くらい甘い液体が、口内を満たして喉を駆け下りていく。



収拾のつかない言葉の渦と感情に言葉を失くしていると、カエに腕を掴まれた。



「ナオキさん、お願い。この子を産ませて?」



「…」



「ナオキさんの邪魔はしないから。だからこの子を私にください」



俺の腕を掴んだまま頭を下げるカエを呆然と見下ろす。



「俺の邪魔??どういう意味だ?」



わけが分からないまま、カエに声をかけると。



顔を上げたカエは泣いていた。




4


「カエッ」



怒鳴るつもりは無かったが、泣き始めたカエを目の前にするとどうしていいのかわからなくなる。



肩を抱いてリビングのソファに座らせると、俺はその隣に腰を下ろして落ち着くのを待った。



「…ごめんなさい、こんな時に」



「別に構わない。でもちゃんと説明してくれ。邪魔ってどういう意味だ」



「…」



一瞬だけ黙り込んだカエは、ラグに目を落として呟く。



「だって…ナオキさんは、そんなに好きじゃないでしょ?私のこと…」



「!?」



反射的にカエの顔を覗き込むと、濡れた瞳とぶつかった。



「なんでそう思う?」



「性格的な事もあるんでしょうけど、かなりドライだし。逢えなくてもナオキさんは平気みたいだったから」



「四六時中カエの事ばかり考えるワケにもいかないだろう」



「そうだけど…。それに…将来、政治家になるって夢も知ってるから、だったら結婚相手も選ばなきゃいけないんでしょ…?」



「…それは二世議員とかの場合だ。俺には関係ない」



「それに」



「まだあるのか」



「逢えなくて寂しくても、この子がいればもう私は大丈夫だと思って」



「…!」



カエにここまで言わせるまで、俺は気づかなかった。



「…寂しかったのか?」



顔を赤らめたカエが、照れくさそうに肯く。



「当たり前でしょ?好きな人とはずっと一緒にいたいじゃない」



「…じゃあどうして責任とれって言わないんだ」



俺の言葉に、カエが軽く睨んでくる。



「だからそれは…!」



「恋人と言うポジションはあまり俺に向いてないようだ。でも夫や父親としてならカエからの評価も変わるんじゃないかと思ってる」



「…え?」



背もたれから身体を起こしたカエが俺を見る。



「カエ。お前が自立した女で、男の手なんか必要としてないのは十分わかってる」



「…自立っていうか…」



「だが子供の父親は俺だ。父親って言うのは男がなるものだろう?女のカエには無理だ」



「…ナオキさん」



涙が浮かび始めた瞳。



カエの顔がゆがみ始める。



「言え。寂しさのあまり、変な事を考えた責任とれって」



ポロポロと頬を滑り落ちる涙を、カエの細い指が必死に拭い取る。



「ナオキさん…いいの??」



「良くない事は言わない。それはカエも知ってるだろう」



鼻を啜り上げたカエが必死に笑顔を作る。



「…責任、とってくれる?」



俺は笑えてるだろうか。



今まで見てきたどんな笑顔よりも眩しいカエの微笑みを前にして。



俺は今までにない安らぎを感じる。



来る前までに感じていた鉛のような重苦しさは、みじんもなかった。



「もちろんだ。結婚しよう、カエ。お前も子供も、ずっと俺のものだ」



甘くないチーズケーキの味がするキスを交わす。



嫁と子供を一気に手に入れたが、一つだけカエに忠告はしておかなければならない。



甘さは大目に。



辛さは控えめに。



料理も生活も、こうでなくては。





おわり


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