入学前の受難 後
名前と苗字の前後入れ替えました。あと、一話の序盤も話の流れ的に修正入れました。
何か他に修正が必要な点があったら感想でお伝えください。
カインはアグリットの言葉を聞いて、混乱していた。目の前の美女の発言に頭の理解が追いつかない。カインは部屋に入る前と同じ様に深呼吸して、一つずつアグリットの発言に質問を投げかけていく。
「えっと、学院長が師匠の夫というのはどういう事ですか?」
「そのままの意味さ、この姿では信じられないかもしれないがね」
アグリットはどう見ても女性だ。夫なのに女性、そして先程の発言からカインはあることに気づく。
「まさか、僕と同じように性転換ポーションを....!」
「その通り! あのポーションは私がモーリスに頼んで作ってもらったのよ」
そう言ってにっこりと笑うアグリットはどう見ても元男には見えない。モーリスの知り合いということは、見た目通りの年齢でない事はカインも察しが付いていたが、アグリットを見るに相当前から女性の姿になったのだろうとカインは感じた。
「あの、頼んだということは自ら女性の姿になったんですよね?」
「そうよ、若い頃からずっと悩んでいてね。夜な夜な隠れて女装して気を紛らわしていたのだけれど、モーリスに見つかってね。そしたら彼女、“そんなに女になりたいなら私が女にしてあげる” とか言って本当に女にしてくれるんだもん。当時は本当にびっくりしたわ」
笑いながら答えるアグリットにカインは苦笑していると、その表情を見てアグリットは申し訳なさそうな表情をする。
「だからごめんなさいね、間接的とは言え、私が貴方をその姿にする原因を作ってしまって」
再び謝るアグリットにカインは恐れ多いといった様子で返答する。
「そんな、謝らないでください学院長。学院長のせいだなんて全然思ってないですから!」
「そう言ってもらえると助かるわ。今日はあいにく非番なのだけれど、明日あなたの身体を専門家に診てもらえることになっているわ」
「てっきり学院長が診てくれるのかと思っていたんですが、もしかして師匠の知り合いはもう一人いるんですか?」
「ええ、この学院の保健医をしているの。腕は確かだけど、ちょっと変わってるから気をつけてね」
師匠の知り合いは変わり者しかいないなとカインは思いつつ、明日原因が分かるとあって期待に胸を膨らます。事実、胸部は程よく膨らんでいるのだが。
「この話は一旦やめて、今後の学院生活についての話をしましょう。」
カインは真剣な表情で頷く。明日から学院に通うのだ、それも女子として。一応女の振る舞いというものを一通り学んだカインであったが、それでも問題は多い。幸い学院長が事情を知っていることから多少の便宜は計ってくれるとは思うカインだが、まだ不安は残る。そのカインの心情を理解してか、アグリットも神妙な顔つきで話を続ける。
「まず、カイン君には女子生徒として生活してもらう訳だけど、同時に男子生徒としても生活してもらいます」
「へ?」
「まぁ聞いて、カイン君がその姿になったのは一ヶ月くらい前よね。実はその時には手続きが終わってしまっていて、もう変更できなかったの。だから別生徒としてカイン君は入学してもらうことにしたわ」
「じゃあ、二人の生徒を演じるって事ですか?無理ですよそんなの!」
「落ち着いて、確かに普通は無理よ。だからね、男のカイン君は特別特待生として入学させるわ」
「特別特待生?」
カインが首をかしげると、アグリットはカインに説明を続ける。
「普通の特待生は学費の免除だけだけど、そこに授業の完全免除と自由登校をつけるわ。もっとも、月に一度は登校してもらうけどね」
「それって学院に通う必要ありませんよね?というか、そんなこと認められるんですか?」
「大丈夫よ、私の口添えとモーリスの弟子ということもあって許可は下りているわ。まあ、かなり強引だったけどね」
職権乱用なんじゃ...と思うカインだが自分のためということもあって口には出さない。
「それよりも問題は女子生徒として入学する方よ。既に男の方はモーリスの弟子だと学院側に知られているから、女の方は私の弟子ということにしたわ。名前はアイン、身体が弱くて学院に通えなかったという設定よ」
「アインですか、分かりました。カインとして登校するときは、体調不良で休めば良いんですね」
「その通りよ」
いい設定だとカインは思った。元々病弱で体調不良なら怪しまれる事も少ないし、少しは鍛えたとはいえ、余り運動の得意でないこの身体も都合がいい。
カインは納得すると、今度は別の疑問を投げかける。
「男として登校するときはどうするんですか?僕はこんな姿ですし」
「それについては見てもらった方が早いわね、ちょっと待ってて」
アグリットはそう言って立ち上がると呪文を唱え始める。
「幻影よ、我に纏い、現世の姿を惑わせたまえ」
アグリットが呪文を唱えると、アグリットの姿が歪み、水色の髪の男の姿に変わる。
「ふぅ、この姿は久し振りね」
男のアグリットは整った顔立ち、イケメンだった
「それが男の姿の学院長ですか?」
せっかくイケメンなのにオネエ口調に違和感をカインは感じた。
「そうよ、魔法名はイミテーション、幻影を自身に纏う事で姿を変える干渉系の上級魔術よ。昔、女装する時に男の姿だと見栄えが悪いから造ったの。もっとも、高度な魔力制御が必要なのと汎用性が高いから悪用されかねないのが難点だけどね」
上級魔術、それもかなり有能な魔術を女装するためだけに作ったと聞いて、カインはこの人もかなり変人だと内心呆れる。
「なるほど、これを僕にかける訳ですね」
「ええ、最初は私がかけるけどカイン君にも覚えてもらうからね。モーリスから聞いているわよ、魔力制御に関してはピカイチらしいじゃない 」
「いえそんな、むしろそれだけなんですよ。僕は殆どの属性魔法は中級までしか使えないんです。適性があまり高くないようで」
「あらそうなの、珍しいわね。普通一つは適性の高いものがあると思うんだけど」
「只の村人が魔力を持つ事自体珍しいんですから仕方ないですよ、代わりに師匠からいくつか特殊な魔法を教わりましたし」
「あらそれは楽しみね」
そういって二人が笑い合っていると扉をノックする音が聞こえる。アグリットが‘‘どうぞ’’ と言うと、扉が開かれ、少女が水色の髪を揺らしながらが入ってきた。
「レイス、ちょうどよかった。彼がカイン君よ。カイン君、彼女は君のルームメイトになるレイス」
カインは目の前の可愛らしい少女が自分のルームメイトだと言われギョッとする。
「学院長!ルームメイトってどういう事ですか!?」
「彼女は私の曾孫か玄孫だったかな?まあ直系の子孫に当たる。ああ、モーリスとの子孫ではないわよ、彼女との子供はいないからね」
「そういう事ではなく、女の子とルームシェアするなんてダメですよ!」
「しかし、この学院は全寮制よ、あと君のことをフォローする役が必要でしょうし。レイスにはもう全部話して了承も得ているし、ねえレイス?」
そう言ってアグリットはレイスへ確認を取る。が、レイスは怪訝な表情をしながらアグリットに冷たい視線を向けて予想外の言葉をこぼす。
「いや、貴方誰ですか?」
冷たい視線を向けられながら知らない人扱いされたアグリットはゴフゥと言って心臓を押さえる。そして幻影を解いて元の姿に戻る。
「私よ私!アグリット!」
「ああ、アグリお爺様でしたか。男の姿は初めて見たので気付きませんでした」
無表情で淡々と話すレイスにカインはとっつきにくそうと感じていると急に視線をこちらに向けられ固まってしまう。
「初めまして、私はレイス=アーノルド。一応公爵家の次女になります。」
カインは公爵家と聞いて、慌てて挨拶する。
「僕はカインと言います。レイス様」
カインは膝をつきながら挨拶をすると、レイスはそんなカインの行動に溜息をつく。
「そういうのはやめて下さい、公爵家の人間以前に、私はあなたと同じ見習い魔術師ですし、これから同じ部屋になるのだから様も要らないです」
カインはレイスの言葉に驚くと、それを見てアグリットはニヤリと笑う。
「驚いてるって表情ね」
「ええ、貴族様はもっとその、尊大な方なのかと思いました」
「大体の貴族はそうだけどね、彼女は違うわ。無愛想だけどちゃんと人を見て判断できる子よ、じゃなかったら貴方とルームメイトにはしないわよ」
「それとこれとは話が違っ...」
カインがそう言いかけると横からレイスが割って入る。
「私とじゃ嫌なの?」
「いえ、そういうそういうわけでは...」
「決まりね!カイン君はこれからレイスに寮まで案内してもらってね!明日の朝、入学式の前にここにきて頂戴。入学式は男の姿で出てもらうから、イミテーションをかけるためにね」
カインはそう言われ、部屋を追い出されてしまう。どうしようと溜息をつくと、横からレイスに声を掛けられる。
「寮まで案内するからついて来て下さい」
後ろを向いて歩き出すレイスをカインは慌てて追いかける。カインは、後ろで一つにまとめた髪を揺らしながら歩くレイスの後ろについて行きながら、気まずさを覚える。なんとか話し掛けよう思うが、どうしても気後れしてしまうのだ。そうこうしているうちに女子寮の門の前に着くと、レイスが思い出したかのようにカインの方へ振り向いて話し掛ける。
「そういえばこの寮、鉄壁の要塞って言われてて、過去一度も男子生徒が入った事がないらしいですよ。侵入しようとした男子は例外なくトラップか女子に直接ボコボコにされて門の外に放り投げられるそうです。だから気を付けてくださいね」
無表情でポツリと話すレイスを見て、カインの顔はみるみるうちに青ざめていくのだった。