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とある見習い魔術師の受難  作者: オレオレオ
第1章 全ての受難の始まりのようなもの
5/21

ことの始まり 結

  「完成じゃぁぁーー!」


 カインはモーリスの声で飛び起きた。カインはポーションが出来るまで丸一日、 モーリスの家で待っていた。理由は一刻も早く元の姿に戻りたいのと、母親から逃れる為である。

 ちょうど真夜中に差し掛かった頃、モーリス特製、性転換ポーションは完成した。カインは待ちに待ったポーション完成に歓喜していた。


「師匠、これで元の姿に戻れるんですね!」


「ああ、その筈じゃ。ほれ早く飲め」


 そう言ってモーリスはカインにポーションの入ったフラスコを渡す。しかし、受け取ったカインは先程の喜びの表情ではなく苦々しい表情をしていた。


「これを本当に飲むんですか?」


「何を言っとる、当然じゃろ。あんなに待ち望んでいたのに急にどうしたんじゃ?」


 カインはポーションを見て、不安になっていた。ドロリとした紫色の液体に謎の刺激臭は正直、毒薬にしか見えない。カインの本能はこの液体を飲むことを拒絶していた。

 しかし、カインは意を決してそんな本能を無理やり抑え、鼻をつまみ、無理やりポーションを胃の中に流し込む。


「うえぇぇ.....」


 思わず吐きそうになるカインだったが、次の瞬間猛烈な痛みが襲ってきた。身体が引き裂かれるような痛みと内側から湧き上がる熱にカインはその場に倒れこむ。モーリスがカインの方へ駆け寄って来たがカインの意識はゆっくりと途絶えていく。



 カインが目を覚ますと、そこはモーリスの家のベットの上だった。カインはまだ靄がかかった頭を懸命に働かせ、状況を整理する。


「そうか僕は倒れて....」


「おお、目が覚めたか」


 そうカインに声を掛けたのはフーデルクだった。彼はイスに座りながら本を読んでいることから、カインは自分のことを看ていてくれたことに気づく。


「有難うございました、フーデルクさん」


「気にするな、モーリスの準備を待つついでだ。それよりも身体の方に何か異常はないか?」


 フーデルクの言葉にカインは慌てて自分の身体を確認する。胸に膨らみは無く、身長も伸び、身体には程よく筋肉が付いている事がわかる。カインはベットから起き出し鏡の前に移動する。そこに映るのは紛れもなく、元の自分の姿だった。カインは胸の奥から込み上げてくるものを感じながら腕を上に伸ばし叫ぶ。


「戻ったぁぁーーーーーー!!!!!」


 カインが元に戻ったことに歓喜していると、それを見たイスに腰掛けたフーデルクは苦笑をこぼす。


「その様子だと大丈夫のようだな。これで心置きなく同胞の元に迎える」


 フーデルクは憑き物が落ちたような表情でホッと息を吐区と、それと同時にモーリスが部屋に入ってきた。

 モーリスの目元には深いクマが残っていた。背中にはドラゴンの治療のための道具が入った大きなリュックを背負っていた。おそらく、ポーションが完成した後も寝ずに準備していたのだろう。モーリスは疲れた顔をしながら、カインに声を掛ける。


「目が覚めたか、どうじゃ調子は?」


「もう大丈夫です。身体もこの通り!!」


 そう言ってカインは両腕を広げる。モーリスはそんなカインの姿を見て満足そうに頷く。


「うんうん、成功してなによりじゃ! 正直、最後に作ったのがかなり前だったからのう。流石の儂も少々不安だったんじゃ」


「失敗したらどうするつもりだったんですか!」


 カインは顔を青ざめながら声を荒げる。先程まで喜んでいたのとは打って変わって、自分が飲んだものが不安要素の塊だったことに今更ながら鳥肌出てくる。


「失敗しても死ぬようなものは入っておらんし、それに成功したんだから良いじゃろ別に」


「そういう問題じゃ、だいたいなんでそのことを言ってくれなかったんですか?」


「言ったらお前飲まんじゃろ」


「それは...そうですけど」


「終わり良ければすべて良しじゃ!」


 そう言ってモーリスは高らかに笑う。そんな師匠を見てカインは呆れた様子で溜息をつく。

 そんな二人を見て笑っていたフーデルクだったが、二人の会話がひと段落すると、急に真面目な顔をして口開く。


「モーリス、カインのことも解決した事だし、見たところ準備もできたようだな。早速で悪いが、出発したいんだが」


「分かった、と言いたいところじゃが、やっぱり少しだけ休ませてくれんかの?流石にこの状態でお主に乗るのはちょっと...」


 カインはモーリスの顔を見て、あの状態では確実に途中でグロッキーな状態になるだろうなと思ったが、フーデルクは首を横に振った。


「ダメだ、既に三日も経っている。これ以上は待てない、一刻も早く同胞の元へ向かわねば」


 モーリスはフーデルクのその言葉に仕方ないとばかりに頷く。カインは師匠の顔を見て同情しつつ、苦笑する。



 カインは外で二人の見送りをしていた。外は、ちょうど朝日が登ろうとしていた。既に龍形態のフーデルクにモーリスが乗っている。モーリスの顔は移動のことを想像しているからか青ざめていた。そんな師匠の顔を見てカインは労いの言葉を掛ける。


「師匠、その、頑張ってください」


「ああ、ありがとうカイン...」


 モーリスは一応返事はするが、顔色はどんどん悪くなるばかりだ。カインはそんな師匠の表情を見て、不安そうにしていると、それを見て、今度はモーリスが口を開く。


「カインよ、この依頼、かなり時間がかかるかもしれぬ。お前の入学までに帰ってこれんかもしれん」


 モーリスの言葉にカインは思わず身体を強張らせる。モーリスは優れた魔術師であり、薬師でもある。それは以前、流行り病から村を救ってくれたことからよく知っている。そんなモーリスが一ヶ月以上掛かるかもしれないという事にカインは緊張を隠せないでいた。そんなカインの状態を見て、モーリスは優しげに告げる。


「安心せよ、お前の魔術の腕は同世代の中でも優れた部類に入る。知識だってこの五年で出来る限りのことを教えた。仮に戦う事があっても早々負けることはない」


 カインは師匠の言葉に無言で頷く。


「いいか、カインよ。魔力を持って生まれてくるものはそう多くない、故に魔術師というものはどうしても自分が優れた人間だと勘違いして傲慢になるものが多い。だが、それは違う。そのことを忘れるなよ」


「はい師匠!」


 カインは師匠の言葉を胸に受け止め、しっかりと返事をする。


「別れ話済んだか、ではそろそろ行くぞ。」


 フーデルクはそう言うと、翼を広げ、ゆっくりその巨体を浮かび上がらせる。モーリスはその揺れに口を手で押さえながら、カインに最後の忠告をする。


「いいか、魔術師になるものは貴族が多い。奴らの大半は傲慢で実力が伴っておらん。バカにしてきても気にするでないぞ。何かあったら学園にいるわしの知り合いを訪ねるんじゃ!」


 モーリスがそう言い終えると、フーデルクはその巨体からは信じられないくらいのスピードで飛んで行ってしまった。カインはそれを見えなくなるまで見送ると、静かに家主のいないモーリスの家へと入って行った。

 カインが家の中に入ると、以前よりも妙な違和感を感じた。いつも研究に使っていた部屋に入ると、カインはその違和感の正体に気づく。


「なんか急に広くなった気がするなぁ」


 部屋にはポーション作成に使った道具などが広がっていた。それ以外はいつもと対して変わらない部屋にも関わらず、その光景を見てカインはなんとなく寂しさを感じる。

 モーリスが五年前にこの村に来てから、買い物や遠出の用事で二、三日出掛けることはあってもモーリスが一ヶ月以上村を離れることはなかった。カインは弟子として五年間ほぼ毎日モーリスの家に通っていた。つまり、カインがモーリスと長期間会わなくなるのは初めての経験だった。その事実に気づいたカインはより一層寂しさを感じる。モーリスに出逢うまではただの村人であったカインにとって、モーリスと共に過ごした五年間はかなり特別なものだった。未知の知識や魔法を覚える毎日はカインにとって驚きと楽しさに満ちていた。


「ただ、離れるのが一ヶ月早まっただけじゃないか」


 思わず感傷的な気分になっていたカインは、首を横に振って意識を切り替える。


「よし!まずは片付けと掃除だ!!」


 カインはそう言って散らばったままの道具に手をかけた。




 カインはその後、モーリスの家を隅々まで綺麗に掃除、整理整頓した。モーリスがいなくなったのをいい機会だと感じたのと、これから自分がいなくなった後に整理を任されている弟たちの為である。危険な薬品などを分けて、自分のような事にならないようにする為にかなり細かく分類しそれを分かりやすく、紙に書き記しておく。これは帰ってきたモーリスが場所が変わっていても位置を分かるようにする為である。

 モーリス達と別れたのが明け方だったのにも関わらず、整理が終わったのは丁度正午に差し掛かる。カインはお昼にしようとキッチンで食材の確認をしていた。その時、カインの身体に本日二度目となると激しい痛みが襲ってきた。


「がはっっ! これはまさか...!」


 カインは思わずその場にうずくまる。身体の内側からの湧き上がる熱と痛みはだんだん激しさを増す。意識が飛びそうになるカインであったが、三度目の経験という事もあってなんとか意識を保ち続ける。数秒か、数十分かカインは時間を忘れさせるほどの痛みになんとか耐えていると、段々と痛みが治まっていくのを感じた。痛みが完全に無くなるとカインはフラフラと鏡のある所へ歩いて行く。そして鏡の前に立ち、ゆっくりと鏡の中を覗くと、女の姿をした自分を見つける。


「は、ははっ...アハッハハハハハハハハハハハハハハッッ.......」


 主人のいなくなり、綺麗に整理された家に、カインの乾いた笑い声だけが響いていた。


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