ことの始まり 転 後
朝日が差し込み、外は小鳥のさえずり声が聞こえてくる。カインはベットから起き上がりグッと背伸びをする。心地の良い朝だと感じながら昨日起きたことは夢だったのでは思うカインだったが、自分の胸にある膨らみを見て、直ぐに現実に引き戻される。受け入れ難い現実に気落ちしたが、一日経って頭の整理が出来たのと、少しの辛抱だと思い、服を着替え朝の日課をしに外へ出て出る。
カインが外の井戸で顔を洗い、ストレッチをしていると、弟のメルトがやってきた。
「あ、姉さんおはよう」
「姉さんじゃなくて兄さんだろ、メルト」
「でも今は女じゃないか、間違ってないよ」
「身体は女でも心は男のままなんだよ!」
「はいはい、それよりもいつもの特訓始めよ」
カインはまだ若干不服そうな表情をしながらも、 ストレッチを続ける。メルトは兄の表情をまるで気にしない様子で自身もストレッチを始める。カインは弟のそんな態度に可愛くない奴だと内心思うのだった。
ストレッチを終え、カインとメルトは村の外周を走っていた。ただ走るだけでなく、村の近くにいる魔物や獣を見つけ次第、討伐していく。なぜこんなことをしているのかというと、モーリス曰く、‘‘魔術師といえど魔術だけに頼るのは愚の骨頂’’らしい。実践は体力と魔力と精神力どれか一つでも欠けた者から死んでゆく。魔力は生まれた時点で決まってしまうが、精神力と体力は日々の積み重ねで伸びる。故に、走る事で体力を鍛えつつ、魔物や獣退治をする事で実践慣れしていくのだった。
因みにメルトは、来年に騎士養成学校の入学試験があるため、それに向けてカインと一緒に身体を鍛えている。
メルトは左斜め前方にゴブリンを三体確認する。メルトは走るスピードを速め、肩に背負った刃の潰れた両手剣を持ってゴブリンに襲い掛かる。予想外の強襲にゴブリン達は慌て、一体がメルトの剣によって斬られる。刃が潰れていて傷こそ少ないいものの、横に薙いだ剣の衝撃をもろに受けて木に突撃して戦闘不能になる。メルトは二体目に接近し、上段から振り下ろす。しかし、それを躱され、その隙に三体目が背後から襲いかかる。メルトはそれを紙一重で避け、腰に吊るした短剣を引き抜きゴブリンの首筋に突き刺す。最後のゴブリンは勝てないと判断したのか、その場から逃げ出す。メルトがそれを追おうとした瞬間、ゴブリンの頭が風の刃によって切り飛ばされる。メルトが風の刃がきた方向を見ると、息を切らしながらカインが近づいてきた。
「姉さん、遅いよ」
「に、兄さんだ。メルト」
メルトはカインを横目に見つつ、最初に戦闘不能にしたゴブリンの首筋に短剣を突き刺す。
「今日はやけに遅いじゃないか、その身体のせい?」
「ああ、多分。魔力に関しては変わりないが、体力はかなり落ちてるみたいだ」
カインは走りながら男の身体との違いを実感していた。身長が十センチほど縮み、身体能力や体力に大きな差があるように思う。カインは昨日、母に力負けした理由にようやく気づく。そうして女の身体を不便に感じつつ、走る上で一番問題になっている身体の一部分を見つめる。
「胸が痛い....」
「僕にそんな事言わないでよ」
メルトはめんどくさげにカインの告白に返答する。
カインの胸は豊満とはいかないものの、そこそこ膨らみを帯びていた。それに加え、カインはブラジャーなど持っているはずもなく、ノーブラで走っていたため、痛みを感じるのは仕方のない事であった。
そんなこともあり、早めに走るのを切り上げ、カインは魔力の訓練、メルトは素振りに分かれて朝練を続けるのであった。
カインは訓練を済ませ、朝食を摂った後、師匠の家へと向かっていた。そんな時、村人の中にフーデルクを見つけた。
「フーデルクさん、こんな所で何をやっているんですか??」
「ああ、村の修理の手伝いだよ。昨日のお詫びを兼ねてな」
爽やかな笑顔で答えるフーデルクに、周りにいる女性から黄色い歓声が湧く。龍であり、修理する原因を作った彼が、何故こんなに自然に村にいる事ができるのかをカインは察する。男性陣は多少不満げな顔をするが、誰も龍である彼に文句を言うものはいない。イケメンの力は偉大だなとカインが感じていると、フーデルクが心を見透かすような瞳でカインに告げる。
「 そういう君だって、かなり可愛らしい容姿をしているではないか」
心を読まれたことに驚きつつ、 カインはフーデルクの言葉に首を傾げていると周りの男性の視線に違和感を感じた。昨日の事情を説明した時点で、自分がカインであることを村のほとんどは知っていていた。それなのに妙な視線を送ってくる男共にカインは謎の悪寒を感じた。そんな状況にフーデルクはカインにその視線の理由を伝える。
「カインよ、自分で気付いていないだろうが、お前の容姿はかなり可愛らしい。つい先日まで男だった者が急にこんな可愛いらしい少女になっているのだから変な視線を送ってしまうのも無理はないさ」
「ぼ、僕が可愛い??」
いまいち自分の容姿が理解できていないカインであるが、パッチリとした目元が特徴的な整った顔立ちに、肩まである黒髪は昨晩母によって艶やかに整えられている。そして程よく膨らみのある胸を見て、美少女だと感じないものはいないだろう。しかし、当のカインはそのことをいまいち理解できていない様子だった。
カインはフーデルクと別れ、モーリスの家に着くとモーリスは謎の素材を釜に入れ混ぜている最中だった。明らかに変な色と毒々しい煙の色にカインは訝しんでいると、モーリスがカインの存在に気づく。
「カインか、すまんが今日は例のポーションを作っているから修行は見られん。悪いが一人でやってくれ」
「それは構いませんが、それが例のポーションですか?本当に飲んで大丈夫なんですか?」
「問題ない、特に致死性のあるものは入れとらんから安心せい!」
「いやそういう問題じゃ...、てか見た目からヤバそうですよそれ」
毒々しいポーション|(途中)を見て、カインはあれを飲むことに忌避感を感じながら、現実逃避気味にずっと気になっていたことをモーリスに尋ねる。
「そう言えば、フーデルクさんはどうしてあんなに人間に対して普通に接しているんですか?正直、とても龍帝には見えないんですが」
龍帝といえば世界に五体しか存在せず、人間の間では半ば伝説とかしている。そんな伝説上の生物がひ弱な人間に自分に非があるとはいえあそこまでする理由がわからないのだ。
モーリスはそんなカインの質問に視線をカインに向け自慢げに答える。
「あやつ自体が人間に好意的だという事もあるのじゃが、何より儂が守っている村だからじゃな!そうでもなければ流石にあそこまではせんわい。」
胸を張りながら自慢げに語るモーリスを見て、カインはじぶんの師が過去に龍帝であるフーデルクに何をしたのかと疑問に思い、師匠の過去がカインの中でさらに謎が深まるのであった。
「師匠、その、今は色々と立て込んでいますが、時間に余裕があった時、師匠が昔どんなことをしていたのか教えてくれませんか?」
「ん、良かろう。時間が空いた時に色々と話してやろう」
以外にもいい返事が貰えたことに驚きつつ、カインはこれ以上ポーション作成の邪魔をしないように外に出て、一人で魔法の訓練を始めるのだった。
訓練を終えた後、帰宅するとそこには母が待ち構えていた。カインは回れ右をして走り出したが、少女の身体に慣れていないため、すぐに捕まってしまう。
「風呂だけは勘弁して!!また洗われるのは嫌だ!!」
「こらっ!暴れないで、大丈夫よ、今なら女湯は誰もいないわ。昨日見たくピカピカにしてあげるから!!」
「今日だけは本当にお願い!明日からまたちゃんと毎日入るから!!
「ダメよ、こんなに汗かいてるんだから!!それに、メルトから聞いたわよ 。湯浴みしたら、ブラの付け方教えてあげるから」
そのまま女湯まで連行され、昨日と同様に洗われた後、ブラの付け方を母親に教授されるカインであった。
そして母に胸のことを話したメルトにふざけんなぁ!と心の中で叫ぶのだった。