一難去ってまた一難
あれから二週間が経ち、アインは割と楽しい日常を過ごしていた。あの決闘の後、三人が見舞いに来て自分の決闘についての解説をされ、ひたすらうんうんと頷く人形状態になっていたアインだったが、それからの生活は割と落ち着いたものだった。それもカインの決闘で学院が話が持ちきりだったからだ。
一日で数十人を相手に負けなしだったというだけでなく、その魔術技能の高さからカインに決闘を挑むと豪語する者は極端に減っていた。
また、対戦相手が殆ど貴族派閥だったため、彼等の学院内での態度はかなり大人しいものなっていた。
対する特待生派閥だが、意外にもこちらも変化はなかった。元々貴族派閥に対抗するために出来た派閥で、やられたらやり返すといったスタイルだった事もあり、学院は非常に落ち着いた日々だった。もっとも両者の間の壁はまだまだ健在だが。
アインは昼休み、アグリットに呼び出され、学院長室を訪れていた。
「用ってなんですか?」
「ちょっと困ったことになってね」
アインはめんどくさそう表情でアグリットに尋ねる。
「せっかく最近落ち着いた生活を送れているのに...、いったい今度はなんですか?」
「今度夏休み明けに行われる学院対抗戦、六校戦の代表を決める大会の学年選抜戦があるのは知ってるでしょ?」
「担任の先生から聞いてます。なんでも人数を絞るために職員から参加者を厳選するんですよね?
「そうよ、それにアインさんが候補に上がったの、勿論、カイン君もね」
学院対抗戦とは我が国、エルドガルド王国と友好国である二カ国から二校ずつ、合計六校の魔術学院で代表者を出して競い合う大会である。学年別対抗戦と学院十魔杖戦があり、それぞれの結果を合計して総合的に最も順位の高かった学院が優勝となる。なお、学院十魔杖の生徒は対抗戦には出場できない。三カ国が長きに渡る三つ巴の争いに終止符を打った翌年から続く、伝統的な大会である。戦争の代わりという側面もあって、まさに国の威信をかけた戦いである。
アインはそれを知ってか、渋い顔をしながらアグリットに尋ねる。
「それは...やっぱり決闘と模擬戦の件ですか?」
「それもだけど、アインさんの方は単純に成績も踏まえてね。結構先生方からの評判がいいわよ?」
「師匠からあらかた教わっているのばかりなので、ちょっと退屈ですけどね」
「やっぱりそうなのね、モーリスったら五年で詰め込みすぎでしょ」
「あははは...」
カインは苦笑いをする。学院での授業は大半がモーリスから教わっていたものばかりだった。修行時代は異常なほど知識を詰め込まれたが、まさか高等科のものまで教わっていたとはと思うと、カインはあのスパルタに納得がいった。
「それで、まさか二人とも参加が決定したんですか?」
「正確にはカイン君だけね、アインさんはまだ未決定。本人の希望次第ってとこかしら」
「成る程、じゃあ断っておいて下さい」
「答えを出すのが早いわね....」
「いや現実的に考えても無理でしょう、カインとアインで当たったらどうするんですか」
「それについては問題ないの、カイン君は選抜戦には出ないから」
アインはどういう事かと首をかしげる。
「カイン君はね、十魔杖戦の代表として出てもらうことになっているの」
「...マジですか?」
「マジよ、現在学院十魔杖の席は空席があってね、カイン君にはそこを埋めてもらう形で代表入りする事になったの。幸い実力は勿論、派閥についても問題無しっていう事でね」
「なぜそこで派閥が関係してくるんですか?」
アインはアグリットの言葉に疑問を感じた。学院十魔杖といえば学院でトップ十名のことを指すものだと思っていた。しかし、アグリットの言い方はそんな単純なものではない様に聞こえる。
「学院十魔杖はただ強ければ良いってわけじゃないのよ、十魔杖は言わば学院の象徴、つまり生徒は勿論教師達からも認められた者でなければ十魔にはなれないわ」
「まさか、そこでも派閥争いが?」
「ええ、貴族と平民の生徒を偏らせると問題でね。現在十魔杖の席は八名しかいないわ。残りの二人は実力的には問題ない生徒もいるのだけれど、それだと特待生に偏ってしまうから」
学院十魔杖は春の代替わり時に、職員と前十魔杖によって決められる。本来ならそこで席が埋まる筈だったが、派閥争いのせいでこの様な状況になってしまっているとの事だった。
「派閥争いってどんだけ根強いんですか....」
「一生徒である貴方に依頼が回ってくるほどよ」
「ただの一生徒にそんな依頼を回さないでください」
「しょうがないでしょ、教師も私も迂闊に手を出せないんだから。それに貴方は普通の一生徒ではないわけだし」
アインはニヤリとしながらそう言うアグリットに肩を落として溜息をつく。面倒な事に巻き込まされてはいるが、アグリットが裏で色々と動いてくれなかったらアインは学院に通う事すら危うかったのだ。恩のあるアグリットにこれ以上文句は言えないアインだった。
「それで僕が十魔杖になるのは分かりましたがもう一人は誰なんですか?」
カインが至極当然の質問を問うと、今度はアグリットはなんとも言えない表情へと変わる。
「これはあくまで内密にね、実はレイスが候補に挙がっているのよ」
「....! 確かに彼女は優秀ですけど、そんなに強いんですか?僕はまだ彼女の戦っているところを見た事がないので」
「実戦訓練は秋からですものね、知らないのも無理はないわ。レイスは実力だけなら問題ないわ、他の十魔は勿論、他学院の十魔杖とも引けを取らないでしょう。ただレイスを十魔戦に出場するのは...」
「何か問題でも?」
「いえ、なんでもないわ。ちょっと家の事情でね」
家の事情と言われてしまうとアインは何も言えなくなる。モーリスの弟子とはいえ、アインは平民に過ぎない、貴族、それも公爵家のお家事情などとなればアインが安易に口に出すことではない。
アインが口を閉じた理由を例のごとく察しの良いアグリットは笑いかけながら話を変えようとする。
「まあ、そこは置いておいて.....、ここまで話して気づいたかしら。私の言った困った事」
「僕が男として十魔戦に出るということは、女として対抗戦に出ている事がバレたら」
「我が校は失格でしょうね」
「なら絶対出ちゃダメでしょう僕!男としてはもう決定ですから女としては丁重に断らせて頂きます!」
「まあまあ、落ち着きなさいアインさん」
アグリットはそう言って立ち上がると、正面のソファに腰掛けたアインの肩をがっしりと掴む。アインが冷や汗を垂らしながらアグリットの顔を見ると凄く悪い笑みを浮かべている。
「要はね、バレなきゃ良いのよ。バレなきゃね」
「イヤイヤ!学院長の言うセリフじゃないでしょう!それは!!!」
「良い?アインさん、我が校は毎年優勝を逃して苦渋を飲まされているの。今年も優勝出来なかったら、最悪責任をとる形で私が学院の座を降りることになりかねないわ。そうなって困るのは誰かしら?」
「ぐっ!まさか自分を脅しの材料に使うとは....」
アグリットがいなくなると新しい学院長が来ることになる。前任のアグリットの弟子であるアインのことは当然調べるだろう。そうなればアインの立場はかなり危うくなる。次の学院長が協力的とは限らないのだから。
「私は使えるものはなんでも使う主義よ。大丈夫よ!だって、誰も一人の生徒が男女両方の生徒を演じているなんて思わないでしょ?」
「...ですが、僕が選抜戦を突破できるとは限りませんよ?」
「何を今更、まだまだ奥の手はあるんでしょ?」
「それは...」
「あら、カマをかけたつもりだったのだけど、まさか本当だとは。これなら心配はなさそうね!」
嵌められたっ!とアインは思った。アインは入学時にアグリットに騙された時の事を思い出す。気づいたらどんどんと選択肢が無くなっていくのだ。アインは満面の笑みを浮かべるアグリットを見て、とんだ悪女だなと肩を落とすのだった。
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