奴隷
現代日本において塩(塩化ナトリウム)はどこででも安価に手に入る最も一般的な調味料のひとつである。
しかし、現在では安価で買うことができる塩も今のような商品経済、交通インフラそして、科学技術のない時代には一般的な経済レベルの庶民にはなかなか手の届かない高級品だったようだ。
そして、そのことはここ異世界でも当てはまるようで。バニラから聞いた話なのでそれほどの信憑性はないが、村の経済状態を圧迫している原因はどうやら塩の値段の高騰にあるらしい。
「‥‥‥ふーん。じゃあ、塩を買うために村で借金してるのか‥‥。」
確かにここは場所が悪い。交通インフラの整備が出来てないから行商人が塩を背負って何日もかけて歩いてくるしかない。多少高くなっても仕方ないと思うが、それでも借金するほど高いというのはどうなんだろう。それに、年々値段が上がっているというのもおかしい。
「そうなんだよ。んだからよぅ、この時期になるとお婆はため息ばかりだ。」
「ん?‥‥この時期‥?この時期に、なんかあるのか。」
「うん、商人って言うのか、そのチンカスどもが金返せ、つってやって来るんだよ。なぁ、モナモカ。いつ来るんだっけ?」
「「来週の石の日なの。」」
そう答えるモナモカは、あいかわらず僕の両膝にちょこんと座って、おとなしくポテチをつまんでいる。ポテチをつまむ手までシンクロしている。
「そうか、石の日か。んじゃあ、今日が剣だから鉄、水、木、石で四日後か。それにしても後四日かぁ、あと四日でモナモカと会えなくなると思うと寂しいけどな。」
バニラが指を折りながら数えている。よくわからないが、どうやら、【山、剣、鉄、水、木、石】という六つの言葉で一週間を表しているようだ。
そして最後になんとも聞捨てならないことを言い出した。
「ち、ちょっと待て、モナモカと会えなくなる。って言うのはどういうことだ?」
「ん?‥‥オレもよくわからんけど、そいつらの紹介で働きに出るらしいよ。」
「‥‥紹介で‥‥?」
「ああ、お婆の話じゃあ『三食昼寝付きだから村で腹を空かしてるよりは良いんじゃないか』って。」
とバニラはポテチをつまみながらお気楽に話しているが。おそらくこれは、とんでもなくやばい話だ。
簡単に言っちゃえば、かなりの額の借金を抱えた貧乏獣人村に商人と言う名の借金取りがやって来てお金を徴収する片手間に年端もいかない女の子達にボランティアのように優良な働き口を斡旋、紹介している、という話だ。そんな話あるはずがない。
「おい、バニラ。‥‥それはモナモカが借金の肩代わりになるってことじゃないよな。」
商人達がそんな一銭の得にもならないボランティア紛いのことをするとは思えない。それとも、そういう形で身受けするのはこっちでは一般的な話なのか。
「アホー!そんなわけないだろ。あのお婆がそんなの許すはずないしな。それにあっちで働いてる犬牙族の連中もけっこういるんだよ。モナモカはそこの手伝いでもするんじゃないかな。」
あっちというのは人間の住む町や村のことだと思うけど、獣人と人間が同じ場所でうまくやっていけるんだろうか。それも人間のテリトリーで‥‥。
「‥‥バニラはその商人に会ったことはあるんだろ?」
「うんにゃ、ないよ。そいつらが来る日はいっつもお婆に村を追い出される。まあ、オレはにんげん嫌いだからな。暴れるとでも思ってんだよ。」
(まぁ、これは決まりだな‥‥‥おそらくモナモカは売られる。人身売買‥‥良くても金銭を介した身受け。最悪の場合はーーー【奴隷】)
こっちの世界に奴隷制度があるのかわからないが、前の世界では奴隷制度が無くなったのは近代になってからのことで、ごく最近まで存在していた。この世界に奴隷が存在していてもまったくおかしな話ではない。
人間というのは太古の昔から肌の色、言葉、宗教、ほんの些細な身体的特徴の差によって差別して暴力や戦いを起こし、時には大量虐殺まで行うような生き物だ。
まして、これだけ身体的特徴に差がある獣人達にこちらの人間が不正な差別や不当な暴力を行っていないとは思えない。人間の社会には差別やヒエラルキーが必要不可欠なのだ。
それにバニラが言っていた人間社会で働いている犬牙族というのも怪しいかぎりだ。その連中も売られた犬牙族の人達という可能性もある。
(バニラは全然把握してないようだが。‥‥十中八九、モナモカは人身売買の対象になっている。それも村ぐるみで。)
それにしてもこんな年端もいかない女の子を。
(‥‥まったく胸くそ悪い。)
江戸時代に行われていたような出奉公的な身受けならまだましだけど、本格的な奴隷商人に奴隷として売られるんだとしたら‥‥。
(だけど、そうだからと言って、僕にいったい何が出来る?)
これは単純な金銭問題だ。相手が商売人ならお金を払えばモナモカは買い戻せる。だけど、今の僕は本当の一文無しだ。どんな貨幣が使われているのかも知らない。そんな僕がこの問題に首を突っ込めるわけがない。
モナモカにはかわいそうだが、ここは見て見ぬふりをするしかない。
だけど、僕はある程度の真相というか仮説をバニラには話ておこうと思い、モナモカを断腸の思いで膝から下ろした。
「‥‥‥バニラ。ちょっとこっちに来てくれ。」
「ん?‥‥なんだよ。ポテチ食ってからでいいだろ?‥‥どうせあれだろ、おっぱいだろ。」
(‥‥そんくらい、匂いでわかるんだよ。)とぶつぶつ言いながら、こっちを見もしない。
「って違うわ!!話があるからちょっと納屋まで来てくれってことだよ!」
「納屋ってお前、おっぱい触る気マンマンまんたろうじゃねーか。んのパワハラ野郎ォ!」
「とにかく、新しいポテチあげるから納屋まで来てくれ。」
すぐに来た。簡単にポテチで釣れた。
モナモカのことも心配だが、あまりにちょろいバニラのゆく末も心配になって来た。
「‥‥‥‥バニラ‥‥。」
「んだよ。真面目な顔して‥‥。」
さすがにバニラも僕の真剣な顔を見て少し身構えた。
「‥‥‥‥バニラ。えーと‥‥これから話すことは僕の仮説だけど、たぶん真実の話だ。落ち着いて、落ち着いてよく聞いてくれよ‥‥」
「‥‥んだから、なんだよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥さ、触ってもいいのかい‥‥?」
「ズコーーッ!!結局それかいっ!」
ズコーーッて‥‥お前、古いな。
要するに、僕はいつものように逃げたんだ。問題から目を反らして見て見ぬふりをした。
子供の頃から僕はなんにも変わっていない。いじめにあって引きこもった、あの時と同じだ。本当に嫌になる、まったく成長していない。
さらに、悪いことに、バニラの聳え立つ双丘を目の前に理性がふっとんでしまい、オラオラ状態になった僕は、ポテチを引き換えにバニラのおっぱいを欲望の赴ままに揉みまくるという大失態を犯した。
そして(その姿は純朴なちびっこセブン達に一部始終見られていた。)このことは黒歴史として僕の心に永久に残るだろう。
◇
「んじゃあな、パルル。オレは来週の木の日にまた来るけど、そん時もよろしくな。‥‥おら!お前らもちゃんとハルヒロにごちそうさましとけ!」
「「「おっぱいのお兄ちゃん。ごちそうさまでした。」」」
(おっぱいのお兄ちゃん‥‥)
この後もしばらく、この(おっぱいのお兄ちゃん)という言葉に僕は苦しめられることになる。まあ、自業自得なのだが‥‥。
そうしてストックしてあったお菓子を全部抱えてバニラとちびっこセブン達は自分の村へと帰っていった。




