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男梅



 朝焼けの空を眺めつつ、ちて久しいかまどに火を入れ、水を入れた携帯用の薬缶を火に掛ける。湯が沸騰するのを待って茶巾着ティーバッグをぶちこみ、数を三百、ゆっくりと数えて待つ。

 かまどの火に照らされて、ナナさんの美しく冷たい相貌がオレンジ色に揺れる。

 

 「‥‥‥ここにはな‥‥かつて栄華を誇った、アルタミラという犬牙族の都市国家があったんだよ‥‥‥」


 ナナさんの言う千年前の犬牙族都市国家の残滓ざんし。それは道とも言えないような獣道の脇沿いにある廃墟と化した石づくりの跡地。大半が緑に侵食されているが、確かに、朽ちかけたかまどと苔むした石畳の跡がある。


 「‥‥‥ここに‥‥都市が‥‥」


 「ああ、だが‥‥人間達に滅ぼされた‥‥。」


 数を数えるのを止めて、ふと、ナナさんの少し寂しげな横顔を見つめた。


 「‥‥ん?‥‥‥なんだ。」


 (‥‥あ、いえ、なんでもないです。)と言いながら、キャンプ用のアルミマグに薬缶から熱々のお茶を注ぐ。直接煮込んだ焙煎茶はほとんど色がないのだが、とても香り高い。湯気を吸いこむと爽やかな茶葉の香りが鼻腔びくうをくすぐる。


 「熱いですから‥‥」


 とマグをナナさんに渡すと、少し顔がほころぶ。

 (ふう、ふう~)と口を尖らせ息をかけてから、ズズと音をたてて、お茶をすする。


 「アチッ!」


 いつもの如くナナさんは不満そうな視線をこちらに向けるが、すぐに、余韻を楽しむようにもう一口、マグに口をつける。


 「‥‥うん、うまい。」


 美味しさにほころぶナナさんの顔を見ていたら、いつもは厳めしい男梅のような顔つきばかりのナナさんの暖かい表情に僕の緊張も少しほころぶのがわかった。


 (‥‥それにしても、なんでナナさんは自身なんの得にもならないのに、こんな面倒くさい僕のわがままから出た助けに応じてくれたんだろう‥‥?)


 魔道血判の効力とナナさんは言っていたが、それだけではないような気がする。


 「‥‥なんなんだ‥‥さっきから‥‥ハル?」


 じっと見つめる僕の視線に気づいたナナさんは、照れ隠しなのか、そう言って、アルミマグに口をつける。


 「アチチッ!」


 (‥‥もう少しぬるくれてくれ。)と言わんばかりの不満顔に思わず(‥‥んふふ‥‥)と、くぐもった笑い声が漏れてしまった。


 「き、貴様ァァ‥‥なにを笑う~?」


 先ほど、ちょっと笑ったために、右フック一発で卒倒させられたむらさきさんの姿を見ている僕は慌ててこう言いつくろった。


 「い、いえ、ち、ちょっとだけ、なんでかなぁ~?と思うことがありましてですね、んはは‥‥」


 「‥‥なんだ、言ってみろ‥‥」


 そう言って、いつものように、握りこぶしをちらつかせるナナさん。


 「あわわ‥‥‥ち、ちょっとォォ、そういう恫喝はやめてくださいよ。それに、なんちゃら血判の効力で僕を傷つけることはできなかったんじゃなかったんですかァ?」


 「‥‥‥‥確かにのォ‥‥じゃが、死を厭わぬ覚悟さえあれば、貴様の蛮行に対し自決制裁を加えることはできるのだと、それが、もののふの心意気じゃと覚えておれッ!!」


 死を厭わぬ、自決制裁‥‥。

 自分の命を賭して、相手の命を断罪すること‥‥もののふの心意気‥‥?

 

 「ーーー慶次かぶきものかよッ!!」


 「ぅん‥‥‥?」


 はい、また完スルー頂きました。前々から思っていたが、(まあ、当然のことながら)ナナさんには僕の渾身の突っ込みが全然通らない。今もバカを見るような(なんだそれは‥‥)というクエスチョン顔で僕を見つめている。


 思わず、(‥‥すいません。)と謝る僕に‥‥。


 「‥‥‥ところで、先ほどの聞きたいこととはなんだ‥‥?」


 「あ、いえ、他意はないですけど、なんでナナさんはこんな僕を助けてくれるのかと思いまして。やっぱり、なんちゃら血判が理由なんですかね。」


 「あったりまえだァ!!おまえのようなカスミミズにそれ以外の理由があると思ったのか、このうつけがッ!!」


 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥お、おふッ。」


 (‥‥恥を知れェ!!)というナナさんの辛辣で意に反した言葉に、僕はぐぅの音も出ずに黙り込む。ナナさんと話していれば、こんなことはいつものことなのに、うつむいていたら、なぜか、小さい嗚咽おえつと涙がじわりと溢れてきた。


 「おふふぅぅ‥‥」


 「な、な、な、なにを泣いておるか。ハル‥‥」


 慌てるナナさんに(おふふぅ‥‥泣いてないですよォォ)と手をブンブンと振ってアピールする哀れな僕。


 「まあ、あれだ、あれ‥‥正直言えば、あればかりではないぞ、うむ、うむ、あればかりでは‥な‥‥ハルにも、ちょっとはな、ちょっとはだぞ、なんというか、良いところも無くはない‥‥というか‥なあ、元気を‥‥‥」


 「‥‥‥‥おふふふ~」


 「‥‥お、おまえ、どういう感情だよ‥‥。」


 泣いていたのに、なぜか、しどろもどろになって弁明している、かわいらしいナナさんに思わず笑いがこみ上げてしまったのだ。


 「‥‥んでも、なんで、アンズさんとむらさきさんを一緒に連れて来なかったんですか?‥‥たぶんですけど、あの二人がいれば相当な戦力になったんじゃないんですか。」


 むらさきさんはわからないが、アンズ婆に関しては、バニラが桁外れの実力者だと言っていた覚えがある。


 「ああ、当初はそう思っておったんだが、ロックフェラーの商隊の中に、あの【ハウンド】が混じっていたとアンズ殿に聞いてな、考えが変わったんだよ。」


 「‥‥‥ハウンド‥‥?」


 聞き慣れない言葉に首をかしげていると。


 (‥‥ああ、【ハウンド】というのは辺境域最強と謡われる【アッシュ・グレイ】という冒険者が率いるチームの名称だよ。)と丁寧にナナさんが説明してくれた。


 「‥‥‥最強の‥‥。」


 「だから、今日のところは、戦闘は一切無しだ、ハルヒロの交渉だけでバニラと双子の子達を取り戻す。そして、後々、百葉の手と藍袴衆との合同で人数を集めてから奴らをからめとるという算段だな。クハハハ‥‥。」


 (まあ、バニラが生きておればの話だがな。)などと怖いことを言いながらお気楽に笑っているナナさんを他所に、まだ見ぬ奴隷商人たちに身震いが隠せない僕であった。


 (それにしても、僕が交渉‥‥奴隷商人ジョン・ロックフェラーに辺境域最強の冒険者アッシュ・グレイ、そして、ハウンドか‥‥いったい、どんな‥‥)



 「‥‥‥では、そろそろ行こうか。奴らは、もう近いぞ、ハル。」

 

 

 

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