追走
ーー古民家 アンズ邸ーー
「あの~、おねいさま、その前に、ちょっと質問いいですか~?」
この空気間の中、突然、さっきから気になっていた不思議少女が口を開いた。
「ん!?‥‥‥とりあえず、おまえは黙っておれ!!むらさき!」
眉ひとつ動かさずに、そう断じるナナさん。
「んなッ!?‥‥‥言いたいことも言えない、こんな世の中は~~ぁッ!!‥‥‥ですかッ!?」
(ーーーポイズンッ!)かよッ!とは、突っ込まないし、全然動じていない、クールなナナさんに。
「‥‥‥ほんとに、パワハラとモラハラのダブルハラスメントで訴えますよ!おねいさまァァ~~!!」
そう言って、詰め寄るむらさきと呼ばれた不思議少女に対し、ナナさんは『‥‥ダ・マ・レ!』とさらに握りこぶしをチラチラと見せつけながら睨み付ける。
「あわわ‥‥‥こ、こわ!こわッ!完全に恫喝ありきのパワハラじゃないですかァ~、もうほんと訴えますんで、証人になってくださいですよォ、ハルヒロミミズく~ん。」
「‥‥え?」
むらさきは僕の背に隠れるようにして『お願いしますぅ、ハルヒロミミズく~ん』などと猫なで声を出す。
「あ、えと、ハルヒロです、僕の名前はハルヒロですね。ミミズは除けてください。勝手にミミズを付け加えておもしろがってるんですよ。まったく、お子様なんですよねェ~、ナナさんはぁ。んははは‥‥‥♪」
ピキッ!
「‥‥ですよねェ~、ほんとうに、ジャイアン的な子供じみた暴力と恫喝ばかりなんですよ、おねいさまはぁ。うふふふ‥‥‥♪」
ピキキッ!
「あ~そうですかァ、ハルヒ‥ロ‥‥く‥‥‥‥‥えッ!?」
僕の名前を呼んだ途端、むらさきは(まさか、まさか‥‥亜神ハ‥ル‥‥)と鯉みたいに口をパクパクさせて凍りついた。
直後、ナナさんの右フックが凍りついてるむらさきの顎に(ーーパンッ!!)と小さな音をたてて炸裂。『アフンッ!』と言って、むらさきはそのまま床にズシャッと沈み込んだ。
「うおっ‥‥‥な、な、な、なんで‥‥?」
「‥‥こやつは少々面倒な娘でな、眠ってもらったよ。」
何もなかったように、そうクールに呟き、あらためて、アンズ婆の対面にストンッと腰を降ろす。そして、ナナさんはしばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「‥‥‥此度の一件、この(仮)亜神ハルヒロの命を受け介入致した、【妖狐族が七つ家の宝珠こと尾三公ナナツボシ】。アンズ殿、あらためて、宜しくお願い申し上げる。」
胡座のまま恭しく頭を下げるナナさん。聞き慣れない【亜神】の言葉に唖然として僕に瞠目するアンズ婆。
「(仮)亜神‥‥ちゅうは、どういうことかに?」
「ああ、‥‥こやつのことですよ。通常はミミズのような男ですが、時折、得体の知れない力を発揮するので、一応、亜神(仮)認定をしているだけです。おそらく、実際は単なるカスなので、あまりお気になさらぬようにお願いします。」
「‥‥‥ぐぅ‥‥」
雑な説明で僕のことを(‥単なるカス)と断じるナナさんに、ぐぅの音しか出ない僕。
「‥‥‥んじゃが、亜神様とは‥‥」
「いえいえ、あくまでも(仮)亜神。もしも、もしも亜神だとしても、ゴブリン妖精やゴキ羽精霊のような最低級な亜神とも言えないようなカス亜神ゆえ、あまり、気になさらぬずに‥‥んははは‥‥。」
「‥‥‥ぐぐぅ‥‥」
可哀想な子を見るような目を僕に向けるアンズ婆。
「‥‥‥ほ、ほう‥かに‥‥」
どこまでも、どこまでも僕のことを貶め馬鹿にするナナさんは、サッと襟を正すような仕草をしてから、あらためて口を開いた。
「‥‥それでは、我々のこれからの動向について、説明して参ろう‥‥‥」
◇◆
ーーグリーンバレイ山中ーー
その後、アンズ婆とむらさきにはそれぞれ【百葉の手】と【藍袴衆】の援軍を取り付けるべく百葉会本部があるアルルと葉隠の里へと足を運んで貰い、僕たちは数百キロの岩塩を背負って(実際、背負っているのはナナツボシさんだが~)バニラの後、奴隷商の商隊を追うこととなった。
「‥‥ぁ、はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥‥さん‥ナナさん!‥‥ちょっ、ちょっと、ちょっとだけ、休みませんか‥‥?」
もうかれこれ、アンズ婆の村を出てから、暗い鬱蒼とした森の道とも言えないような獣道をを四、五時間ほども歩き続けている。
「‥‥‥はぁ‥‥はぁ‥はぁ‥‥‥」
巨大な荷を背負っていながらも走るようなスピードで数メートル先を歩くナナさんは、真っ暗な道を必死な思いでついて歩く僕のことを見もせずに。
「ん?‥‥‥‥なんだ、ハル‥‥‥もう疲れたのか?」
「‥‥ち、ちょっとだけでいいんです。」
僕のささやかな(休みませんか?)という提案に、虫を見るようなジト目で僕を見るナナさん。
「‥‥‥おまえ‥‥その小さなリュックひとつしか背負ってない分際でよくもそのような口が利けたもんだな‥‥‥‥それでは、私にハルヒロミミズと言われても仕方あるまいよ。」
(‥‥‥‥まあ、正論だ。言い返す言葉もない‥‥けど。)
いつものように手厳しい正論を言ってから、足を緩めるナナさんの背の背負子には二百キロ超の岩塩が背負われている。
これを背負って走るようなスピードで山道をスタスタと歩くナナさんにもかなり問題があると思うが、確かに僕はハルヒロミミズと言われても仕方がないような限界状態であった。
「はぁ‥‥‥もちろん、そうなんですけど、僕はナナさんみたいな化け物と違って、少々繊細に出来てるんですよォ。」
「だれが化け物だ‥‥‥」
と、そうおざなりに突っ込むナナさんだが、その後、あまりに憔悴しきった僕の顔を覗き込むようにしてから。
「まあ‥‥‥‥少しだけ、休むか?‥‥ハル。」
と、なんだかんだ言ってギリギリのところでは、優しい心もちのナナさんなのです。‥‥‥たぶん。




