捜索
「‥‥‥はぁ、はぁ、はぁ~、やっぱ、ナナさんを待ってれば良かったァ‥‥。」
そう呟いて、途中で拾ったいい感じの杖棒にもたれ掛かるハルヒロ。
朝方までまんじりともせずにナナさんの帰りを待っていたのだが、少し明るくなった空に、とうとう我慢の限界に達してしまった。
【ナナツボシさんへ。先に行ってます。バニラの村で合流してください。宜しくお願いします、ハルヒロ。】
(‥‥たぶん怒られるだろう。)とは思いつつも。ナナさんにこう書置きを残して、教えてもらっていた山中の獣道をたどり、バニラの村に向けて何も考えず、おにぎりとリュックだけ待って出発した。
歩いて三時間ほどと聞いていたが、歩けども歩けども村は見つからず、何度も何度も休憩を入れながらトテトテと歩いているうちにいつの間にか、日が傾き始めていた。
(‥まさか‥‥道を間違えたのか。)
となんとなく、そう思い始めたとき、鬱蒼とした森を抜けた先に畑の跡地、荒れ果てた休耕地があぜ道の両脇に広がっているのが見えてきた。
(‥‥ん?‥‥‥なにか、背の高いススキ‥‥のような草が生えている‥‥。)
「‥‥‥麦の一種‥‥?」
僕の基準からすれば荒れ果てた休耕地だが、どうやられっきとした耕作地らしい。あちこちに柵などがあり、確かに人の手が入った形跡がある。
「でも‥‥‥これは、ひどいな‥‥」
もしも、これが本当に耕作地なら、この地の農業技術は相当遅れている。これでは有史以前、縄文時代とか弥生時代の古代農業とも言えないようなひどいものである。
そんなことを考えながら少し歩いていると、遠くに土いじりをしているらしい人影がちらほらと見えはじめた。そして、おかしなことにその人たちが明らかに、その手を止めて、僕の方を注視している。
「‥‥‥ん!?」
『‥‥‥‥‥‥ぃのおにいちゃん~‥‥おっぱいのおにいちゃん~~。』
(‥‥‥‥お、おっぱいのおにいちゃん‥‥?)
ちっこいのがキャッキャッと騒ぎながら、わらわらとどこからともなくと湧きだした。集まったちびっこたちは僕のことを確認するように、クンクンと匂いを嗅いでいる。
(‥‥鼻が利く、とは聞いていたが、ちびっこセブンたちは、この距離で僕のことを‥‥‥)
わらわらと湧いてきたちびっこセブン他、十人ほどの子供たちにまとわりつかれ、なぜか僕は『オッパイ♪オッパイ♪オッパイ♪』の大合唱を浴びせ掛けられていた。
「‥‥‥うお~い、おまえらァ!!恥ずかしいから『オッパイ』言うのを、やめれェ~~~!!」
そう言うと、ピタッと(オパイコール)は止んだが、すぐに(ポテチ♪ポテチ♪ポテチ♪ポテチ♪)とさらに盛大な(ポテチコール)が始まってしまった。
身構える間もなく、ポテチの大合唱とともに僕は大勢の子供たちに(こっちだよ~♪)(こっち♪こっち♪)(おばば様が呼んでるよ~♪)と両手を引かれて、たくさんの犬牙族の大人たちが集まっている村の木柵の中へ、無理やり連れていかれるのだった。
◆◇
子供たちに連れてこられたのは、白川郷にあるような茅葺き屋根の重厚な古民家の一室だった。
「あのぉ‥‥‥アメちゃん、食べますぅ‥‥?」
僕はおずおずと部屋から持ってきた飴を面前の(スターウォーズに出てくるジャバ・ザ・ハット感)がハンパないおばば様と呼ばれている老齢な女性に差し出す。
「‥‥‥‥‥‥‥。」
飴には一瞥もくれずに、やたらとまとわりついてくるちびっこたちを端から(ちぎっては投げ、ちぎっては投げ)している僕の様子を、上から下まで舐めるように眺めるジャバ・ザ・ハット、いや恰幅の良い巨大なおばあさん。そして僕はこの時、おそらくこの人がバニラが言っていたところの【おばば様】なのだろう、とあたりをつけていた。
「えと‥‥あのォ‥‥」
言いかけると、おばば様は囲炉裏の板縁に『カンッカカンッ!』と吸っていたキセルを打ち付けてから、『ブファァ~』と盛大に紫煙を吐き出した。
「‥‥‥アンズじゃ。」
「へ?」
「名じゃ、ワッシの名じゃよ。アンズ婆呼ばれておる。お主は、【オパイのハルヒロ】じゃろ‥‥【バニ】に聞いておる。じゃんが、ほんに、あんモナモカが懐くのもわかる気がするのォ、なんとも芳しい‥‥。」
「バ、バニって、バニラのことですかッ!!」
「ほうじゃ。‥‥‥じゃんが‥‥お主のほうから訪ねて来るとはのォ‥‥‥バニは今おらんが‥‥ワッシのオパイなら揉ませてやらんこともないぞ‥‥。」
「へ‥‥?」
ポカーンとした僕のあまりの阿呆顔に、肩眉をグイッと上げて聞き直す、アンズ婆。
「‥‥‥オパイ‥‥違うんか?‥‥んでは、いったい、なに用じゃ‥‥」
(違うんか?)と怪訝な顔つきで僕を見つめる。
(さっきから何度も何度も、オパイ、オパイ、言われている‥‥‥‥いったいアイツは僕のことを‥‥‥。)
「‥‥‥‥‥‥あ、は、はい、違いますです‥‥‥え、えと、その前に子供たちを‥‥なんと言うかですね、あんまり聞かせたくない話なので‥‥」
真剣な顔つきに、アンズ婆はすぐにキセルを板縁に(カンッカンッカンッ!)と打ち付け、『‥‥失せェ~。』と僕まで逃げ出したくなるような迫力で一言、呟いた。
「「「ヒッ!!!」」」
その一言で、子供たちはパタパタと蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
僕は子供たちが居なくなったのを確認してから、アンズ婆に向き直り、『‥‥それでは。』と、覚悟を決めて、ゆっくりと‥‥‥これまでの話。(バニラとちびっこセブンたちに出会った経緯。)(犬牙族の置かれている状況。)(高価な塩と村の借金の話。)(人間社会における商取引の話。)(奴隷商人の存在。)(妖狐族ナナツボシさんによる仮説。)(モナモカが人身売買の対象になっている可能性。)
ーーー今まで見聞きしたことを時系列順に、こと細かに僕の仮説も織り交ぜて話聞かせた。
最初笑いながら聞いていたアンズ婆だったが、話が進めにつれて徐々に真剣な顔つきになり、終いには、聞きたくないとばかりに耳を塞ぎ、頭をぶるぶると振るわせて、大声で泣き出してしまった。
「‥‥う、うぐあぁえぉっ、うげぇ‥‥うぐぁ‥‥うぐぁ‥‥うぐ‥うぐ‥う、う、う、う、うゥ‥‥‥‥‥ワ、ワッシ、ワッシのせいじゃああああああああああああああああああーーーーー。」




