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御足



 「‥‥‥岩塩‥‥。」


 当初、妖狐族が所有する岩塩鉱山に付いて行くつもりだったのだが、ナナさんに(‥おまえは、足手まといになるから、付いて来るな。)と言われて、ここに残ることになった。

 まあ、ナナさんの走るスピードを目の当たりにすれば、誰でも付いて行こうなどとは思わないだろう。ナナさんの走るスピードは風よりも速い、たぶん、あの世界最速のウサイン・ボルトでさえ圧倒しそうな気がする。


 残された僕は、ナナさんが帰って来る前に森を抜けてバニラの住む村まで歩こうと考えていたが。


 「おまえのようなウスノロミミズに、夜の魔領域グリーンバレイを抜けられるはずがあるまい。」


 と、またも辛辣な言葉で却下された。


 「まあ、半日ほどここで待っておれ、金貨百枚にも値する岩塩を持って来てやる。だが、覚えておけよ。これは、あくまでもお前への貸しだ。この借りは必ず返して貰うからなッ!この変態エロガッパァ!!」


 強引な手段に出たのがいけなかったらしい、そう悪態を付いて、ナナさんは岩塩鉱山に向けて走り去った。


 (‥‥しかし、岩塩鉱山とは‥‥‥。)


 生業にしている木挽業(林業)の他に、岩塩鉱山をも領有している妖狐族は、バニラの犬牙族に比べれば相当裕福な種族なのだろう。

 確か、バニラたち犬牙族が人間に借金をした理由のひとつに(塩の値段の高騰)を挙げていた。


 (もしも、岩塩鉱山を犬牙族のために解放出来れば‥‥)


 安価で安定した岩塩の供給が可能であるならば、借金を介した人間による奴隷商売の抑止力になるかもしれない。 


 (‥‥‥しかし‥‥奴隷って‥‥)


 21世紀の平和な日本で生まれた僕には奴隷という概念自体がほぼ無いに等しい。あのかわいらしい双子のモナモカが奴隷として売られてゆく姿など想像すらできない。ましてや、バニラが殺される姿など‥‥。


 正直どうにもやるせない気持ちでいっぱいだが、今はナナさんの岩塩に頼るしかない。

 今僕にできることは、ただ、ひとり部屋の中で、ナナさんの帰りを待つことしかなかった。



 「‥‥‥ナナさん‥‥どうか、どうか、お願いします。」



 ◇◆



 一方、ナナツボシは、山道とも言えないような月明かりも入らない漆黒の獣道を人間離れしたスピードで音も立てずに疾駆していた。


 「‥‥‥ん!?」


 ーーー後方にかすかな人の気配。


 すぐに、【消】【潜】を展開して近くのやぶの中にスゥと潜り込み、息をひそめ、気配を伺っていると。


 「ん‥‥あり?‥‥‥‥み、見失ったです‥‥?」


 その場に、そう呟いて辺りを伺う、紺色の着物の見知った少女が現れた。藍袴衆、二尾のカオスこと、【やつのむらさき】である。


 「‥‥うおいッ!むらさきィッ!!貴様、ここで何をしておるかァッ!!」


 「☆★ウヒィッ!?あッ!お、お、おねいさまァ!」


 突然、藪の中から現れたナナツボシに、むらさきと呼ばれた美少女はなにを思ったか、即座にジャンピング土下座の体勢をとる。


 「お、おねいさまァァ~」


 「『おねいさまァァ』っじゃねえわ!むらさきィッ!‥‥私は、何をしておるのか、と聞いておるのだ。答えよ!!」


 「‥‥ふ、フエェェ‥‥」


 切り込むような鋭い言葉。仰ぎ見るむらさきの瞳には、みるみる大粒の涙がたまってゆく。それでも容赦なく鋭い視線をぶつけるナナツボシ。


 「‥‥フエ、フエ、フエェ、フエエ、お、おねいさまァ‥‥このゴミ虫に‥‥お、御慈悲を‥‥」


 むらさきは、足に頭を擦りつける猫のように、ナナツボシにすり寄って、足を舐めんばかりに泣きすがり始めた。


 「この‥ゴミ虫に‥‥いつもの、お、御慈悲を‥‥お与え下さいィィ。」


 立派な藍袴衆となるべく幼い頃から、ナナツボシによって厳しく教育され過ぎてしまったむらさきは、ナナツボシを恐れ敬愛するあまり、少々というか、かなり被虐的にゆがんでしまっていた。


 「‥‥こ、この鬱陶うっとおしい、クソ豚めッ!」


 そう言って、土下座しているむらさきの頭を容赦なく『ドンッ!』と土足で踏みつける。いつもの、こいつが喜ぶスタイル。さらに、卑猥ひわいな言葉で罵しれば、もっと喜ぶはずである。


 「アフンッ!‥‥お、御足おみあし、ありがとうございますですゥ、女王さまァァ~、ふひひ‥‥」


 「んだから、何をしておるのだ、むらさき。」


 「‥‥そ、それは、御館様からの密命ゆえに女王様の詰問といえど、お答えすることはできませんですね、フヒヒヒ‥‥‥」


 と卑屈に笑う、むらさき。

 (‥‥おまえいったい、どんな感情だよ。)とは面倒くさいので突っ込まない。


 (‥‥それにしても‥‥まさか、ジンベイの奴、この私に監視役をつけるとは‥‥‥それも、よりによって、むらさきを‥‥。)

 

 「おまえなあ、まず『御館様の密命』って、それを言っちゃ駄目だろう‥‥。」


 「フヘ?」


 まるでわかっちゃいない、クエスチョン顔。


 「あとな、私はお前の姉でも女王様でもないからな、言っとくが、お前の変態趣味には付き合わんぞ。」


 むらさきは完璧な土下座を決めたまま身動ぎひとつしない。

 だが、連れて行けば、荷物運び程度には役にたつだろう。それに、私が抜けた後の里の様子も知りたかった。まあ、こいつに聞いても‥‥とは思うが。


 「‥‥‥‥‥‥‥?」


 「フン!まあ、良いわ、立て!!むらさき‥‥」


 この言葉に、むらさきは土下座したまま、なにやらもぞもぞと腰に手を掛け、藍袴あいばかまを脱ぎ始めた。


 「うおいッ!!『脱げ』ではない『立て』と言ったんだあ、わたしはァッ!!『バシンッ!』」


 「アフンッ!」


 結局、思い切り突っ込んでしまった。頭をおもくそひっぱたかれたむらさきは、またも『ふひひ‥‥頂きです』と卑屈に笑い、大いに喜んでいる。

 

 (‥‥か、カオスだ‥‥)



 結局、このなにかと面倒くさい美少女、藍袴衆、二尾のカオスことやつのむらさきを連れだって、私は岩塩鉱山に向かうこととなった。



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