悪党
『‥‥ナナが泊まるなら、オレも泊まるからなァ!』
『ん‥‥‥?』
この発言に、ナナさんが肩眉をつり上げ、訝しげな表情をバニラに向けていることに、僕は少なからず違和感を感じた。
「えと‥‥ナナさん、なんです‥‥?」
「‥‥あ、いや、バニラ‥よ。‥‥お主、まさか、犬牙族領域に人間の奴隷商人どもが入っていること‥‥知っておらんのか‥‥?」
「「ど、奴隷商人ッ!!?」」
聞捨てならないその言葉にシンクロする二人の声。と同時にバニラがダンッと立ちあがりザッとナナさんに、掴みかかる。
「奴隷商人たアアァ!どォういうことだァァアアッ!!」
「ま、待てッ!バニラァ!」
ナナさんの胸ぐらを掴む寸前で、ピタッと動きを止めるバニラ。ナナさんはすでに、鉄扇を後ろ手に構えていた。
「な、なんで止めるゥゥッ!ハルッ!」
「お、落ち着けよ、ナナさんは、教えてくれただけだろぅ‥‥。」
バニラはなぜか僕の言葉に敏感に反応する。最初は、犬牙種族の習性なのだと思っていたが、今は、ナナさんが言っていた【言霊】の力が僕に宿っているのでは、と頭の片隅で考えていた。
(‥‥だが、今はそんなことより、ナナさんの放った、あの言葉‥‥‥【奴隷商人】)
‥‥やはり。という思いはあるが、僕とは対照的にバニラはそのナナさんの言葉に、かなり興奮している。
「こういう時は落ち着いて、ちゃんと話を聞いたほうがいいよ、なあッ、バニラ。」
「‥‥ううゥ~、でもよォ~」
「さあ、さあ、椅子に座って座って、バニラ~。ナナさんも、そんな物騒なものしまってくださいよ。‥‥今、熱っいお茶を入れ直すからさ。」
「「温めにしてくれ!」」
「ンフッ」
シンクロする二人の言葉。
僕は込み上げる可笑しさを、ぐっとこらえた。
◇◆
「‥‥ズズッ」と、お行儀良く椅子に座って、おずおずとお茶を啜る二人。
「「アチチッ!」」
ジロリと、不満そうな瞳を同時に僕に向ける二人。かなり温めにしたはずだが、僕の思っている以上に獣人さんは熱さに弱いらしい。たぶん、熱々に調理された食べ物を食べる機会が少ないからだと思う。
「‥‥えと、まず、その情報の信頼性というか、出所はどこなんすか?‥‥ナナさんのことだから、噂話とか、そういう類いの話では無いんすよね。」
「うう、嘘だよ!嘘!嘘!嘘つきなんだよ、こいつはァァア!!」
「だぁまーーれッ!バニラ、お前には聞いていない!」
「ぬぅ‥‥」
普段、あまり強く言わない僕からのきつい口調に、しゅんとなって、唇を尖らせ、怒られた子供のように上目遣いで黙り込むバニラ。
「うむ、立場上、出所については詳しく話せんが、確かな筋の情報だよ。勿論、裏も取れている。」
確か、ナナさんが筆頭を務める藍袴衆というのは、情報収集や警護、暗殺を行う、日本で云うところの隠密衆、忍者のような組織だと聞いた気がする。だとすれば、おそらく情報収集のため、犬牙族領域は勿論、辺境領と云われる人間社会にまで藍袴衆を配備しているのだろう。
(‥‥おそらく‥‥ナナさんの言葉は、相当信頼性が高い。)
「‥‥その、奴隷商人というのは、どういう人達なんですか?」
「うむ‥‥‥まあ、一言で云えば、極のつく、【悪党】だよ。」
苦い顔で、悪党と断じるナナさん。
「「‥‥ごくのつく‥‥あくとう‥‥」」
「‥‥うむ、確か名を、【ジョン・ロックフェラー】。辺境領・ノーザンクロス商工業ギルド本部・常任理事。そして、ロックフェラー総合商会・代表取締役。おまけに、金で買い付けた爵位が、名誉子爵‥‥だったか‥‥。」
ギルド本部常任理事、代表取締役、名誉子爵。肩書きを聞く限り、とんでもない人物のようだが。
「‥‥‥す、すごい人じゃないですか‥‥そんな人が‥‥?」
「ああ、いろいろな肩書きで本業の方は隠蔽してはいるがな、本質的には、単なる高利貸と獣人の奴隷売買で成り上がった、冒険者あがりの極悪非道な奴隷商人だよ。」
(やはり‥‥)、という思いもあるが、本格的な奴隷商人とは、思っていた以上にやばい状況だ。
あの、愛らしい双子の少女。僕の膝の上でおとなしくオレンジジュースを飲み、耳を抑え、キャッキャとはしゃぐあの子達の姿が走馬灯のように思い出される。
僕はバニラを気遣うのも忘れて、どうしても、あの娘たちの未来が知りたくなってしまった。
「‥‥‥‥う、売られた人たちは‥‥どうなるんです‥‥?」
ナナさんは僕とバニラに冷たい視線を向けつつ、苦虫を噛み潰したように顔を歪めて、ゆっくりと、こう話し始めた。
「‥‥‥男なら‥‥大抵、大陸に送られて、戦奴か労働奴隷として使役される。ん、まあ、どちらにしても、死ぬまで働かされて、どこかに捨てられる。‥‥それで、終わりだよ。」
(‥男なら‥‥死ぬまで‥‥‥)
「‥‥お、女なら‥‥?」
「うむ‥‥‥私の口からは‥‥‥話すのも憚られるが‥‥女はもう少し悲惨だ‥‥‥特に年若い女の場合はな‥‥。」
ナナさんは多くは語らない。そこには、それなりの理由があるのだと思う。考えたくもない、だけど、おそらく、そういうことなのだろう。
「‥‥う、うう、うぐぐぐゥゥッ‥‥ハルゥゥ~。」
それまで、しかめっ面でうつむいていたバニラが、我慢出来なくなったのか、顔を皺くちゃにさせて、呟くような叫び声をあげた。
呟くような、その声に。
「モナモカは‥‥‥」
咄嗟にあげたモナモカの名に、バニラがダンッと机に両の手をつき、ガランッと椅子を転がして立ち上がった。
伏せられたケモ耳、俯いた顔、瞳からは大粒の涙が零れ落ち、その口からは、呟きにも似た小さな怒声が漏れ出していた。
「‥‥う、うう、うぐゥゥぐアアアアアア‥‥‥」




