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疑心



 「お、おまえらァ、そこに直れェェッ!!」


 珍しいことに、バニラいわく、ミミズ並みにはっきりしない僕が猛然と怒っていた。


 なんとか事なきを得たが、ひとつ間違えば、どちらかが、いや、二人とも大怪我をしていてもおかしくないほどの喧嘩キラーバトル。争いごとが何よりも嫌いな僕にとって、これを黙って見過ごす訳にはいかなかった。


 「喧嘩は駄目だよ、絶体!!二人とも、良い大人なんだからさ、話し合おうよ。ねェ!バニラも、ナナツボシさんも‥‥」


 「喧嘩じゃねぇし、殺しあいだしッ!」


 そう言うバニラはこの状況に納得いっていないのか、プイッと横を向いたまま、正座している。


 「出過ぎた真似を‥‥も、申し訳ありません、ハルヒロ様ァァ。」


 一方のナナツボシさんは、また、額を地面にめり込ませて土下座をしている。


 「こ、殺しあいって、バニラ。もっと悪いよ。」


 「パルルはわかってねぇんだよ。こいつはな、この辺では【殺し屋】って言われてる殺人鬼どもの頭なんだぞ。オレは友達のおまえを助けるために‥‥」


 「だ、誰が殺人鬼だァーッ!!騙されてはなりませんぞ、ハルヒロ様。このバニラは【狂犬ガルア・アニマ】の二つ名を持つ厄介者。後々の憂いを払うために、ハルヒロ様のために、わたしは‥‥」


 「なゃッ!なんだとォオオッ!厄ッ介者は三尾、お前のほうだッ!ペッ!ペッ!ペッ!ペッ!ペッ!‥‥」


 ナナツボシさんに向けて、ペッペッと唾を吐くバニラ。


 「き、き、きッ、汚いから、唾を吐くのをやめろォオオッ!この阿呆犬がァッ!!」


 「う、う、うおいッ!バニラ、マジで汚いから唾はやめろってエェッ!」


 そう僕が言うとすぐに、シュンとして、唾を吐くのを止めるバニラ。両腕の間にある双丘に顔を埋めるようにうつむいて、小さくこう呟いた。


 「‥‥ハルのことが‥‥心配だったから、だって、オレたち‥‥友達だろォ‥‥‥」


 上目遣いで、こんなことを仰いました。


 「‥‥‥フヒヒ~。」


 まあ、ボッチで童貞の僕にはあらゆる面で経験が足りていないので、こんな反応しかできませんです、ハイ。


 それにしても、いまいち話が噛み合っていない。

 

 (バニラもナナツボシさんも二人とも僕のために‥‥)


 少し計算高い所もあるが、バニラの言動にはおそらく、表裏おもてうらはないような気がする。


 問題は、ナナツボシさんだ。正直、今までの彼女の芝居じみた言動について僕は、1【詐欺】、2【性癖】のどちらか、あるいは、その両方だと考えていた。

 だが、おかしいのだ、1【詐欺】であるならば、前回の血判状の件で事は完結しているのだ。カウンター証文を取ったとはいえ、あれだけのことをしでかした僕を、何らかの権力、あるいは腕力で追い詰めれば良いだけの話で、ナナツボシさんがひとりここに戻って来る意味がまったくないのだ。

 2【性癖】論についてもおかしい所が多々存在する。はたして、ナナツボシさんの(時代劇風被虐プレイ)が本当に芝居プレイだったのか?ナナツボシさんの(時代劇風)は常に一貫していた。ならば、あれは芝居ではなく、素であっと考えるべきだろう。それならなぜ、僕に対して被虐ひぎゃくとも取れる態度で接したのか?僕は彼女の発した【ある言葉】に少し違和感を感じていた。その違和感に、ナナツボシさんの人違い、あるいは勘違いの可能性を‥‥‥。


 「‥‥‥ナナツボシさん‥‥さっき、僕のことを【亜神ハルヒロ様】と呼びましたよね。‥‥あれ、何ですか‥‥?」


 「ハッ‥‥?な、な、なに、何とは‥‥なんですぅ?」


 額を地面にめり込ませて、ぶるぶると身悶えている。これは彼女が木から落ちてきた時から思っていたことなのだが、何故かナナツボシさんは僕のことを恐れているような感じがあった。


 (‥‥‥ナナツボシさんが僕を恐れる理由‥‥?)


 「じゃあ、質問を変えます。そもそも、【亜神】とは何ですか?‥‥えーと、あと、お顔を上げて貰えますか‥‥は、話しにくいので‥‥」


 ゆっくりと上げられた美しい相貌と零れ落ちる金色の髪。だが、その冷ややかなふたつの碧眼は動揺と不安に揺れ動いていた。


 「‥‥あ、亜神、亜神とは、現世に降臨した肉体を持つ神‥‥‥‥つ、つまりは、亜神ハルヒロ様、あなた様のことであらせられますぅ~。」


 再び突っ伏す、ナナツボシさん。


 「ぶッ!ぶわっはははははははーーッ!!バカ狐エェェーーッ!ハヒィッヒヒヒヒヒヒヒヒ~~~~」


 ナナツボシさんが突っ伏すと同時に、バニラが地面をドンドンと叩きながら、腹を抱えて笑い出した。


 確かに、少しはバニラの気持ちもわからなくない。なんともはや、ナナツボシさんは僕のことを【神】【GOD】と勘違いしていたのか。何故、そんな勘違いをしたのかはわからないが、それなら、確かに全ての違和感と疑問が解決できた。


 「バ、バニラッ!?なんッ‥‥!?」


 「‥‥‥あ、あのォ、言いにくいのですが、ぼ、僕は、その亜神というものではなく、単なると言うか、普通の人間ですね。えと‥‥ナナツボシさん‥‥勘違いさせたなら、すみませんんん‥‥‥」


 僕は心を込めて、丁寧に頭を下げる。


 「あ、亜神ハルヒロ様アアァァって、三尾ィィーーッ!お前って、ホンッッーーーートッ!馬鹿なのなッ!!ヒッヒヒヒヒヒ~~~~」


 「んなッ!!!?」



 ガバッと起きあがったナナツボシは、あの屈辱と醜態が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、立ち上がったミーアキャットのような顔をして、言葉を失っていた。

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