決戦
ーーー背中に伝わる殺気。
咄嗟に、バニラは【ダブゼー】を抜き放ち、『ダンッ』と床を転がるようにして、この突然の来訪者から距離をとる。
壁を背に二刀の大振りな山刀を『ザンッ』と構えるバニラ。
「お、おまえ、こ、殺し屋じゃねェェカアアアーーッ!!!」
ナナツボシさんを見て、雄叫びをあげる。
だが、ナナツボシさんはこの状況の中、これ(バニラ)をガン無視して、おもむろに僕の方に向き直ると、片膝をついて、ゆっくりと頭を垂れた。
「‥‥‥ただいま戻りました。ご主人様。」
(‥‥‥‥ま、ま、まただ‥‥また、あれか‥‥?)
前回は騙されたが、今回は、と身を引き締める。
「この度、葉隠の里及び、頭首ジンベイが証左として、血判状の命に従い、亜神ハルヒロ様の愛玩奴隷にして下僕、藍袴衆筆頭【ナナツボシ】改め、【メスブタ】‥‥遅参ながら、参上致しました。僭越ながら殿中末席に加えて頂けるのなら、三千来世永劫の忠誠を誓う所存にございます。」
床に額がめり込むほどの土下座。こんな綺麗な土下座、時代劇でも見たことがない。
(ーーー出た‥‥ナナツボシさんお得意の【時代劇風被虐プレイ】)
だが、騙されてはいけない。
これは、おそらく詐欺の一種。【美人局】
引っ掛かれば、後から、怖ーい怖ーいオッサンがやって来て、身ぐるみ剥がされるか、裁判沙汰になるかのーー(二択)。
「え、えーと、まあ‥‥」
「‥‥オイ、オイ!ウオーーイッ!む、む、む、無視、無視って、どうゆうことだ!わけわかんねぇことをォォ、とち狂ったかァァ!三尾ィィィィーー!!」
この状況に唖然としていたバニラが突如として叫び始めた。
「‥‥とち狂っているのは、狂犬、貴様の方だ。先ほどから見ておれば、亜神ハルヒロ様になんたる御無礼を‥‥そんなことでは、贄にした犬子達の魂が浮かばれんぞ。」
額を床にめり込ませながら、わけのわからないことを淡々と仰る、ナナツボシさん。
「あんッ!?わッけわかんねぇことをほざきやがって、あん時の決着をつけてやんよ。おらァッ!表んッ出ろォォーー!!」
「‥‥‥貴様のような阿呆犬が亜神様が御庭におっては、獅子身中の虫とも成りかねん。よかろう、この場で、その素首叩っ切って、後々の憂いを断ってくれようぞ。‥‥ハルヒロ様‥‥その任、このメスブタにお許し頂けますか‥‥?」
淡々と恐ろしいことを口にするメスブタ、いや、ナナツボシさん。とりあえず、部屋の中では勘弁して貰いたい。
「‥‥‥で、できれば、外で‥‥」
「ハッ!!仰せの通りに!」
バッと一礼して、ザンッと立ち上がるナナツボシさん。その麗しい姿と相まって、いちいちの所作が華麗で美しい。とても、ケツを叩かれて、うれションを垂れ流していた人とは思えない。
「狂犬、ついて参れ。」
バニラを一瞥して、颯爽と外へ出ていった。
「あんにゃろォォー!か、格好つけやがってェェーー!許すまじ、許すまじィ、許すまじィィッ!!」
呆気にとられていたバニラは、ナナツボシさんのその後ろ姿に歯をギリギリさせて激昂している。
◇
ついに、二刀と二扇が絡み合い、盛大な火花を放ち、激突した。
凄まじい嚮音の響き渡る中、バニラとナナツボシは一対の踊り狂う狼のように、ひたすら、激しい斬撃を交わしている。
(人間にできる動きではない‥‥‥どうしてあんなことができるのか。)
身動ぎもできずに、手に汗を握って、この恐るべき決闘の行方に、思わず、のめり込んでいた。
(ーーーは、速すぎる。)
互いに繰り出される夥しい光の円弧、無数の斬撃。迸る火花。二刀二扇の絡み合いは、どんどんそのスピードを増してゆく。
怖い。怖すぎる。こんなの、いつか確実に、破綻してしまう。どちらかがちょっとでも遅れたら、ほんの少しズレでもしたら、この均衡は崩れてしまう。
バニラ、ナナツボシさん、どちらにも、ほんの少しの怪我をもしてほしくないのだが‥‥。
(‥‥声が出ない。)
だが、その均衡もほんの少しずつではあるが、バニラ有利に傾いているような気がする。
間断なく四方八方から打ち付けるバニラの斬撃。それを捌き続けるナナツボシ。
攻のバニラ。防のナナツボシ。
一歩も引かない彼女に、バニラはさらに詰め寄って、激しい連撃を加える。
「ーーーウワハッハハハハハハハ!!オラッオラオラオラッ!!三尾ィィィーーッ!さっきの威勢はドオオォォーーーしたァァッ!!」
ーーー狂犬。
そう呼ばれたバニラは、狂ったように哄笑している。
(‥‥ち、ちょっと、バニラ、凄すぎない‥‥?)
正直、いいところ互角か、ナナツボシさんのほうが上なんじゃないかとハルヒロは思っていた。
『‥‥‥オレは犬牙族最強の戦士なんだからな。』
あの時は、全く信用ならない言葉だと思ったけど、このとんでもない身体能力と凄まじいスピード、そして、あの狂暴性、今なら信じられる。
(あの、あほ犬のバニラが、こんなバケモノだったなんて‥‥‥)
だが、ナナツボシさんも、これ程の攻撃に一歩も引いていない。さらに言えば、少し笑っているようにさえ見える。
(‥‥な、なんで‥‥?)
なぜ、あの連撃を捌き切れるのか‥‥‥高い身体能力、それは間違いないとして、おそらくは目だ。ナナツボシさんは目がいい。動体視力が図抜けている。
あの冷たい瞳は、バニラの攻撃を正確にとらえ、隙を伺い、何かを狙っているようにさえ見える。
ーーーその時。
上空を舞っていた一羽の鳥がスッと急降下した。一閃。バニラの身体を掠め、左肩からパッと鮮血が迸る。。
「うおッ!!?」
ダンッ!と地面を蹴り、距離を取り上空を見上げ、その相貌を歪めるバニラ。
「い、いつの間に‥‥」
なんと、そこには無数に舞う鳥、いや、激しく高速回転する鉄扇が空宙をホバリングしていた。
「クハッハハハハーーッ!!我が妖術【千扇狂舞】に切り刻まれて、踊り狂えェェーーッ!この阿呆犬がアアッ!!」
そのナナツボシの叫びに導かれるように、高速回転する無数の鉄扇は上空へ舞い上がり、大きな弧を描いてバニラのもとに進路を転ずる。
絶体絶命を悟ったバニラは、瞬時に意識を上空からナナツボシに向ける。
「ーーーゥ猛ォォ」
小さく呟くと、バニラは半身に構えて腰を深く落とし、力を溜める。それはまるで、獲物に襲い掛かる寸前の猛獣。
「ッッ虎オオオオオオオオオオオオオオオオオーーッ!!!」
【ドドンッ!】と地面を蹴って猛然とバニラが襲い掛かる。ーーーそれを待ち構えるナナツボシ。
「返り討ちにしてくれるわァァァァアアーーッ!!!」
急迫するナナツボシが刀剣を背に力を溜め、切迫するバニラが身体を仰け反らせ、上段から力を溜める。
ーーー交錯する。
「ーーーま、待てぇええええええええええええええッッ!!」
暮れなずむ茜い夕日、交錯する瞬間、それはセピアに染まった一枚の写真のようにーーー。
「‥‥‥と、止まったぁ。」




