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来歴


 

 目に映るなにもかもが、沈みゆく夕陽に世界はセピア色に染められていた。

 暮れなずむ風景は、まるで色褪せた写真のようで、奇妙な懐かしさを感じる。

 失くしたもの、過ぎ去った過去、もう手に入らないなにかに対し、恋い焦がれているような、胸を締め付けられるような郷愁の念が沸き上がってくる。

 

 募る焦燥感とは裏腹に、悠久の時を感じさせる景色ーーーひょっとしたら、まだ、先ほどの夢の続きを見ているのではないか‥‥‥‥‥そんなことを、頭の片隅で考えていた。

 

 ーーーあの時の。



 「‥‥‥はるくん、助け‥て‥‥‥たすけて‥‥」


 あの時、茜色に染まる教室の片隅で、僕は震える二つの真摯な瞳と向き合っていた。


 帰り支度にざわついていた生徒たちの声が一斉に止んだ。黄昏の世界に僕達だけが取り残されてしまったかのような気恥ずかしさに、耳の先まで真っ赤になっているのがわかった。


 『ーーー凛子』


 公営アパートの隣り同士で、親が親しかったためか、同い年だった僕と凛子は当然のことのように、生まれた時から兄妹のように育てられた。

 幼い頃から、母親の仕事の関係から凛子を僕の家でよく面倒をみていたため、小学校にあがる頃まで、凛子のことを本当の妹なのだと、自然に思い込んでいた。

 

 小学校にあがるぐらいになると。

 『リンのことは僕が守る!』と、ナイト気取りで勝手に宣誓して、いつでも近所のワルガキから、おとなしく華奢きゃしゃな凛子を守れるように、来る日も来る日も、手を繋いで小学校に登下校していたーーらしい。


 しかし、この、微笑ましい小さな二人の慣習も中学に入るなり、ぱたりと止んでしまう。

 (単純に女子と一緒に帰るのが恥ずかしくなった)それと(クラスの連中に冷やかされた)というのが主な理由だった。

 

 僕は思春期特有の気恥ずかしさから、凛子を避けるようになった。あの時の悲しそうな彼女の面影を思い出すと、今でも身悶えするほどの後悔の念にさいなまれる。

 

 そして、凛子を避けるようになって一年ほど経った、ある日、僕の運命を変える出来事が起きた。

 

 授業終わりの教室に突然、悲壮感を漂わせて僕の目の前にやって来た凛子はーーー教室が騒然となる中、泣きじゃくりながら、こう呟いた。


 「‥‥はるくん‥‥助けて、たすけてよ、はるく‥ん‥‥夢、同じ夢に、同じ夢にもうすぐ‥‥飲み込まれる‥‥‥‥」



 ーーーこの日を境に、凛子は失踪した。

 警察が来て、色々と調べていたようだが、結局、凛子は見つからなかった。



 このことがあって、僕の生活も一変した。

 それは、小さなことから始まった。

 無視される。上履きが無くなる。教科書やノートがゴミ箱に捨てられている。

 しまいには、『人殺し』と呼ばれた。


 小さな風は、次第に暴風になり、抗えない台風になった。

 

 心の均衡を崩した僕はーーーまもなく【自宅警備員】になる。要するに、僕は逃げたのだ。


 自宅警備員になって二年ーーーその頃、一週間もまともに眠れない(強度の不眠症)に陥り、薬でなんとか正気を保っているような日々が続いていた。

 止むに止まれず心療内科へ。下された診断名はーーー【うつ病】


 ーーー転機。

 北海道で米農家をしている母親の父親、寛治爺が大自然豊かな北海道で養療させないか、と母に打診してきたのだ。

 厄介払いの意味もあって、半ば強引に僕は北海道に送られてしまった。

 農業には全く縁がなかった。養療だと言ってたのに、北海道に着くなり、畑に連れていかれ、朝から夕方までへとへとになるまで働かされた。

 

 だが、これが良かった。

 まず、朝晩の精神安定剤と睡眠導入剤が要らなくなった。土いじりを始めてから、すっきりと眠れるようになり、自分でも驚くほど、体が軽くなったような感じがした。


 寛じいの薦めで、農協主催の週末研修にも参加するようになった。当初は人と関わるのに抵抗があったが、研修生は中学校と違い、気の良い大人のおじさんばかりだった。十六歳だった僕が珍しかったのか、ずいぶんと可愛いがってもらった。


 正直、土いじりは、しょうに合っていた。またたく間に、三年ほどの時間が過ぎていた。

 ーーーそんなある日。


 「‥‥もう大丈夫じゃろ、ワシは隠居するでの。この土地と作業小屋はハル、お前に譲るから好きなようにせい。」


 こうして、もうすぐ八十を迎えようとしていた寛治爺はようやく隠居することができ、僕は三ヘクタールの農地とこの小屋を譲り受けた。



 ◇◆



 (‥‥‥‥あれから、何年だ‥‥)


 沈みゆく太陽を眺めながら呆然としていた僕も、ある程度の時間の経過とともに幾分か落ち着きを取り戻していた。

 そして、この世界がどういう場所なのかを考える余裕が、少しずつ生まれていた。


 (‥‥まあ、普通に考えて、異世界、かぁ‥‥。)


 かなり馬鹿げた考えに思えるが。

 

 朝起きたら突然、電気、水道、ガス全部止まっていて、大事な大事なネットも繋がってない、それで、なんか大事故か大災害でも起こったのかと思って外に出てみたら、目の前には昨日とはまったく違う世界、見たことも無いような壮大な大自然が広がっていたのだ、かつて、うつ病と厨二病をわずらっていた僕が、そう考えても仕方がないような気がする。

 


 (‥‥‥水にオレンジジュース‥‥‥うん、米もある‥‥あとは野菜やら肉はあるけど、あんまし日保ちしないかな‥‥‥袋ラーメンとレトルトカレーが‥‥けっこうあるか‥‥‥)


 ぶつぶつと呟きながら部屋の中を歩き回って、いろいろと漁ってみると、去年作ったお米が相当量あった。節約すれば一ヶ月あたり十キロとしても一年以上はもちそうだ。

 その他には大好きなレトルトカレー、缶詰や乾麺などの保存食も多少ストックされていた。

 冷蔵庫の中には野菜や肉がけっこう入っていたが電気が入っていない。


 (早く食べないとすぐに傷んでしまう‥‥)

 

 そして、改めて台所に行って蛇口をひねってみたが、やはり、うんともすんとも言わなかった。ちなみに電気も同じだ。


 「‥‥んまあ、当然か。」 


 飲料水は近くに川があったので、最悪煮沸して飲めばなんとか飲めそうな気がする。火に関してもカセットコンロが何本かあった、当面はなんとかなりそうな気がした。

 

 そして、あることを思い出して納屋に駆け込んだ。


 「おっ!おう、あった、あった。」


 やはり、納屋の奥に昔、寛じいが使っていた古い型の大型の発電機が埃をかぶって鎮座していた。

 ガソリンはトラクター用にドラムカンでストックしてある。

 だけど、この発電機はずいぶん昔の機械なので、べらぼうに燃費が悪かった気がする。おそらく、これを回し続けたら一ヶ月位でガソリンが無くなるだろう。

 日常的にはあまり使えないな。と思ったが、ひとつだけもの凄い有用な使い道があった。


 【スマートフォンとノートパソコンの充電】


 この、何もかもがわからない異世界でネットにはつながらないにしても、スマートフォンやノートパソコンの中に入っている膨大な情報はこの先いろいろな面で必ず役に立つ。


 さっそく発電機のほこりを払い、外に出して使えるのかどうかガソリンを入れてエンジンを始動してみた。


 「‥‥‥よーし、掛かってくれよ!」


 おもいっきり始動スイッチを回してみると。


( ブルン!ブルン!!ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガーーーーーーーーーーー!! )


 と盛大な音を出してガナリ始めた。


 「う、うおぉ!ついた、ついた。‥‥けど、うっさいなあ。」


 日本なら、近所の人に騒音で訴えられて吊し上げられるレベルだ。

 うるさいが、とりあえずつけっぱなしにして、ノートパソコンとスマートフォンを部屋から持ってきて充電しておく。

 やっぱりネットに繋がってなくても、スマホが使えると思うと断然に落ち着く。依存性だとは思うが本当に落ち着くんだからしょうがない。

 充電したら安心したのか急にお腹が空いてきた。


 (‥‥‥そういえば、朝からなんも食ってねぇ‥‥)


 カレーが食いてぇ。

 

 冷飯だけど炊飯器に昨日の余ったご飯があった。ご飯は冷飯でもいいけど、カレーはどうしても温めたくなったので、カセットコンロでお湯を沸かし、レトルトカレーを温めた。皿にご飯をよそい、熱々のカレーをかけて福神漬けをたっぷりのせる。

 熱々のカレーから湯気がたちのぼる。

 昨日の晩御飯から二十時間ぶり、異世界初メシ。ーーー合掌。


 「いただきまーす。」


 (ドンッ!!ドンッ!ドンッドンッドンドンドンドンドンッ!!!)


 「ひぃっ!?」


 びっくりして変な声が出た。


 (‥‥いったいなんなんだ?誰かがドアをおもくそ叩いている。)

 

 ここは日本じゃない。日本ならこんなにはびびらないのだが、ここはなにもわからない異世界だ。何が現れてもおかしくない。

 

 (あ、ああ、こ、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い‥‥‥)


 我ながら情けないが完全に腰が引けている。おそるおそるドアに近づき、息を殺して覗き穴を見た。


 「‥‥‥ん!!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 社会不適合者の話かいな
2020/01/22 11:38 退会済み
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