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亜神



 ジュアナパシア大森林南部グリーンバレイ【犬牙族領域】


 「‥‥‥あ、あれか‥‥?。」


 夜通し走り続けてようやく見つけた見たことのない異相の様式で建てられた瘴気の残滓を残す小さな小屋。

 この辺りには、犬牙族の集落がいくつか点在しているため、諜報活動の一環で何度か訪れていた。

 眼下に見える山間の谷にぽつんと佇む、夜明け前の暗霧の中に包まれた小さな小屋。


 (‥‥‥最近、建てられたのか‥‥。)


 記憶に無い。

 しばらくの間、距離を置いて注意深く観察していたが、小さな瘴気の残滓以外に、これといった脅威は感じられなかった。

 

 (‥‥鬼が出るか蛇が出るか。行ってみるしかあるまい。)


 息を整えて、穏行の術を展開する。


 【穏行の術】


 音を遮断する。ーー【消】

 気配を完全に消す。ーー【潜】

 消、潜で存在を消したまま移動する。ーー【浮】

 全方位環境視覚ーー【読】

 

 【浮】を駆使して、影のようにひたひたと山肌を降りて、小屋に向かって歩を進める。

 五感だけではない。第六感までも使い、全身で感じ取る。身体中を感覚器にして小屋の中の音のみならず、魔力、気配、動作、変化を読む。

 が、小屋の中から感じるのは無機質の瘴気のみで、生物が放つような魔力、妖力、瘴気は一切感じられ無かった。

 

 労せずして小屋の屋根裏に潜り込む。

 音を遮断する【消】、気配を完全に消す【潜】、そして、全方位環境視覚【読】を完全覚醒させて部屋の中を細部まで視覚する。


 (‥こ、これは‥‥‥‥。)


 ーーー【人工遺物アーティファクト

 

 驚いたことに、部屋の中には見慣れたものがほとんど無く、【遺物レリック】や【人工遺物アーティファクト】ではないか、と思われる未知の創造物で溢れかえり、そのひとつひとつが異界の瘴気をまとっていた。

 

 そして、その異界の瘴気の中を泰然と寝ている若い男の姿。


 (‥‥あ、あれが、本当に、亜神なの‥‥か?)


 ナナツボシ自身の世界観の中では、子供の頃によく話聞かされた千年鬼(始祖九尾の狐を滅ぼしたと言われる亜神)という恐ろしい怪物をイメージしていた。


 とても亜神や神仙の類いとは思えない凡庸な人間の姿。さらに、その人間からは魔力、妖力、瘴気、そして潜在的な能力が一切感じられなかった。

 すぐにでも殺せそうなあまりにも無防備な姿に。ーーー沸き上がる殺意。


 (‥‥‥‥‥殺るか。)


 忍ばせてある鉄扇にゆっくりと右手を添える。

 【浮】で静かに近づいて、鉄扇で一閃すれば、首が落とせそうな気がした。だが、鉄扇に添えた右手の指先が微かに震えている。(‥‥微かな動揺)、この小さなほころびに気づいたことで、はっと我に帰った。暗殺するために、この地を訪れたのではない。


 殺気を消し、再び、穏行の構えをとった。


 

 ◇◆


 

 「‥‥‥フフン♪フフン♪フフ♪フッフフフフン♪フフフフ♪フフン♪フフフ‥‥」


 その凡庸な姿をした男は、なぜか、目覚めてからすぐに鼻歌まじりで、何かの食べ物を作り初めた。それは芳しい、とても良い匂いの茶色い料理。

 そして、料理を作っているこの人間からは、相変わらず、魔力、妖力、瘴気などは一切感じられなかった。


 しばらく、鍋の中身をぐるぐるとかき回していたその人間は、何を思ったか、青い炎の出る人工遺物アーティファクトに鍋をかけたまま、上着を羽織ってサッと外に出て行ってしまった。


 人間の男を追うか、部屋の中を調べるか、迷っていると。


 (ん!?‥‥‥‥じ、獣人か‥‥)


 森から複数の獣人達の気配が感じられた。

 屋根裏で息を潜めて、【読】を展開する。

 明らかに、こちらに近づいて来る八つの気配。その中に見知った、ひとつの気配があった。


 (‥‥‥あいつだ。)


 この地域では超有名な厄介者。


 (‥‥ガルア・アニマ・バニラ。)


 【狂犬】の二つ名を持つ犬牙族の戦闘快楽者バトルマニアだ。


 誰かれなく喧嘩を売る阿呆犬で、我が藍袴衆とも何度となくトラブルを起こし、私自身も何度か直接殺りあったことがある。

 魔力も妖力もないのだが、とにかく強い身体能力の持ち主で、確か犬牙族の武闘大会では連続無敗記録を持つ優勝者。【ガルア・アニマ・バニラ】と言えば、この辺では知らぬもののいない厄介者である。

 

 (‥‥だが、これで、あの男の正体がわかる。)


 あの阿呆犬のことだ、間違いなく、あの男に喧嘩を売る。

 戦闘になってくれれば、あの男の正体が、単なる人間か、瘴気を持つ魔人か、復活した亜神か、あるいは他の何か、とにかく、これで、あの男の正体が特定できる。


 考えているうちに、バニラと七人の子供達が小屋の前までやって来ていた。


 「ハッルヒロくーん。あーーそびましょっ!!」


 (‥‥ん?‥‥知り合いか?)


 「ん!?‥‥おろろ?‥‥パルルの野郎ォォ、居ねーじゃねーかァア!!ったくよォ、こっちは死に寸だってのにぃぃ‥‥いったい何やってんだよ、アホヒロはっ!!」


 バニラが地団駄を踏んでいる。


 「‥‥‥でも、おねいちゃん、‥‥この匂い‥‥。」


 子供たちが鼻をくんくん鳴らしてみせる。


 「あ、ああ。【カレー】は作ってあるみてーだな。くふふふ‥‥」


 バニラもくんかくんかしながら、なんかいい顔をしている。どうやら、この芳しい食べ物の名前はカレーというらしい。


 (それにしても、あのバニラがおとなしい。あいつなら戸を蹴破って暴れ出してもおかしくないはずだが‥‥‥)


 まさか、人間の男を恐れている、いや、あの狂犬ガルア・アニマが普通の人間を恐れるとは思えない。


 (それなら、何故‥‥あまりにあいつらしからぬ態度だ。)


 そうこうしているうちに、ハルヒロと呼ばれている人間の気配がこちらに近づいて来た。


 「お!?おーーい、おおーーい、ワキワキパルピローーン!」


 気づいたバニラが、飛び跳ねながら手を振り出した。

 男もバニラに気づき片手を上げて応えている。だが、その気配はあまりに小さく、人間に比しても脆弱ぜいじゃくで貧相だと思った。ーーその時。


 (‥‥‥なっ!?)


 膨れ上がる瘴気の波動。

 

 その波動はなぜか、跳ねるたびにぶるんぶるんとだらしなく揺れるバニラの乳と完全にリンクしているように思えた。明らかにぶるんと揺れるたびにあの男の瘴気が膨れ上がっていた。

 

 (‥‥なんなんだ、なんで、揺れる乳に瘴気がリンクしているんだ?)

 

 まったく訳がわからない。そして、だらしなくにやけたふにゃ顔で近づいて来る、あの人間。


 (本当に、あんなのが亜神なのか‥‥?) 

 

 だが、確かに葉隠の里で感じたあの瘴気に似ている。

 そして、信じられないことに、あの暴れん坊のバニラが躾られた犬のように尻尾を振っている。

 バニラのことを知っている者ならば、誰もが自分の目を疑う筈だ。

 

 (‥‥‥やはり、あいつは‥‥)

 

 そしてこの後、まるで犬のように扱われているバニラと犬牙族の子供たちを目の当たりにして、半信半疑だった疑いは確信へと変わっていた。


 (やはりそうだ、間違いない。バニラ達、いや、犬牙族一族は己の保身のために、あの亜神の軍門に下ったのだ。)


 だが、犬牙族はどのように亜神と交渉したのか。


 (‥‥‥ま、まさか。)


 【七人の子供達】=【生贄】


 恐ろしいことに犬牙族はこの幼子達の命を引き換えに一族全体の保身を図ったようだ。

 だが、それは奴等にとって賢明な選択だったのかもしれない。


 (我ら妖狐族はどうすれば‥‥)


 近い将来、犬牙族と同じような究極の選択に迫られる筈だ。ーーー【徹底抗戦か、あるいは全面降伏か】


 (誇り高い我らは玉砕覚悟で戦いを選ぶかもしれない‥‥。)


 だが、もしも、妖狐族が一族の生き残りを願い、犠牲を払うならば、私は喜んで三尾を持つ誇り高いこの身を亜神に捧げようと考えていた。ーーその時。


 「ぐッッ!!?」


 ーーー瘴気の大爆発。

 

 押し潰されるような圧力と脳を直接揺さぶるような耐え難い衝撃。真っ赤に染まる視界の先に。バニラがその乳を揉まれている姿が見えた。


 (い、生贄の儀式か‥‥)

 

 息が詰り、脂汗が滴る。眼球が窪み、赤く明滅する視界。


 そして、私はこの圧倒的な瘴気の前に、屋根裏の一角でその意識を手放した。

 

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