希望
「準備が整いましてございます、大旦那様。」
「うむ、じゃあ、出発しよう!」
その号令に即座に反応するギルド商人たち。さすがにロックフェラーによる恐怖教育がいき届いている。
と思った時、マリリンが突然、口を開いた。
「‥‥ち、ちょっと、待って!‥‥何か、強い魔物、いや瘴気を纏った何かが近づいているわ。ま、まさか、あの化け物‥‥!?」
「‥あ‥あの女か‥‥?マリリン。」
「あん?魔物だァア~」
ロックフェラーはもちろん、この場にいた全員が騒然と後方に注意を向ける中、獣人の少女が、小さく、こう呟いた。
『‥‥‥‥ぉっぱいのおにいちゃん~。』
◇◆
バニラとちびっこセブンが帰った後、モナモカの愛らしさを思い出しながらも、僕は、今後のこの土地における作付け計画に頭を悩ませていた。
さて、何を作付けするか‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥ん‥‥?」
(あれ‥‥?待てよ、そう言えば‥‥‥無いんじゃなかったっけ。)
そう、バニラやちびっこセブンのせいですっかり忘れていたが、耕作地自体がなくなっていることに今さらながら気づいてしまった。
(‥‥作付けする前に開墾しなければならない。)
本来なら、この作業小屋の前には田畑の耕作地が合わせて三ヘクタールほど存在していたはずだった。三ヘクタールと言えば三万㎡、百メートル×百メートルが三つ。寛治じいから譲り受けた大切な大切な耕作地。それが今は存在していない。
そう、そうなのだ、今まで手塩にかけて、丹精込めて耕し作り込んできた、あの土が、そして、あの耕作地が消え失せてしまったのだ。
(や、やばい、マジで考えるだに気持ちが萎えてきた。超へこんできた。)
とりあえず、僕は少し暗くなってきた外に出てみる。
「ぅわああ、開墾からかァァ‥‥‥。」
駄々広い谷あいの盆地状の土地を眺めながら、そんな呟きをもらしていた。というのも、一から開墾をはじめて農作物を収穫するというのは一筋縄ではいかない、とんでもなく大変な作業なのだ。
実際、ほとんどの日本の農家では代々受け継がれてきた耕作地から農作物を収穫するのが一般的で、新たに開墾する人はほとんどいない、日本政府の減反政策が影響している面もあるが、それが日本では当たり前の状況だった。
かく言う僕も、母方の父の寛治じいから譲り受けた土地を使って、ひとり農業していた。
それでも、やらなければならないことはいたって単純で、耕して、耕して、耕して、耕して、耕して、小石や雑草などを取り除きながら、とにかく、ひたすらひたすら、耕して、農作物の根が伸ばせるように土を柔らかくすればいいだけの話である。
問題なのは、耕作面積をどの程度にするか。
単純に耕作面積を小さくすれば、それだけで手間は少なくなる。だけどそれに比例して収穫量も少なくなる。要はバランスが大事だ。
僕がこの地でやっていたのは、開墾なしの三ヘクタール。水田が二ヘクタール、畑が一ヘクタール。
それでも、ひとりでは手一杯。収穫期には近くの知り合いの方に手伝ってもらっていた。
ちなみに、日本の農家ひとりの平均耕作面積は二ヘクタール少々。単純に考えて、いちからの開墾ありき、耕作機械や化学肥料がほぼ使えない状況での三ヘクタールはあり得ない。
まずまず、【四反(四十アール)】
約三十メートル×三十メートル、一反を四面。
耕作機械や農薬、化学肥料に頼れない現状、僕はそれがまず妥当なところだろうと考えていた。
一応、納屋には自走式の小型耕うん機、耕太くん(ガソリン満タン時、連続運転時間、約2.5時間)もあるのだが、ガソリンに限りがある。多用は出来ない。
後々のことを考えれば、昔ながらのやり方、耕作から収穫まで、鋤と鎌とこの体を使ってやらなければならないだろう。
それでも、四十アールの耕作地があれば、何を作付けするかにもよるが、食べるには十二分な量の作物が栽培できると考えていた。
昔ながらのやり方と言えば、一反(約千㎡)の耕作地を四面作るのにも意味がある。
まずもってこの地には化学肥料や農薬がない。無肥料に近い状態で、土と野菜の元来もっている力を引き出して育てなければならない。
無肥料、無農薬栽培、完全オーガニック、聞こえはいいが、これでやると必ず連作障害が出る。なので、耕作地を四面に分ける。
昔々、ヨーロッパで起きた人口爆発の起爆剤になったと言われる農業革命、四輪作。休耕地を作りながら三種類の作物を順繰り育てる栽培方法。
まあ、しばらくの間は大丈夫だろうが、後々のために四反の土地を四分割しておく。
と、小屋に戻り、机に座って開墾計画の略図を書いているとあることに気づいた。
「‥‥‥ん?‥‥北ってどっちだ‥‥?」
絵図面を書く上で方位がわからないでは話にならない。
方位をどう調べるか。方位磁石、太陽の昇る方向、月、南十字星、北斗七星、星座、切り株、樹林相、どれもこの異世界では役に立たないように思えた。
結果、小屋から正面に見えるユング‐フラウア大山脈の一番高い山の頂きを真北と勝手に決めた。
(まあ、言うなれば、テ・キ・ト・ウだ。)
紙面上では小屋が下、ユング‐フラウア大山脈が上と設定した。そのように設定してから、絵図面を書き始める。
まず、小屋の左手から北に向かって水路ありきの縦道を書く。
小屋の前に小さな苗床用の耕作地スペースを作る。
その上に東西に横切る横道を書く。この道は耕うん機が通るためのものなので少し広めにしておく。
そして、その横道の上、縦道の両脇に三十メートル×三十メートルのスペースを二つ、その上にこのスペースを二つ、合計四面の耕地スペースを書き入れる。そして、山や川の距離感を思い出しながら絵図面に書き込んでいく。
なぜ北に向かって耕作地を伸ばしているかというと、後々、耕作地を一ヘクタール、二ヘクタールと北方向に増やしていって、北から流れてくる水路に連結させて水田をやりたいからである。
水路を作るのに時間がかかるため、今は出来ないが後々、この肥沃な土とこのきれいな水で日本最高の技術で品種改良された米を作りたいと考えていた。
この環境なら、たぶん、とんでもなく美味しいお米が出来る筈だ。
と簡単な絵図面にしながら開墾計画を考えていると、先ほどまでの萎えていた気分がだんだん良くなってきた。
いや、良くなってきたどころではない。
元々、好きでやっていたひとり農業だ。何の障害も無く、自然豊かな有り余る土地を自由に開墾して、自由に耕作して、自由に作付けして、自由に農業ができる。そう考えると楽しみになってきた。
先ほどとは逆に、この環境に対して、とてつもない可能性と明るい未來を感じている自分がいることに、僕は少し驚いていた。




