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9.もういいかーい

コンコン


「こんにちはー」

「はーい!……だれ?」

「アイリーンです。セドリックか、ハンスに会いたいんだけど」


 相手を確認してから、恐る恐る扉の向こうから顔を覗かせたのは、藤色の長い髪を耳より下の方で二つに結んだ可愛らしい少女だ。彼女はわたしの姿を見つけると、警戒を解いたように扉を開けきり、破顔する。教会の子どもたちは教育が行き届いてるなと改めて思う。


「セドリックもハンスもおるすだよ。フランさまとおでかけしてるの」

「今日も!? 昨日も、その前の日も、一週間前も二週間前もそうだったわよね!?」

「まいにちずっとよ。ヒルデのことはつれてってくれないの」


 ぷくっと頬を膨らませる。このヒルデという少女も大変不満そうだ。が、わたしは頬ぷくなんて可愛らしい表現を通り越して地団駄を踏みたい気分なんだけど。


「つまんなーい。アイリンお姉ちゃんあそぼうよー」

「アイリーンよ。そうねわたしもつまんないわ。なんであの二人、わたしをのけ者にするのよ!」


 どうせ鍛えるなら連れてってくれたらいいのに!わざわざパーティを解散してレベル上げなんて、非効率だ。RPGの基本を知らなすぎる。


「のけものってなに?」

「仲間はずれにすること!ねぇヒルデ、二人の行き先を知らない?」

「しらなーい。アイリンお姉ちゃんにはないしょだって」

「アイリーンよ。っていうかそれ知ってるってことよね!?」


 どうなの!?と声を荒げそうになって、玄関先だったことを思い出し、また、子ども相手にムキになって情けないとも思い直した。けれど時すでに遅く、騒ぎを聞きつけた子どもたちがなんだなんだと中から出てきて、あっという間に囲まれてしまう。


「あ!アイリンお姉ちゃんだー!」

「きょうはかくれんぼしよー」

「えーおにごっこがいいよ」

「きのうしたもん!」


 なにやら盛り上がりを見せる子どもたちは楽しそうにわいわいキャッキャとはしゃいでいた。対照的にわたしはぐったりとしていく。少しは慣れてきたと思ったけど、やっぱりこのテンションにはついていけない。


「まって。今日は遊ばないわよ」

「「「「ええーーーー!」」」」


 大ブーイングである。今まではつい流されてしまっただけで、本来わたしに遊んでる暇なんてないのだ。セドリックもハンスもいないなら、わたしひとりでもレベル上げをしないといけない。せめてホーリィの魔法を覚えるくらい。そしてミッドガフドに行きお金を稼ぐ!そのためにはやっぱり当初の予定通り、商人の護衛か猟師の人に頼んで経験値のおこぼれをいただく方向で――


「アイリンお姉ちゃん、昨日たのしくなかった……?」

「えっ?」


 自分の世界に入っていると、ずっと隣にいたヒルデが声を震わせて尋ねてくる。見上げてくる目は、それはそれは悲しそうで。


「おにごっこ、たのしくなかったの?」

「そっ、……そういうわけじゃなくてね、ただ今日は―」

「たのしそうだったよー?」

「ねー?」


 他の子どもたちが次々に「ねー?」と顔を見合わせている。ちょっと待って。待ちなさい。

いや、違うのよ。決しておにごっこや子どもたちと遊んだことが楽しかったわけじゃなくて、いや、たのしくなかったわけでもないけどただやっぱり身体を動かして誰かと遊ぶっていうのが久しぶりだったから筋力とか脚力とか瞬発力とかが鍛えられてこれはこれで悪くないなって思って――決して楽しんだわけじゃないから!


「じゃあやっぱり今日はかくれんぼにしよー!」

「うん!」


 なにが「じゃあ」なのかさっぱりわからないんだけど!


「アイリンお姉ちゃんがオニー!」

「キャーーーー!!」


「なんで昨日も今日もわたしがオニなのよ!」


 謎の奇声を発しながら散り散りに走って行く子どもたちに向かって叫ぶ。なんなのよ!わたしはしぶしぶ後ろを向いて顔を覆った。かくれんぼなんだから隠れる場所を見るわけにいかないからだ。いーち、にーい、と数えながら、そんなことを咄嗟に考えてしまい、自分の律儀さに泣けてきた。はぁ……けっきょく今日も遊ぶのね………。


 セドリックとハンスが必死に剣を学んでレベル上げしてるってときに、わたしは何やってるんだろう。一日中走りまわって……まるで子どもみたいだ。いや、見た目だけは子どもだけど、中身はもう三十なんだってば!


「もういいかーい」

「「「まあだだよー!」」」


 そもそも子どもたちはわたしなんかと一緒に遊んで楽しいのかしら。我ながら全然かわいげの欠片もない性格の子どもだと思うんだけど。いつかハンスが言ってたけど、セドリックは本当に子どもと楽しそうに遊ぶのが得意よね。純粋に楽しんでるだけだとしても、まったく疲れを感じさせないし、やっぱり主人公なんだな。


「もういいかーい」

「「「もういいよー!」」」


 さて、と目を開ける。やるからには手を抜くつもりはないのだ。


 子どもたちは6人。わたしの声が聞こえる範囲には3人しかいないらしい。イリーネとマルクはそんなに遠くへ行かない。リベルトとルッツは遠いだろうな。元気すぎるくらい元気だから。読めないのはコロナとヒルデだけど、コロナはなんでも真似したがる年だから、リベルトたちについて行った可能性がある。


 ま、近いとこから捜せばいいわね。


 すばやく辺りを見渡す。何カ所かアタリをつけ、まっすぐにそこへ向かった。


「イリーネ見っけ」

「……うぅ」


背の高い草の後ろでしゃがんでいた女の子はイリーネ。口数が少なくておっとりしてる。けど、意外と足が速い。ものすごく早い。普段はおっとりしてて助かる。


「マルク、いた」

「みつかっちゃった~」


 岩陰に潜んでいた男の子はマルク。この子もおっとり、というか全体的に動作がゆっくりとしている。物怖じしないというか……将来は大物になりそうだ。でも足はそんなに速くない。


「あら、コロナ?」

「きゃー!」


 先ほどの予想が外れ、マルクの隣で小さくなっていたコロナを見つける。リベルトやルッツの後を追ってもっと遠くに隠れていると思っていた。この子の足は速いというよりすばしっこく、よく転ぶ。この子を追いかけたらすぐ転んで泣き出すから、ある意味いちばん気をつかう相手だ。


「わたしはもう少し遠くを捜してくるから、みんなは仲良くここで待っててね」

「「はーい」」


イリーネは小さく頷き、マルクとコロナは元気よく送り出してくれた。わたしにとってはここからが本番だ。


 教会の正面入り口は村の生活道路に面していて、比較的人の出入りが多い。一方、彼らの家として教会に入るには裏口を使うのだが、そこは正面からぐるりと回って後ろ、北側にあるフィーネの森に面していた。かくれんぼを始めたのもそちら側。ということは、子どもたちは森に入っていった可能性が高い。


 さすがに立ち入りを禁止されている区域までは行かないと思うけど、ギリギリ奥までは進んだかもしれない。


(森って言っても、そんなに広くないけど)


 ある程度まできても木々はまばらだ。視界をふさがれることもなく、見上げると青空も見える。


(リベルトとルッツが隠れるなら……)


 あの二人は本当の兄弟みたいだ。なにをするにも行動を共にしている。主にやんちゃな方面に。なかでも特にやんちゃなのはリベルトの方で、ルッツはよく彼の後を追って走り回っている気がする。ひとりなら思ったより大人しいんじゃないだろうか。足はルッツの方が速いし、なんなら背も少し高い。リベルトより少し年上なのかもしれない。だとしても4歳とかその辺だけど。


 少し考えて、わたしは大きすぎず小さすぎない木をさがし、両手をついてガサガサと揺らしてみた。まるで強度を確かめるように。というか実際確かめたのだ。


 子どもの身体は不便なことの方が多いけど、こういうときは身軽でいいなと思う。足をかけ、手をかけ、スルスルと上までのぼった。ここ数日で脚力もついたし、一週間くらい前に遊ばされた木登り競争のおかげでコツもつかんでいる。あのときわたしに木登りの方法なんて教えたのを後悔するがいいわ。

上の方にあった太い幹に腰掛けて、辺りを見渡す。見晴らしは良好。目線が高くなって一気に視界が開けた。


あ、


「リベルトー!ルッツ!見つけたわよー!」


「げええー!」

「みつかったじゃんか!」


 二つほど先の、それぞれ別々の木の上に、リベルトとルッツがいた。絶対見つからないと思ったのにー!と悔しそうに騒いでいる。ふふん、思考が単純でわかりやすいのよ。


「もうおれたちだけ?」

「ヒルデがまだよ」

「ちぇー、ヒルデが勝ちかー」


 この場合勝ちはわたしでしょ!?と思ったけどさすがに大人げないのでやめておいた。そうね、と笑い、二人にまっすぐ教会に帰るよう言いつけてさらに奥へと進む。かくれんぼが得意だったのね、なんて暢気にヒルデのキャラ情報を更新させながら。


 まさか本当に、負けるなんて思わなかったので。



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