85.急げ
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(あ、死ぬ)
湖の底。逃げ場のない地下。爆発。生き残れる要素が見当たらない。爆風に煽られ吹き飛ばされた身体は打ち付けられ、痛みに感覚が支配される。周囲の音も遠退いてきた。
(……せめて、ダンたちは逃がしてあげたかったな)
薄れていく意識のなか、ぼんやりと思う。目を閉じると、まるでこの世界が、本当の本当にゲームの中でしかなくて、わたしは元々ただのゲームのキャラクターだったじゃないかと思えてくる。あれは前世の記憶なんかじゃなくて、全部わたしの妄想、もしくは夢の中の記憶。もう一度うっすらと目を開けてみれば、ここにいるはずのない友人たちの幻覚まで見えてきた。
(なに、これ…)
無意識に口にしていた。
「セ……リ……………、ハ…………ス」
「「アイリーン!!」」
2つの声だけがやけにはっきりと聞こえた後、わたしの意識はプツリと途切れた。
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「おい!アイリーン!」
「駄目だ、気を失ってる」
「アイリーン!アイリーンッ!!」
「ッ、オマエら!さっさとそいつ担いで逃げるぞッ!」
セドリックとハンスが彼女のもとへ走り出し、呼び掛けるが返事はない。だが今はこの場から逃げるのが先だと、ライナルトは強く促した。崩れていく屋根や壁は時を止めてはくれないのだから。
「急げ!!」
「その必要はないよ」
ゆらり、と立ち上がったハンスが言う。セドリックはアイリーンから目を離さず、横抱きにしたまま片時も離れようとしない。ハンスも視線は彼女に落としたままだ。
なに言ってンだ、とさらに声を張ろうとして。
「ここは崩れない。……崩させない」
やけに通る声で、強い意思で。
ハンスが両手を前に掲げると、手のひらから膨大な量の魔力が渦を巻く。空気が揺れるほどの熱と光に、誰もが目を覆い、息を止めた。急激に温度を放つ熱源が、まるで太陽のように周囲を溶かしていくのではないかと思われた、そのとき――。
ハンスは足元に向けてその光源を放った。
破壊行為にも見えたその動きに、目を見張る間もなく。身構えてもいつまでも衝撃が襲ってくることはなかった。それどころか震動は徐々に小さくなり、今にも崩れそうだった天井はピクリとも動かなくなっていく。ふと見上げた先に視界にあった壁の亀裂が、瞬く間にその傷を塞いでいった。
何が起こってるんだ、いったい。
今にも避難を開始しようとしていたライナルトは、あんぐりと口を開けたまま固まってしまう。誰もが息をのみ、ハンスに視線を向けた。
(崩壊しかけた建物を止めた…?)
膨大な地の魔力をコントロールして。
完全に揺れが収まると、ハンスは何事もなかったかのように落ち着いたまま、セドリックに静かに手を掛けた。
「セドリック。アイリーンは」
「……息はしてる」
「アイリーン!!!!大丈夫か!?」
彼らに駆け寄っていく少女は研究所にその凛と高い声を響かせる。それだけで周囲の視線を集めるのに十分だった。その姿を見た研究員たち全員が、立ち上がりピンと姿勢を正す。そして誰からともなく声をもらした。
「エ、エリサ皇女殿下……!?」
「なぜこちらに」
「いったい何が……?」
「空音が、」
「あーあー、こちら、ローレンシア王国騎士団所属、特殊部隊員のディーノ・ウィリアンである!皆の衆ー!ここは危険なのでただちに地上へ避難するよーに!」
やがて、遅れて登場したひとりの騎士の間延びするような指示に、研究員たちは即座に退路を決めた。王国騎士の命令は国王命令と同じ。またなぜかこの場にいる皇女殿下の存在もあって、騎士に逆らおうと考える者はいなかった。声を聞いた者から体が動き、地上へと続く昇降機へ向かう。
「お嬢……っ」
「ヤッカス、話は後だ」
アイリーンから離れようとも動こうともしないセドリックたちに近づき、ダンは彼らを引き剥がす。「え、ダン……!?」と驚いたような声を出すのはライナルトだ。しかし久々の再会に感動する間もなく、ダンは横たわった少女を軽々と抱えあげた。そのまま他の研究員たちと同じように退路をとるダンは、今や崩落の気配すらない地下研究所の天井を見上げる。さっきまではたしかに地鳴りと震動が響き渡り、今にも崩れてきそうだったのに。おかげで焦りも混乱もなく、全員が安全に地上へ出ることができそうだが――。
ちらりと後ろを見れば、見覚えのあるガキどもと目が合う。様々な感情を含んだそれに、ダンは力強い笑みだけで応えた、それだけで伝わったらしい。
話は後だ。とりあえず地上へ。そして、彼女を休ませる場所へ。




