82.案内して
「もう大丈夫よ」
手をかざし、治癒術をかける。傷口が塞がっていく光景は何度見ても慣れるものじゃないけど、目を逸らしたら正確に治るイメージができないのだ。そろそろグロ耐性がつきそう。
(すっ………ごい疲れる……)
魔力的な意味でもそうだが、精神的にも。南門付近はまさに地獄だった。巨大な尻尾が三つも生えたさらに巨大なクマに似た何かが、木々や建物をなぎ倒し、腕一振りで騎士数名を水路へ払い落とし、咆哮を上げ、王都を闊歩するという……いや、何ソレどういうこと??ここSF映画の世界だっけ??いや、ゲーム世界のはずだ。一瞬また違う異世界へトリップしちゃったのかと思った。いや、前世の記憶で言えばここがすでに異世界なんだけど、そうじゃなくて。
(わたしの魔力にも限界があるし)
使い果たしてしまえばバッタリと倒れてしまう。あの経験があってから、ようやく自分の魔力の底がわかるようになった。考えなしに魔術を使うことはできないということも。けど、怪我人を見捨てることもできず、結局わたしは道に倒れる騎士たちを片っ端から治療していた。
「ありがとう……助かったよ」
礼を言って起き上がる騎士の男性に、小さく頷いた。
「まさかマレーベアが人を襲うとは……。見た目は凶悪だけど、もともと人懐っこい魔物なのに」
(あれマレーグマだったんだ……)
凶悪どころじゃない。新種のゴジラかと思ったわ。
怪我があらかた治ると、男性はわたしを城へ案内しようとした。このまま連行されるわけにはいかないので、やんわりと断り、城とは逆方向へ足を向ける。
オズバン魔術研究所は、オズバン湖の地下奥にあるのだ。
(あそこ、たしか迷路みたいになってるのよね……無事に研究所まで行けるかな)
しかも狂暴な魔物までいるときた。いくらホーリィの魔術で魔物避けできると言っても、一度も戦わないで済むとは思えない。タイミング的に中ボスくらい出そうな予感がするのだ。なんたってRPGの世界だから。
「せめて奥まで案内してくれる人がいたらいいのに」
「どこを?」
「どこって、オズバンの地下迷宮―――」
少ししてから、気付いてガバリと顔をあげた。わたしに声をかけてきた焦げ茶の髪の男性は、目が合うとニヤリと口許を歪め、イタズラっぽく目を細める。それとは逆に、わたしは大きく目を見開いて、口をポカンと開けた。
「あ…っ、あなた……!!」
「お。やっぱ間違いねえみてーだな!上等な服着てっから一瞬見間違えたかと思ったぜ」
「なっ、なん、なんで、ここ、」
「なんでって。まともに働いてっからだ。
デカくなったじゃねーか、リン」
そう言ってわたしの頭をわしゃわしゃと撫でる、懐かしいほど大きく無骨な手。相変わらずなわたしのあだ名と、粗野な振る舞い。
いつかの元誘拐犯は、四年前と変わらない声で豪快に笑った。
「ダン!!」
「うぉっ……っ、ちょ、おい離れろテメ……ッ」
わたしの肩を掴んだ手は、本気で引き剥がそうとしている力とは思えなかった。それなら逃がすものかと、背中に巻き付けた腕に力を込める。
「おっ、おおおい、マジで離れろッ!お前の番犬共に見つかったらどうすんだ!?」
「何ワケわかんないこと言ってんのよ。久しぶりなんだからもっと感動してくれてもいいじゃない」
なぜか顔を真っ青にして周囲をキョロキョロしていたダンは、やがて微妙な顔をして「まさか一人か?」と呟いた。今回は誘拐されてきたわけじゃないので安心してほしい。自分の意思でここにいるから。そう話すと、またさらに微妙な顔をされてしまった。それどういう反応なんだろう。
「ダンこそどうしてここに?働いてるってどこで?まさか王都!?」
「んなわけねーだろ。研究所だよ」
ピタリ、と。貼り付けた笑顔のまま動きを止めた。ダンはそんなわたしに気付かず、頭をガシガシとかきながら言葉を続ける。
「魔術研究所っつって……あー……俺は別に魔力があるわけじゃねーから、文献運んだり解読したりすんのが主な仕事だが」
「…………」
「つーかほぼ雑用だよ。今もちょうど食料買い出しに出てきたとこだ。………つか、人少なくね?店どこもしまってんだけど。城でなんかイベントでもやってんのか?」
わたしはようやく体を離し、ダンの手を取った。見上げると、彼は少し驚いたようでビクリと体を跳ねる。構わずにわたしは続けた。
「案内して」
「あ、あぁ……さっきのか。地下迷宮がどうのって」
「どうしてもオズバン魔術研究所に行きたいの……!理由は話すから」
強く訴えると、ダンは戸惑いながらもこくりと頷いてくれた。思わぬ協力者だ。以前より少し近くなった顔を見上げながら、わたしはこれまでのいきさつを思い出す。……エリサやディーノのことは言わない方がいいかも。王位とかややこしい話になってくるし、そもそもディーノが皇子だって公表されてないし。
「えっと……国王陛下の決定で、人為的空間術の研究は中止することになったの」
「えっ」
「だからさっそく邪魔しに――じゃなくて、止めに行くのよ。ダンも手伝ってね」
「は?なに、なんだって??」
そういえば、ダンがここにいるってことは、ヤッカスはどうしてるんだろう。彼も魔術研究所で一緒に働いてるんだろうか。二人の再就職先を奪ってしまうかもしれないということにほんの少し罪悪感を抱きながら、それでも事情を説明するため、わたしは言葉を続けた。