80.役割
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「みんなが追い付きたかった友達ってアイリーンのことだったのか」
ポンと手を打ち、声を弾ませる。まさかみんながアイリーンの友達だったなんて、すごい偶然だ。
「あ!そういえばアタシ、飛び出してきちゃったから謝らないと……。ディーノもごめん。心配かけたよな」
思わず下を向いてしまう。周りはシンと静まり返ったままだった。……やっぱり怒ってる。当然だ。あんなに危険だって、アイリーンにも言われてたのに。
「空音を壊さなきゃって思ったら、体が勝手に……っ、あ、そう!ティターナの空音は見つかったんだ!壊してきたから、あっちはもう大丈夫だと思う」
地震が起きてすぐだったから早く見つけることができた。ティターナで感じた空音はひとつだけ。あの宿屋から感じたのもあれだけだ。
「けど、まだ感じるから、王都のどこかにも空音はある。それをこれから探さないと………。ディーノは城で待っててくれ。ひどい傷だったんだからーーって、そうだ傷!ケガはもう平気なんだよな!?アイリーンに治してもらったけど、血がいっぱい出てたんだ!アタシを助けたせいで――!」
「エリサ様、少し落ち着いてください」
静かな声に遮られ、アタシははっと息を止めた。目が合ったのは、澄み渡った空のような髪色が綺麗で、背中に大きな鎌を背負っていて、すっごく強い女のひと。
「お伝えしたいことがあるのはわかりますが、今はその時ではないかと」
「え、なんで?」
「先ほどの話をお聞きになったでしょう」
「? アイリーンは城にいるっていう話か?」
その話ならちゃんと聞いていた。アイリーンはどこにいるのか?という皆の質問を受けたディーノが、そう答えていたから。
「ディーノ様は北門に出た魔物を討伐していたそうです」
「だからアイリーンには安全な場所にいてもらったってことだよな。それが何か問題なのか?」
その瞬間。セドリックとハンス、それにライナルトまでが目の色を変えた。誰が見てもわかるくらい鋭い眼光にピクリと身体が反応する。けれど、その視線はアタシには向けられず、ディーノを貫いた。
「お前がアイリーンを連れ出したのか」
え、誰だ、この低い声。
「人聞き悪いね。連れ出したんじゃない。ここまで来たのはアイリーンちゃんの意思だよ」
「かすり傷ひとつでも、あったら許さない」
「わお。報告にあった以上の過保護っぷり」
わざとらしく両手を上げるディーノに、噛みついてるのはセドリックだった。けど他の二人も負けてない。
「報告……ね。ティターナの宿屋でヴィオラが飛ばしてたあの白い鳥のことかな」
「おい糸目野郎ッ、覚悟はできてんだろーな」
スッと目を細めたハンスに、ポキポキと指を鳴らすライナルト。どうやら三対一でディーノが悪者にされてるらしい。事情はサッパリだけど、それはなんとなく伝わってきた。考えるより早く、アタシは両手を広げてディーノの前に出る。
「まっ、待ってくれ!ディーノは何も悪くない!」
「殿下、俺はいいから――」
「大変だ、ディーノ!!」
突如響いた鋭い声に緊張が走る。ディーノもまた、アタシの肩に手を置いたまま顔を強張らせた。声のした方に目を向けると、走ってきた男はちらりとアタシを見る。けどすぐにディーノへ視線を戻して、焦った様子で口を開いた。ただ事じゃない感じだ。
「南門から魔物が侵入した!すぐに向かうぞ」
その瞬間、頭が真っ白になる。……魔物が侵入した?どこに?
「状況は」
「……数も質も北門と桁違いだ。南門の守りが薄くなったところを狙われたのかもしれない」
「狙われた?意図的に、スか」
「わからない……。情報が錯綜してる。城は今大混乱だ」
気付けば我に返り、飛び交う不穏な会話に口を挟んでいた。
「城下のみんなは!?」
「えっ、は……ッ?は、はい!城へ避難しているようですが、」
「怪我人はいるのか!?」
「い、いえ、まだそういった情報は………」
ズッシリと、胸に重たい何かがのしかかる。息が苦しい。頭の中がドロドロのぐちゃぐちゃで、意識を失いそうだ。
「ッ、アタシ行かなきゃ……!」
「お待ちください」
堪らず走り出そうとしたアタシの手を、誰かが掴んだ。
「お一人で行動されるのは危険です」
「でも……ッ!!」
「皆に迷惑をかけたくないとおっしゃいました」
動きを止めた。彼女の空色の瞳から目をそらすことができない。
「行動には、責任が伴います。まして貴女はこの国の第一皇女なのですから」
「……ヴィオラ」
「走り出したい気持ちを抑え、人に指示を出すことを覚えなくてはなりません。それが貴女の役割です」
「そっ、それは……」
咄嗟に、違う、とは言えなかった。思うところはあっても、それもひとつの事実だと、最近になってようやく気付き始めている。わかってきている。それが一番、周りに迷惑をかけない方法だってことも。
だけど。
「………城でジッとしてるだけなんて、そんなのただのお姫さまじゃないか」
アタシは、なりたくない。
「アタシはこの国の皇女――エリサ・ウィル・ローレンシア。父さまの娘だ。この名にかけて、どんなことがあってもローレンシア国の民を守る。それがアタシの、」
そのためにアタシは。
「役割だ。だからここにいるんだ」
もう二度と、後悔はしたくないから。