8.危ないからっていつまでも逃げてたら強くなれないのよ
わたしが前世の記憶をもって生まれ変わった女の子――アイリーン・フォースターは、実はかなり高いスペックを持っている。
まず容姿。ゲームでもその外面の良さを積極的に利用し、情報を集めたり相手より優位に立ったりすることで仲間に貢献する。そんなシーンがいくつもあった。すべて計算尽くの狡猾さはまさに悪魔のようだと言わざるを得ないが、微笑みだけ見れば天使そのものだったので、やはり見た目だけは完璧な美少女だ。
そしてなにより、魔術の才能――魔力だ。これが最も主人公たちの冒険を支えていたと言ってもいい。前世の記憶を思い出してからしばらくたち、ようやく心に余裕がでてきたので、エタフェの世界観を改めておさらいしておくとしよう。
世界的に見ると、魔力を持つ人間はおよそ半数。四年制大学の進学率と同じくらいだ。多いとも言えるし少ないとも言えるだろう。ただし、大学も私立から公立、国立までさまざまあったように、使える魔術も人それぞれらしい。水は出せないが火は出せたり、その逆もある。マッチの火のような小さなものから、火炎放射レベルの大きな火を出せる者もいるのだ。
しかし日本の大学進学率と違い、これから先、この世界で魔力をもつ人間はどんどん減っていくだろう。少子化ならぬ魔力縮小化――魔小化が進んでいるのだ。魔力を持つ子どもも、魔力自体の量も減っている。そんな時代で、アイリーンは魔力をもって生まれた希有な女の子だった。
キャラクター紹介の時点で16歳のアイリーンは、癒しの魔術を使う巫子である。つまりRPGの十八番ともいえる回復役ポジションだ。セドリックたちは旅の途中、巫子の癒しの力を求め、巫子座――巫子を育成する学校であり巫子が働く場所でもある、そこを訪れていた。このイベントで初めてプレイヤーの前に姿を見せるのがアイリーンなのだ。セドリックにとっては幼なじみかもしれないが、プレイヤーとしては「お、ヒロインのライバルキャラだ!」と思わせるほど、セドリックへの好意があからさまなので、ヒロイン第一主義の派閥には面白くなかっただろう。
(私は結構好きだったけど)
人間味があって。気に入った相手はとことんまで気に入り、嫌いな相手は徹底的に嫌うブレないスタイルがおもしろかった。しかも彼女のお気に入り第一位はセドリック、第二位が実はヒロインの女の子なので、制作陣は最初から彼女をヒロインのライバルキャラにするつもりなどなかったと思う。ただ立ち位置的にはそうなってしまっただけで。
エタフェは基本的にバトルもののRPGであり恋愛ゲームではない。王道展開なので最後はみんな仲良く大団円だ。ストーリーに捻りがない、などと批判する声もあったが、前世の私は苦手なキャラもいなくて大好きなゲームだった。
――という情報を踏まえ、もう一度考えてみる。わたしの悩みは現在二つ。一つはセドリックとハンスによる孤児院勧誘であり、これはもう面倒だがその都度お断りするしかない。
そしてもう一つ。
「お金を稼ぐわよ!」
「え。まだ諦めてなかったの……?」
「オレらのウチに来たらいいじゃん。父さんも歓迎するってさ!」
意気込んで拳を突き上げるわたしに水を差す。二人に知られた時点で覚悟はしていたが、どうやらラスボス様にもわたしの状況はバレバレみたいだ。でも絶対行かない!わたし行かないからね!諦めるのはそっちよ!
「わたし気付いたのよ。モノをつくって売らなくても、稼げる方法があるの」
「どういうことだ?」
「悪いことはだめだよ?」
「悪いことなんかしないわよ失礼な!まあ見てなさい。ガッツリ稼いでくるから。ということだから、ちょっとミッドガフドに行ってくるわね」
意気揚々と家を出る支度をする。ミッドガフドまでは大人の足で日帰りできる距離であることが判明した。善は急げだ。手早く荷物をまとめ、家を出よう――としたその時、ぐいっと誰かに後ろから引っ張られた。なに?と思い首だけで振り返ると、右腕をセドリック、左腕をハンスに同時に掴まれている。二人とも焦ったように顔を強ばらせながら。
「え?え?どうしたの?」
「子どもが勝手にフィーネの村を出るのはダメだ」
「危ないよ!村の外は魔物が出るんだよ!?」
いつになく厳しい二人の見解に少したじろぐ。が、ハイそうですねと簡単に引き下がるわけにはいかなかった。魔物が出るのは百も承知だ。だってミッドガフドといえば、ゲームの最初の目的地。道中はセドリックがレベル1で戦うチュートリアルたちが待っている。
でも、わたしは戦うつもりはなかった。成長したセドリックと子どものわたしとでは同じレベル1でも差があるだろうし。それに戦わなくて済む秘策もある。今彼らに説明するのは難しいけど。
「魔物が出たら逃げるわ」
「ダメだ」
「だめ」
ほぼ同時に言われた。くそう、このイイコちゃんたちめ!でも、実際彼らの言い分が正しいこともわかっていた。わたしがここで怒っても八つ当たり以外の何物でも無い。
こうなったら、言う? じつはわたし魔力持ちなんですーって。
癒しの魔術が使えるってことは光属性の魔力。つまり、敵に見つかりにくくなる魔法――ホーリィが使えるはずなのだ。小回復魔法のヒールと同じでアイリーンが初期に覚えてた魔法だし。魔力があるのをラスボスに近い彼らに知られるのはちょっと怖いけど……さっそく敵に警戒される要素を与えるわけだから……そういえば、ラスボスって何レベルくらいで倒せるんだろう?
ん?………レベル?
「……待って」
「それはこっちのセリフだ」
「16歳のアイリーンって何レベルくらいあったのかしら」
ぼそっと口にした疑問で、ようやく恐ろしい事実に気付いて愕然とした。抵抗を止め顔を真っ青にするわたしに、セドリックとハンスはきょとんとしている。が、わたしはそれどころじゃない。
ふつうにレベル1だと思ってたけど、そんなわけないじゃない。いくらメインキャラクターとはいえ、アイリーンは、ストーリーの途中で!仲間になるのに!
「……わかったわ」
「ほっ」
「よかった……」
「わたし、ちょっと魔物と戦って鍛えてくるわね」
「なんでだ!」
「ダメダメダメ!」
一瞬緩んだ二人の手の力がまた強くなった。両側から引っ張られるどころか抱きつく勢いでしがみつかれ、あえなく脱出に失敗する。そろそろ腕が痛い。
「ッ、なんでダメなの? いいじゃない、遠くまでは行かないし。危ないからっていつまでも逃げてたら強くなれないのよ?」
現在進行形でラスボスから逃げているわたしのことはとりあえず置いておく。
「なんで強くならないといけないんだ?」
主人公がそういうこと言わない。まだ平和な世界だからいいけど。
「お金がほしいの」
「お金なんて、命より大事じゃないよ……!」
「甘いわ!確かにその通りだけど、お金がなきゃ生きていけないでしょ」
それにどうせレベルは上げないといけないのだ。なら最初は一番魔物の弱いエリアで鍛えるのが普通じゃないか。とゲームを知ってるわたしは思うんだけど、二人はかなり保守的なようだ。このままじゃ埒があかない。悩みに悩んだ末、そうだ!とわたしは良い案を思いついた。
「鍛えるだけならわたし一人じゃなくてもいいのよ。フィーネに来てる商人の護衛さんとか、猟師さんとかも強そうだし。そのあたりに頼んでみようかしら……もしかしたら一緒にミッドガフドまで行ってくれるかもだし、魔物から守ってくれるかもしれないわよね」
「それならオレが行く」
「それならぼくが行くよ」
妙にハッキリとした二人の声が重なった。経験値の横取りを嬉々として提案しただけのわたしは口を閉ざす。別にズルしようとしたわけじゃ……あるけど。そんなに怒らなくてもいいのに……。
困惑するわたしをよそに、二人ともお互いの言ったことに驚いたのか、顔を見合わせている。とりあえず腕はもう離してくれないかしら。間に挟まれると居心地が悪い。
「む、無理しなくていいのよ? 危ないし――」
「危ないのはアイリーンもだろ? オレはムリじゃないよ」
「でも、」
「あ、あのさ!アイリーン、ぼくからも提案があるんだけど」
セドリックとわたしの会話を遮るように、ハンスが声を張った。その顔つきは緊張し、しかしなにかを決意したのか、逞しくも見える。珍しい様子だ。
「一ヶ月。まってほしいんだ」
「一ヶ月?」
「うん。そのあいだにぼく、ぜったい強くなるから。どんな魔物からもアイリーンを守れるくらいに」
言われて数秒。時が止まった。やがてその内容を理解し、慌てて反論しようとしたわたしの声は、セドリックの「それいいな!」という弾んだ声に遮られる。
「ま、待っ――」
「剣の使い方なら父さんが教えてくれる!行こう、ハンス!」
「ちょっ――」
「うん!このあたりにどんな魔物がいるのかも調べておかなくちゃ」
急にやる気満々になった二人はようやくわたしの腕を放してくれたけど、その足でわたしを追い越し、脇目も振らずに帰ってしまった。ひとりポツンと取り残されたわたしは、唖然として遠ざかっていく彼らの背中を見送るしかない。って、
イヤイヤイヤイヤ! 待って! 待って!! 違うのよ! わたしべつに守られたいわけじゃなくて! ただ仲間に入れてもらいさえすればパーティ全員に自動的に経験値が入るっていうゲームシステムを利用して楽にレベルアップしたかっただけなの! その結果ホーリィの魔法を覚えられたらようやくミッドガフドに行けるんじゃないかなあって思っただけで!! すべてはお金を稼ぎたいから!! それだけなのに!!
なんだかおかしな方向に進んでない?大丈夫?これでいいのかな……?
けれど、今さらどうすることもできない。……まあ、セドリックが剣を持ったきっかけをつくったのがアイリーンなのかもしれないし。うん。さすがに剣を握ったこともない青年が冒険に出るのは難しいしね。……ラスボスに剣を教わろうとしてるのはちょっと気になるけど。
そういえば、ハンスは剣を扱えるの? ゲーム中の彼はどんなだったっけ…? 世界を救う仲間じゃなくて、孤児院にいる子どもたちの一人として描かれていた……はず。
会ったときも名前すら思い出せず、今も記憶を呼び起こせない。そんなにモブキャラだったのかな?とか失礼なことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。目を開けると明るい日差しが窓から差し込み、部屋の中を照らしていた。