78.わたしも悲しいから
「フォースター……?」
「聞かぬ名だ」
「貴族ではないのか……?」
大臣たちは小声でひそひそと顔を見合わせる。内心苦笑いするしかなった。やっぱり彼らにとって、『アイリーン』はどうでもいいのだ。問題なのは、わたしがどこの家の何者なのか。
「おっしゃるように、わたしはただの小田舎の巫子です。みなさんのご期待に沿うような名家の生まれではありません」
彼らが知りたがっているだろう回答をする。巫子、という単語に一部感心したような顔をする者もいたが、大半はその興味を失っていくのがわかった。
けど国王だけは、じっとわたしの声に耳を傾けてくれている。
「みなさんの信用を得るだけの後ろ楯もない。わたしには親戚も……親もいませんから」
「なに……?」
怪訝そうに国王が繰り返す。覚えのある単語にひっかかったのか。そういえば国王はすでに、教会の神父フラン・ハドマンを信頼しているのだった。彼が身寄りのない子供たちを養っているということは伝わっているだろう。わたしはお世話になってないけど。
「正確には父がいます。たった一人の、血の繋がった肉親です」
……もしくは、自分の息子に重ねてか。国王はわずかに目を見開き、口元を震わせた。
「ですがその父も今は行方不明です。4年ほど前になりますけど」
「……そう、か。今までずっとひとりで――」
「いいえ。それは違います」
口にすると、国王は複雑そうに表情を曇らせる。子どもの痛ましい強がりだと思われているのかもしれない。全然、そんなんじゃないのに。
「"家族"はいましたから」
セドリックやハンス、教会の子どもたち。
「血の繋がりはないけど、それでも"家族"なんです。わたしは――」
話しているうちに子どもたちの顔が浮かんできて、胸がいっぱいになる。こんなに遠いところまで来てしまったけど、早く帰りたい。一緒にご飯を食べながらたくさん話をしたい。会いたい。
いつの間にか、みんなのいる場所が、わたしの帰る家になっていた。
「"家族"が悲しむ結末を迎えたくない。そんなの、わたしも悲しいから」
「………それが、君がここにいる理由ということか」
こくりと頷いた。世界を救う勇者にはなれなくてもいいけど、家族だけは大切にしたい。これが今の正直な気持ちだ。
「アイリーン、と言ったな。君を信じよう」
顔を上げる。国王は目尻に深い皺を作り、穏やかな笑みを見せていた。瞳の奥にある濃い新緑色が、どこか懐かしいような、親しみを感じさせる。こうして見ると、国王はエリサにもディーノにも似ているようだ。
(やっぱり、お父さんなんだな)
知っていたのに、初めて知るような衝撃だった。城に残っていた騎士たちに南へ迎えと指示を出す。その姿は間違いなく一国の王なのに、改めてわたしに向き直ると、もう父親の顔に戻っている。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのは私の方だ。あの子をそこまで大切に思ってくれて感謝している」
顔どころじゃない。思考は完全に親バカモードに入ったらしい。実年齢的に子ども目線でなく親目線になってしまうので、羨ましいというより微笑ましかった。"あの子"とはきっとエリサのことだ。そりゃあ付き合いはまだ短いけど、命を狙われてるとわかってて知らんぷりはできない。追いかけるのは当然でしょ。
「そんなの、あたりまえじゃないですか」
「そうかそうか!それはめでたい!道は険しいが、私はいいと思うぞ。うんうん、頑張ってほしい」
「? 険しい?」
「あの子が即位すると、君を取り巻く環境も今と変わるだろう。アイリーン、あの子を――ディーノをよろしく頼む」
なんでディーノ?
………んん??なんか話がわからないような…?
「あの……わたしの話、信じてくれたんですよね?」
「そうとも」
「人為的空間術の研究も止めてくれるんですよね?」
「ん? ああ、それもそうだな」
「……それとディーノの即位と、なんの関係が……?」
「伴侶となり、あの子を側で支え、見守り、導いてくれる君のような女性を、私は応援するということだ」
………
ハンリョトナリ??
「はははは!」
「ハッハッハッハ!」
冗談として笑い飛ばしてくれることを期待したのに、無情にもわたしの声に被さるように、国王の陽気な笑い声も響いた。
なんでそうなった。
(誰が誰の伴侶になるって!?どこをどう聞いたらそんなことになるのよ!!!"家族"が大事だって話しかしてなかったでしょ!?)
このどこか抜けてる感じ、そして思い込みの激しさ。間違いなくエリサの父親である。理由はわからないが、とんでもない誤解を招いていることにようやく気付き、慌てて訂正しようとする。
(っ……いや、でも待って。この人はディーノの父親でもあるわけだから……うかつに訂正していいの!? 嘘ついてたのか、なんて言われたら二度と信じてもらえないんじゃない!?)
ディーノの疑り深さと慎重さを思い出す。親子だからと決めつけはよくないかもしれないが……。
ちらりと国王の顔を盗み見ると、伸びかけの黒い髭を撫でながら、屈託のない満面の笑みをたたえている。ゲームでも見たことないような、初めて見るんじゃないかと思うくらいの―――……いや、なんであんなに嬉しそうなんだ。自分の息子の伴侶になるかもしれない女がこんな得体の知れないぽっと出の小娘でも問題ないというのか。
(―――――や、やめとこ……)
やはり言えない。いや、言わない方がいい。せっかく上手く事が運ばれようとしているのに、わざわざ水を差して信用を失いたくない。
(今、大事なのは、魔物の襲撃から、王都を、守ること)
自分に言い聞かせ、どうにか口をつぐんだ。ニコニコと朗らかな笑みを向けてくる王に、ひきつった笑みで答える。
「即位の儀と同時に婚礼の儀を執り行ってもよいかもしれんな」
絶対それまでに別れよう。いや付き合ってないけど!