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77.アイリーン・フォースター

 ****



「今あの人『殿下』って言ったよね」

「感動的な再会に水を差すのは無粋というものです。ハンス殿」


 聞き逃さなかった単語を繰り返す。が、ヴィオラは目すら合わせようとしないまま言い捨てた。僕はじとりと非難の視線を送る。


「なんでお城にいるはずの皇女さまがここにいるの」

「存じ上げません」

「しらばっくれる?悪いけど僕はセドリックほどお人好しじゃないから、面倒なことに巻き込まれる前に置いてくよ。アイリーンに迷惑だ」


 声を潜め、わざと突き放すような言い方をする。ヴィオラの目はようやくこちらを向いたが、お互いに探るような視線を交わし、数秒間の沈黙が流れた。やがて、静かに目を伏せたのは彼女の方だった。


「……申し訳ありませんが、既にその要望には応えられません」


 すとんと、パズルのピースがはまったような気がした。やっぱり、思ったとおり。


「もう巻き込まれてるって言いたいの?」

「おそらく」

「どういうことなのか、説明してくれるよね」

「………わかりま「おい糸目野郎」


 ヴィオラの言葉を遮った声の主を、反射的に振り向いた。地の底から這い上がってくるような――否、まさに泥沼の底から這い出てきた男が、そんな状況にぴったりの低い声を出し、エリサと抱き合う男を睨んでいる。あまり動かない方がいいんじゃないかと思ったけど、そんな声を出す元気があるなら少し安心だ。


 ――なんてことを考えられるほど、心にゆとりがあったのは一瞬だけで。


「あー……ゴメンね、ライくん。すぐに治療を――」

「なんでテメエひとりでいやがる。アイリーンはどこだ」


 その瞬間、背筋が凍った。



 ****



「北門は敵の陽動です。魔物は南から攻めてきます、陛下。今すぐ騎士を向かわせて」


 息を切らしてほとんど一息に言う。場所は謁見の間にて、わたしはもう一度、今度はひとりで国王陛下と相対していた。


「おい下がれ!」

「申し訳ありません陛下。すぐに下がらせます」

「っ、離して!陛下、話を聞いてください!貴方に国を想う心があるのなら」


 左右の腕を衛兵たちに取り押さえられながら、声を張り上げる。言い方もズルいが、見た目も酷い有り様だ。ここまでかなり強引に来たので、髪はぐちゃぐちゃ。ドレスはシワだらけだった。

 それでも、なりふりかまっていられない。


「なんと無礼な!」

「捕らえよ!何をしている!」

「早く牢に――!」

「待て。」


 周囲を制しながら立ち上がる。まっすぐにわたしを捉えた瞳は、エリサやディーノと同じ新緑色。その目に宿っているのは、静かな怒りの炎だ。


「……私を試そうと言うのか」


 ……ああ、また悪い癖が出る。


「えぇ、試します。国民すべての言葉に応えることはできなくても、耳を傾けられるかどうか」


 シン、と静まりかえった。息をするのも苦しく、唾を飲むことさえ難しい。ドクン、ドクンと脈打つわたしの心音だけが、激しく響いているような気がした。


「……なぜ北門の魔物が陽動だと思った」


 ………これは、話を聞いてくれるってことでいいのよね。

 

人為的空間術(エアーファクト)を研究してるオズバン研究所が、オズバン湖にあるから」

「陽動とはつまり囮作戦のことだろう。魔物にそんな知性があるというのか」

「だからそれが人為的空間術(エアーファクト)の悪影響なんです」

「悪影響……?魔物に直接術を施すわけではないのにか」

空間震音装置(クウオン)です。あれを使って人為的空間術(エアーファクト)を発動する限り、自然災害も引き起こされて」

「自然災害?それがなぜ北門の陽動に繋がるのだ」


 振り出しに戻った。いくら訴えても理解し難いというように顔をしかめられ、途方にくれる。わたしも順を追って説得できればいいのだが、時間がないという焦りのせいでこれ以上どう説明したらいいのかわからないのだ。


「と、とにかく南が危険なの!早く守らないと――」

「もうよい」


 ピシャリと会話をシャットアウトされる。抗議の目を向けたが、国王は頑なに眉をひそめ、首を横に振るばかりだ。


(やっぱり、だめなの……?)


 エリサの名前を出してもわかってくれなかった。わたしに、国王の心を動かす説得なんて――


「わからない。なぜそこまで必死になる」


 俯いていた顔を上げる。一瞬、心を読まれたのかと思った国王の問いかけは、思いもよらないものだった。口を開くと、いつの間にか固く握っていた拳もほどかれていく。先に言葉を発したのは国王の方だった。


「君の言うように、人為的空間術(エアーファクト)による悪影響が事実だとすると、それを君が知っている理由は何だ」

「それは、」

「魔物がガドラニアの南門から攻めてくるという話もだ。君の話には信憑性も根拠もなく、ただの素性の知れぬ人間の戯言なのだ。だが……懸命さは、身に染みるほど伝わってくる」


 驚いて目を見開く。よく見ると、国王の瞳には不快というより困惑の色が浮かんでいた。


 酷い言われようだ。けど、わたしの必死な思いが伝わっていた。それって結構、すごいことじゃない?


「君はいったい何者なのだ。ディーノとは、その……恋仲なのか……?」


 コイナカ……小田舎? なにそれ、見た目だけでそんなに田舎くさい?まあ、事実だし、別にいいけど。


「わたしは――」


 ピン、と背筋を伸ばし、深呼吸する。靴を脱いだままの片足を半歩後ろに下げ、ドレスの裾を掴んだ。貴族風の挨拶を意識しながらゆっくりとお辞儀をする。やがて顔を上げると、王だけでなくズラリと並ぶ国のお偉方が視線をわたしに集めていた。


 そこでようやく気付いたのだ。わたしが観察されているということ。そして誰もが興味深く、もしくは薄気味悪そうにしていること。わたしは口角をあげた。


 そう。そういうこと。だったら始めからこうしていればよかった。


「申し遅れました。……アイリーン・フォースターと申します」


 また悪い癖が出そうだ。




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