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76.家族なんだな

 ****


「あの大きな門……あれが王都の入り口なんだな」

「はい、ガドラニアの北門です」


 ヴィオラの言葉に改めて前を見据えた。ティターナを出てずっと南の方角にある王都は想像以上に大きいらしい。まだ門しか見えないが、横一列になっても100人は入れそうだ。


「って、あれ……?なんで門しか見えないんだ?」

「城下を囲う壁が一切無いのです。ですが、何者であろうと門からしか入ることはできません。外堀は水路となっていますから」

「水路は渡れないのか?」

「濡れ鼠になりたいのであればお好きに」

「……やめとく」

「ガドラニアは"水の都"って呼ばれてるくらい、街中に水が多いところなんだ。城から見える景色がすっごくキレイで……セドリックも気に入ると思うよ!」


 冷静に答えてくれるヴィオラとは対照的に、エリサは目を輝かせながら自慢気に声を弾ませた。勢いのある言葉に思わず納得しそうになるが、ふと首を傾げる。


「城から見える景色?わかるのか?」

「えっ、あっ!いや、たぶん!キレイだと思うなあって……ははは!」


 想像だけで断言するのだから、よっぽど美しい都なのだろう。聞けばエリサの故郷だって言うし、特別な思い入れがあるのもわかるような気がした。オレだってフィーネの村は好きだ。


「ねえ、あの子って―――」

「まさか。……いや、けど――」


 横目に見ると、ハンスとライナルトがこそこそと何か話している。気になるが、もうじきに王都だというので歩く速度を上げた。


 アイリーンに追い付くこと。今のオレにはそれ以外に大切なことがない。


 ないのに。


「……」

「どうしたんだ」

「……王都の近くに魔物の群れです。しかし、これは――」


 しばらくすると、先頭を歩いていたヴィオラがピタリと足を止めた。なぜか歯切れが悪く、顎に手を当てて考え込む様子は珍しい、首を傾げ、どうしたのか尋ねようと口を開くと、おもむろに遠くの方で複数の魔物の咆哮が響いた。………数が多い。剣を握る手に力を込める。


 が、ヴィオラに手で制されてしまう。


「何やら様子が変です。魔物の群れが王都へ向かって――いえ。既に侵入している。中で応戦中のようです」

「ッ、えぇっ!?」


 ここからわかるのか!?というオレの驚きより早く、エリサが声を上げた。顔を青くして、呆然と立ち尽くしている。


「王都はよく魔物に襲われるの?」

「そんなはずはありません。王国騎士団をはじめ、城下には上位の魔術師や手練れの傭兵たちもいます。国で最も安全な場所――」

「でも襲われてんだろ。ならさっさと助けに行くぞ」


 ハンスたちの会話を遮り、ライナルトが走り出した。オレたちも後に続く。嫌な予感がした。王都にはアイリーンがいるのに。


 北門と呼ばれていた大きな門からガドラニアへ入ると、むわりと生臭い血の臭いが立ち込める。見ると、街のそこかしこに魔物が傷を負って倒れていた。既に息絶えているが、水路に囲まれた家々に人の気配はなく、周囲はシンと静まりかえっていた。


「おーい!だれかいないのか!」


 声を張り上げても返事はない。同じく魔物の声もしない。すべて退治されたのだろうか。


「騎士が一人もいないなんて……みんなどこに行っちゃったんだ」

「店にも誰もいないようです。ですが避難した形跡はあります。魔物の襲撃に合い、おそらく城の方へ逃げたのでしょう」


 エリサやヴィオラの言うことに耳を傾けながら、キョロキョロと辺りを見回した。ついさっきまでここで魔物と戦っていたことは明らかなのに、突然何の気配もなくなるなんてこと、あるだろうか。不自然に感じる。


 ハンスも同じことを考えたようで、杖を握りしめ静かに周囲を警戒していた。顔を見合せ、頷き合う。うん、慎重に進もう。アイリーンの無事を確かめるまで。


 そんな風に目で会話をするオレたちの横で、ライナルトは近くにあった建物の窓枠に足をかける。ペタペタと壁を触り、何かを確かめている……ように見えた。ハンスほど長く一緒にいないので、考えてることはわからない。どうしたんだろうと首を傾げていると。


 次の瞬間、目を見張った。


「っ、ライナルト!?」

「上から見てくる。お前らはここで待ってろ」


 凹凸の少ない壁をスルスルと登っていく。ライナルトの姿を、オレは口を開けたままポカンと見上げた。言うまでもなく建物の壁はほぼ垂直なのに、まるで木をのぼるような身軽さだ。屋根まで到達すると、金の髪が太陽に照らされ、光を放っているように眩しかった。


 この立ち位置が、今のオレと彼なのだ。そう考えると、何かが胸にチクリと刺さった。一時的なものじゃなく、半永久的に続きそうな鈍い痛みだ。


(身軽だし器用だし、背も高くて力もある。ライナルトはすごいな)


「セドリック、皺」

「……え?」

「ココの皺。すごいよ」


 ちょんちょんと眉間を指して言う。苦笑気味のハンスから思わず顔を背けた。

 長く一緒にいすぎるのも考え物だ。ハンスにはオレの考えてることなんてバレバレなんだから。


「……ライナルト! 何か見えるか?」


 気持ちを誤魔化すように声を張り上げた。遠くを見ていたライナルトがオレの声に反応し、視線を下げてくれる。


 それとほぼ同時だった。


「――! 危ないッ」


 鋭く叫ぶと、さすがの素早い剣さばきでライナルトはソレを弾いた。しかし、やはり突然のことでバランスを崩し、屋根から足を踏み外してしまう。


「うわッ、」

「ライナルト!!」


 片手で屋根にしがみつく。だが、もう片方の手には本来両手で扱うはずの大剣をぶら下げていて、とてもじゃないが上に戻れるような態勢には見えない。


「剣を離すんだ!」

「それだけはしねぇ!」

「下で受け止めます」

「そういう問題じゃねぇよッ!」


 エリサやヴィオラの訴えを退けるライナルトに、再びソレが命中しそうになる。なんとか身をよじって躱したみたいだけど、このまま狙われるのは危険だ。


「………降りる!どけ!」


 言葉通り、ライナルトはとうとう屋根から手を離した。言われた通り場所をあける。けど――


(ここに落ちるのか!?)


 地面は固い。落ちたら大怪我どころじゃすまないかもしれない。


 けど、何もできない。


「ダート!」

「バブル」


 落下の直前、ハンスとヴィオラが同時に何かを叫んだ。それはどうやら魔術だったらしく、固い地面がみるみるうちに泥の沼に変わる。バチャンッという水に落ちるよりも鈍い音と共に、落ちてきたライナルトに駆け寄った。と言ってもオレも足を泥沼に取られているので、ほとんど泳ぐような状態だ。でも、これでいくらか衝撃は和らいだだろう。足で泥を蹴り上げながら、オレは優秀な魔術師たちを振り返った。二人とも微妙な顔をしてお互い顔を見合わせている。


(仲良くなったのかな)


 魔術は詳しくない。原理もよくわからない。けど、落下の衝撃を和らげることができ、ほぼ無詠唱で発動できる術を、咄嗟に思いつき、二人で協力する。それが難しいことだというのはオレでもわかった。ハンスはさすがだ。それにヴィオラも。


 オレにはできない。


(……オレが、弱いから)


 強い方だと思っていた。体はまだ子供だけど、剣で父以外に負けたことはない。フィーネの森で狩りだってできる。たとえ大人とやりあってもいい勝負ができる、もしくはそれ以上の結果を出せると信じていた。

 けど、実際はどうだ。肝心なときに何もできない。役に立たない。こんなの、意味ないじゃないか。


 アイリーンを守れない。


「落ちたぞ!」

「今だ!畳み掛けろ!」


 地面を震わせる複数の足音に囲まれる。オレたちは泥沼に足をとられ、身動きできないままだ。


「っ、待て!人間じゃないか!?」

「しかも子供……!?」


 足音の正体は、よく見ると皆同じような鎧を身につけている。いわゆる騎士と呼ばれる人たちじゃないだろうか。どうやら魔物と間違えて襲ってきたらしい。


「ッ、こらー!!!いきなり矢を飛ばしてくるな!!危なかったぞ!」

「ひ、避難指示を出したはずだ」

「外から来たアタシたちがわかるわけないだろ!」


 エリサの言うとおりだ。ライナルトは起き上がってみせたが、苦しそうに表情を歪めている。無傷というわけにはいかなかった。


「弓は守るべき民に向けて射る武器じゃない!ちゃんと確認しろ!」


 思わずヒュッと小さく息を飲んだ。強い口調が少女の口から出たことより、なぜだか違和感がないことに驚いたのだ。


「エリサ?」


 小さな声だった。けれどそれは周囲によく響き、視線を一気に集める。その声の主にオレも顔を向けた。


「……ディーノ?」

「ッ、」


 そいつはまっすぐにエリサの元へ駆け寄ると、躊躇いなく抱きしめた。エリサが抵抗しないので、おそらく知り合いなんだろう。


「さがしましたよ。殿下」

「うん…!」

「勝手にどこか行かないでって言ったのに」

「うん、ごめん、ごめんなさい」

「いや、おあいこですね。今回は俺の方が先に行っちゃいました。すみません」


 抱き合う二人はいつまでも離れようとせず、涙声になったエリサは先ほどまで声を荒げていた少女と同一人物とは思えないほどだ。男の方も初めて見るが、愛しくて仕方ないといった様子で目を細め、軽口を言いながらも、今にも泣き出しそうに見えた。


 この光景を、オレは知ってる。血の繋がりがなくても、大好きで、懐かしくて、温かくて、大切で。胸の奥がきゅっと締め付けられるもの。


 そうか。彼らは――


「家族なんだな」


 ぽつりと溢したオレの言葉に、男の笑みが深くなったように見えた。




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