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75.転職するんで



 ****



「ディーノ!」


 声のした方に目を向ける。酷く焦った様子で近づいてきたのは、一つか二つ上の先輩騎士だった。比較的年が近いのでよく話してはいたが、今は足を止めず、周囲を警戒しながら小路を駆ける。


「なんでここに!?」


 なんでって、城下に魔物が出たというから仕事をしにきただけだ。


「極秘任務はもういいのか? 皇女殿下直々のお達しだったんだろ」


 ……あぁ、そういえばそんな理由で王都を離れたんだった。


「一時中断ですよ。それより状況は」


 短く言葉を促すと、先輩は瞬時に顔つきを険しくし、声のトーンを下げた。こういう時の切り替えの早さは見習いたいと思う。


「よくはないな。二個小隊がすでに北門へ向かったが、数が多すぎるそうだ。もう住人は南側(こっち)へ避難してきてる」

「マジですか。にしてはあんまり騒ぎになってないですね」

「当然だろ。王国騎士が出向いてるんだ。皆何事もなく、無事に鎮圧されると信じて疑わないよ」


 激しい感情を抑えたような声。俺も思わず、呆れと安堵を混ぜた息を吐いた。王都の連中は良くも悪くも平和ボケしている。もうちょっと危機意識を持ってほしいと思う一方、下手な騒ぎを起こさないでくれてありがたいとも思う。住人の暴動を鎮圧する、なんて情けない仕事を今は増やしたくない。


「なんとしても北側で食い止めよう」

「……当然」


 会話を止め、足を速める。しだいに大きくなる魔物たちの咆哮が水面を震わせ、人気の少ない城下に響いた。無意識に胸元の短刀に手が伸びる。


「可愛らしいご令嬢だったな」


 魔物の気配がすぐそこまで近づいてきたころ、隣からぽつりと呟きが届く。


「は?」

「極秘任務のことだよ。お前が皇女殿下以外の方に控えてるから最初はビビったけど、貴族さまの護衛だったんだな」


 言われてようやく、彼女のことだと気付いた。見られてたんだなと少し気まずい思いもする。そうだとも違うとも言えず黙っていると、先輩はどこか遠くを見つめるようにしてハァとわざとらしくため息をついた。


「今時あんな貴族令嬢もいるんだな……可憐で清楚、純真無垢を絵に描いたような、淑やかな子」

「ブッフ、」

「? 何だ」

「い、いやいや。なるほどと思いまして」


 確かに見た目だけならそんな印象かもしれない。あまりにも実態とかけ離れてるので笑ってしまった。


「……かわいいだけなら、」


 ピタリ。会話も足も止め、大通りに出る手前で身を隠す。視線の先には、群れから外れたのか、一匹のウルフベアがいた。


 顔を見合わせ、目で合図を送る。頷きが返ってくると、素早く狙いを定め、ヒュッと短刀を放った。それはまっすぐ獲物の身体に刺さり、そいつが怯んだ隙に地面を蹴りあげる。指の間に挟んだ短刀を一気に8本投げて、すべてを身体のどこかに命中させると、敵は容易に膝をつく。すかさず俺の横をすり抜けた影が、スパンと相手の首を落とした。


「ふぅ、これで終わりっと。剣はどうした、ディーノ」

「ちょいと野暮用でして」

「ははっ、また()()()()か」


 ブンッと血を払い、剣をしまった先輩は歯を見せて笑う。元々剣はあまり得意じゃないので、なくても戦闘に障りない。そのことをよくわかっているのは俺だけじゃないらしい。


「さっき何か言いかけたな。悪い、与太話だった」

「ですね」


 それからは一言も発することなく、俺たちは先を進んだ。やがて聞き慣れた騎士たちの怒声が聞こえてくると、声の少ない方に向かって走り出す。


「加勢しに来た!」


 聞いていた通り、魔物一匹のチカラは大したことがない。が、どうしても数の多い魔物たちに、剣を向ける味方の戦況は思わしくなかった。怪我をして動けなくなっている仲間もいれば、彼らを庇いながら戦う騎士たちもいる。


「ディーノ、ご令嬢の側仕えはもうクビになったのか」


 それでも何人かにはからかい混じりの声をかけられる。意外と大勢に知られてることに曖昧に笑みを返して。


「そうそう、クビきられちゃったんすよ。近々転職するんで、よろしくでっす」


 短刀を両手に、敵の懐へ飛び込んだ。





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