72.変なの
「今なんと……?」
「王になると言ったのか……!?」
「いやまさか」
絶対聞き間違えたと思ったのに、それまで静かに控えてるだけだった大臣たちがガヤガヤとし始める。っていやいや。まさかまさか。
「できるっしょ。一応王族よ、俺」
「…………本気なのか」
「何を今さら。エリサ皇女に何かあったら俺を王にするつもりだったのはそっちでしょ。正直すごい腹は立ったけどね」
怒りを思い出したのか、国王に対して声を低くしたディーノは一旦目を伏せた。けれどすぐに顔を上げ、躊躇いもなく言葉にする。
「守りたいものを堂々と守れるなら、高い地位も悪くない」
「っ、嘘でしょ!?」
おいてけぼりになりそうだったわたしは、思わず声を裏返して驚いてしまった。ディーノは不思議そうに見下ろしてくる。
「なっ、なんで急に、王になる!? え? えぇ!? なん、なんで?? 本気で!?」
「いや驚きすぎでしょ……そんなに意外?」
いや驚くでしょ!!? だってディーノは、エリサ専属の近衛騎士になるはずじゃ……!?
「アイリーンちゃんが言ったんでしょ。守るなら"表で堂々と"って」
いや…………確かにそれは言ったような気がする。けどそれ、 国の最高権力者になってくれ、なんて意味じゃなくて、ただ騎士として、義兄としてエリサを守る存在になったらいいんじゃないかなあって思っただけで!
「俺が国王になったら皇女も守れるし、人為的空間術の研究も止められる。しかも下手な小細工なしで。うんうん、いいことづくめだよね」
「そ、そんな簡単に――」
何かを吹っ切ったように笑いながら、ディーノはわたしの頭をポンポンと撫でた。
「今までやってきたことが『正しかった』ってキミに言われて、改めて考えたんだよ。俺が守ってきたのは、あのコの身の安全だった。確かにそれでよかったのかもしれない。でもさ、それって結局誰にでもできたことだよなーって」
さらりと軽い調子でそんなことを言う。そんなことない、と口を開こうとしたが、その瞬間、彼の人差し指に遮られてしまう。
「正しいことってなんだ? 支えるってどうやって? ほんとに"守る"ってのはどういう意味なのか。怪我しないように、じゃないんだよな。あのコが困ったり悩んだりしたときに一番側で支えてやること。周りを頼れるような環境に置いてやることじゃないか?そんでそれができるのは俺だけかもしれない。……気付いたらもう、覚悟は決まったよ。いや、覚悟を決めた」
真剣な目でまっすぐ射抜かれる。唇を触っていた指が横に滑り、手のひらとなってわたしの頬を覆った。指がわたしの耳の後ろまで触れると、固まっていた身体がピクリと小さく跳ねる。ディーノは面白そうに目を細めた。
「つまりさ、言いたいのは」
ニヤリと口元を歪め、けれど真剣な面差しで。
「俺はこの国の王になるから。……それまで、見ててくれるかい?」
優しく、けれど少し不安を滲ませたように。静かに問いかけられ、わたしは――、
(……その聞き方はズルい)
彼はもう、王になる自信も覚悟もあるのだ。そんな人にそこまで言われてしまったら、もう何も言えないじゃないか。
「……見てるだけなんて、それこそ誰にでもできるわ」
「アイリーンちゃんに見ててほしいんだよ。そしたらなんか頑張れる気がするでしょ?」
「なにそれ……変なの」
頬に添えられた手に自分の手も重ね、ゆるく口元で微笑んだ。ディーノは少し驚いたように目を見張ったが、すぐに目を細め、笑みを返してくれる。
思い描いていた未来とは違う。でも、見てみたいと思った。ディーノが王となり、この国を導く姿を。妹だけじゃなく、国を愛する未来を。
(こんなに真剣な顔もできたんだ)
頬に置かれた手が徐々に後ろへまわるにつれ、彼の顔から笑みが消えていく。意外と大きな手はやがて後頭部を支え、熱を持った指がわたしの髪を鋤いてくれた。擽ったくて身を捩るが、いつの間にか腰にも手が回され、身動きできない。
(というか……なんか、近いような……?)
息がかかりそうなほど近くに彼の顔があることに気付き、さすがに抗議しようとすると、
「ゴッホン!!!」
国王のわざとらしい咳払いが響く。ディーノはパッとわたしから手を離し、両手を挙げて降参のポーズをとった。
「……ディーノ。王になると言うなら手癖は直せ」
「へーい」
手癖?……………ちょっと待って。まさかそれって、
「……ねえ、あなたってただのシスコンよね?ロリコンじゃないわよね??」
「あー……………。」
「ちょっと、黙られると怖いんだけど」
声を潜め、何度も呼び掛ける。が、結局最後まで目が合うことはなく、返事が返ってくることもなかった。